ルミナスは、失念する
目が覚めると、雨の音が聞こえてきた。
今日は朝から雨かー…と少し憂鬱な気分になりながら体を起こすと、隣にマナがいない事に気付き室内を見回す。
ソファに座るマナを見つけて「おはよう、マナ。」と私がベッドから降りて挨拶すると「おはようございます!」と元気な声が返ってきた。
「もしかして寝過ぎちゃったかな?」
「マーガレット達はまだ来てないですから、大丈夫ですよ。マナが早く起きちゃったんです。」
雨の音が気になって…と言ってマナがへへっと笑う。私が風魔法を使えば雲を散らすことは出来るけど、天候を変えるようなことは、あまりしたくはない。畑仕事をする人にとっては、恵みの雨でもあるのだ。
……この天気なら、あの親子は帰れないだろうな…。
子供に怯えられてショックだったけど…仕方ない。
私の攻撃魔法は子供にとって刺激が強すぎたんだ。
うん。仕方ない。
「あっ…マーガレット達来たみたいですよ〜。」
ソファに腰を下ろすと、マナが扉に視線を向ける。
音に耳を傾けているのか、ピクピク動く猫耳は可愛らしくて堪らない。つい私が手を伸ばすとマナに避けられた。 「触りたいなら、イアンの耳にして下さい。」きっと喜びますよ。とからかうような口調で言ってマナがニッと笑みを浮かべる姿に、私もつられて笑ってしまう。
その後すぐにフリージア達が部屋に来て、私とマナは食事を済ませて身支度を整える。
「この色素敵ね…涼しげで好きだわ。」
鏡の前で私はくるりと軽く一回転すると、爽やかな海色のドレスが波打つようにフワリと揺れる。髪は首元にかからないよう編み込みして、アップヘアにされていた。私が笑顔を見せると「とてもお似合いでございます。」とマーガレットが、嬉しそうに顔を綻ばせる。
メイド達が部屋を退室して、フリージアとマーガレットの2人が残るとフリージアが口を開く。
「ルミナス様。本日は外出を、お控えになった方がよろしいかと存じます。」
「…そうね。そうするわ。」
傘を差すみたいに、水魔法でバリアーを張れば雨の中でも平気で歩けるけど…今日はやめておこう。
「お兄様は予定が空いてるかしら?」
「ブライト様はダリウス様と共に昨日お連れになった方とお話をされます。ですが昨日は大変お疲れのご様子でしたから、今朝は目覚めても身支度を急がせないように仰せつかっております。」
私の質問にフリージアが、まるで報告書を読むようにスラスラと答えた。フリージアなら城内にいる人の予定を全て把握している気がする。
「そう…。お父様達が話をする時に、わたくしにも声をかけてほしいわ。イアンには、わたくしの部屋にいてもらおうかしら…。」
「かしこまりました。ルミナス様方もご一緒なされる事をダリウス様に伝えて参ります。イアン王子は広間で体を動かしていらっしゃいました。」
フリージアが隣に立つマーガレットに目配せすると、マーガレットは頷いて、2人は私達に向かって頭を下げて退室した。きっと二手に分かれて伝えに行ったのだろう。
……あの時は驚いたなぁ…。
昨日城に戻ってきて、御者台に座るルカと、ダルとマイク、商人の全身びしょ濡れな姿を見た私は、洗浄魔法と風魔法を使い4人をピカピカにした。
馬を戻しに行くから結局また濡れちゃうけど、ルカは喜んでくれてたし、ダル達もお礼を私に言って、商人も私に頭を下げて……
そのまま前のめりにドサリと倒れた。
医者を…! いや、癒しを…! と私がオロオロしていると、マイクが商人を担いで客室に連れて行った。
寝息を立てて眠っていると知った時はホッとした。
盗賊達と何日一緒だったか聞いてはいなかったけど、相当気を張っていたのだろう。
……そういえば、商人から名前も聞いてないな。
昨日は事の成り行きを聞くだけで、お互いに名乗る事もしてなかった。城まで来たんだから向こうは私達の素性に察しがついてるだろうけど。
私がソファに座りながら考え事をしていると、マナが静かな事に気付いて後ろを振り向く。
マナは窓から外を眺めているようだった。
何か気になるものがあるのか、尻尾をゆっくりと左右に大きく降っている。
それから少しして手にタオルを持つマーガレットと、イアンが部屋に入ってきたけど……
イアンの姿を見て、私は目を丸くする。
「え? …なんで濡れてるの? 」
「…ダルを追いかけ回してた。」
乾かしてほしい…と少しムッとした顔をしながら頼んでくるイアンに、私はすかさず風魔法で濡れた絨毯もろともイアンの全身を一気に乾かす。マナが濡れているイアンを見て、可笑しそうに笑い声を上げたから、イアンは更にムスッとした顔になっている。
マナは窓から、ダルとイアンを見ていたのだろう。
マーガレットが広間にいないイアンを探すと、びしょ濡れのイアンとダルを見つけたそうだ。タオルを2人に渡そうとしたらイアンは断って、そのまま部屋に来たと教えてくれた。
魔法を使った方が早いもんね。
「なんでダルを追いかけてたの?」
「…広間で一緒に鍛錬してたら、ダルが『ルミナス様は素晴らしいお方ですね』『盗賊達と自ら相対するお姿に感服致しました』 『昨日のルミナス様のお姿が目に焼き付いて離れません』…って、ルミナスの事を褒めちぎる姿にイラっとして…」
私の隣に腰を下ろしたイアンに質問すると、よく分からない答えが返ってきた。
どこにイラっとするポイントがあるのだろう?
むしろ褒められるのは嬉しいけど…
昨日マイクとダルが城の離れに戻る前に、私は2人に労いの言葉をかけた。私の魔法を見ても狼狽えることなく動いていたから、その事を褒めると…
『る、ルミナス様に、動じないように言われていましたから…。』
ダルが灰色の瞳を伏せながら話した。
ダルの心の内は分からないけど、どうやらダルは私の前でだけ緊張でオドオドしてるようだった。
私が魔法を使えるからかな?
イアンに鍛錬している時のダルはどんな感じか聞いたけど、普通らしい。マイクには声を抑えるように再度注意しようとしたけど、声がデカイのは地声だから無理だよ。とお兄様に言われたから諦めた。
マナとイアンも、マイクの声には慣れたようだし。
マナも私の正面に腰を下ろして、マーガレットは飲み物を取りに行くために退室した。
とりあえず部屋でのんびり待って過ごそうと、私が思っていると……
「ルミナス、一度フラム様達に連絡しておいた方が良いんじゃないか?」
「…あっ! すっかり忘れてた!」
イアンに言われてハッとする。領地に着いたら連絡を取ろうと思っていたのに失念していた。
山道を進んでいた時に、いつ連絡しようかな〜。と私が話していたのを、イアンは覚えていたようだ。
3人のうち誰と話をしようかな…と少し悩んだ後に、私は指輪を口元へ近づけた。




