イアンは、胸を撫で下ろす
134話後のイアン視点の話になります。
馬車が都市に向かって道を走る中、窓にポツポツと雨が当たり始めていた。着くまでに本降りにならなければ良いが…と思いながら、俺はチラリと隣に座るルミナスに視線を向ける。
馬車内の窓から外を眺め続けているルミナスは、景色を見てるわけじゃないと思った。
「ルミナスさんが、盗賊たちを懲らしめる姿はカッコ良かったですよ! 」
兵達はビクビクしすぎです! と言って腕を前で組みながらフンッと軽く鼻息を鳴らすマナに対し、ルミナスは正面に座るマナに顔を向けて、薄く笑みを浮かべて返すが、銀の瞳は憂いを帯びているように見える。
ルミナスが盗賊達と相対する姿は勇ましかった。
苛烈な怒りを瞳に宿して、数々の魔法を使うルミナスに、俺は見入っていた。
商人は、縄が解かれて自由になった女性と子供の姿を見つけると側に駆け寄って目に涙を溜めながら、良かった、良かった…! と安堵の声を上げていたから、てっきり俺は家族だと思ったが……
そうではなかった。
女性が商人に何度も頭を下げて謝る姿に、俺が不思議に思って尋ねると、女性と子供は親子で、子供の父親は兵士として駆り出されて既に亡くなっているそうだ。数ヶ月前の争いで亡くなった、オスクリタ兵の中にいたかもしれない。当時の争いで騎士団の者で生き残りはいなく、ルミナスの癒しで傷が治った後に捕らえたオスクリタ兵は全て自国へと帰している。
事の成り行きをブライトさんが母親と商人に尋ねると、親子は夜中に突然外に連れ出されて、拘束されたまま運ばれたそうで、商人は親子が暮らしている村の近くにある造船所に赴いた帰り道に、盗賊達に襲われた。護衛がいたが、親子を盾にされて思うように動けずに殺された…と悲痛な顔で商人が話していた。
国境を越えたら女と子供は解放する。
兵に止められたら、貴族に殺されると言え。
歯向かえば命は無い。
そう盗賊達に脅されて、従うしか無かったそうだ。
商人は親子と面識は元々無かったが『同じ年頃の娘が自分にもいるから…』と自分の事よりも、親子が救われた事に心の底から喜んでいるようだった。
国境を目指す間に兵に止められる事があったが、今まで都市や町に入る時以外、身元の確認や荷物の確認が無かった為、急いでいると言えば道を譲っていた。盗賊達は何度も兵に止められ苛立っていて、急げ! 子供の指を切り落とすゾ! と口々に商人を急かし、商人は親子を助けたくて必死だったようだ。
「あの親子…大丈夫かな…。」
ルミナスが窓から外を眺めながら呟く。
同じように俺も外を眺めると、空は黒い雲に覆われていて、ヒュッと強い風が吹き、窓に雨が激しくぶつかった。
「私達よりも先に発ったから、村には着いている頃だと思うよ。それとも…ルミナスは親子の今後が心配なのかな? 母親は芯の強い女性のようだし大丈夫だろう。……けれど…」
子供の方がね…と言って、ブライトさんが眉尻を下げて、不安げな眼差しをルミナスに向けた。
ブライトさんはルミナスが気掛かりなのだろう。
俺もルミナスが心を痛めていないか心配だった。
子供に怯えられていたから。
商人からの話を聞いた後、ルミナスは土の壁を元に戻して、服を綺麗にしてあげると親子に声をかけて近づいたが…子供がルミナスから逃げるようにして母親の陰に隠れた。小刻みに体を震わせて、ルミナスを見る目には恐怖の色を浮かべていた。ルミナスは親子に魔法を使って、土で汚れた全身を綺麗にすると……
『怖がらせて…ごめんね。』
悲しげな声で子供に言ったルミナスは、自ら距離を取った。兵達からの怯えた目には、それ程気にした様子はなかったが……
ルミナスは子供好きだ。
盗賊達に対して、あれほど怒りを露わにしたのは、それだけ盗賊達の行いが許せなかったからだろう。
天候が思わしくない中、自国の村にこれから帰るのは危険だとブライトさんが判断して、都市内で暫く保護しようとしたが、母親は夫の遺した畑が心配だから出来るだけ早く村に戻りたいそうで、丁重に断っていた。
明日天候を見てオスクリタ兵が親子を自国の村へと帰すことになり、今晩は俺たちが立ち寄った村で体を休めることになった。母親はルミナスに対して子供の態度に謝罪と、皆に頭を下げながら助けてもらったお礼を述べて、サンカレアス兵によって馬で村へと向かった。
都市内に入ると、雨は激しさを増してきていた。
この雨のなか出歩く人はいないようで、外を歩く人影もなく、馬車がすれ違うこともない。
俺たちが乗っている馬車の後ろからは、ダルとマイクが馬を走らせ、商人も幌馬車で馬を操りながら後をついてきている筈だ。流石に耳の良い俺でも、窓を閉め切った馬車内で雨と風の音がする中、外の音は聞き取りづらい。
ブライトさんは商人から聞きたい事がまだあるようだったが、商人の顔に疲れの色が見えていたため、雨も降りそうだったし、一先ず城に戻ることにした。
オスクリタ兵はこの件を町に報せに行き、盗賊2人は建物の中で拘束されて見張られる事になった。
影の中に引きずり込まれた奴は、きっと二度と姿を見せることはないだろう。ルミナスが、魔法を使ったのはリヒト様だと教えてくれた。
リヒト様がルミナスを罵った奴を、許すはずがない。
俺たちが立ち去るまでに、馬で逃げた奴を追っているオスクリタ兵達は戻って来なかったため、どうなったか知る術は無かった。
囮役をした奴は、盗賊達が山から持ち逃げしてきた金目の物を自分に渡す事を条件にして、馬を奪い逃げたらしい。じきに捕まるか殺されるだろう。
囮役をした奴の容姿や行きそうな場所、身を潜める場所…全て盗賊は素直に話したのだから。
……蒸し暑いな…。
馬車が城に向かって進む中、じっとりと背中を伝う汗に不快感を感じる。
そういえば、国にいた時……
雨が何日も続く日があって、ルミナスがよくやっていた魔法が頭を過ぎる。
「ルミナス…くーらーをしてほしい。」
「…え?」
ルミナスが俺に顔を向けて、目を丸くしている。
馬車に乗ってから初めて俺に顔を向けてくれた。
「前に自分がくーらーになった気分だと言って、冷たい風を出していただろ?」
頼む。暑いんだ…と言って俺は、わざとらしくフゥ…と深く息を吐く。「暑いですー。」とマナは手で顔を仰ぐ仕草をしていて、ブライトさんは「それは是非とも頼みたいね。」と言って微笑んでいる。
くーらーが何かよく分からないが、俺には今ルミナスに話かける話題がこれ位しか思いつかなかった。
「そう…だね。うん、いいよ!」
ニッコリと笑顔を見せたルミナスの姿に、俺は胸を撫で下ろす。
それから馬車内は城に到着するまでの間、ルミナスの魔法で快適に過ごせて、ルミナスとマナが城に戻ったらお風呂に入ろうと明るい声で話していた。
次話 ルミナス視点になります




