ルミナスは、唇を噛む
「……下がりなさい。わたくしは、馬車内にいる者達から話を聞くわ。」
淡々と言い放つ私に対し、馬に乗るオスクリタ兵は困惑している様子だった。「いいから下がりなさいッ!」と私が声を張り上げると、オスクリタ兵は私の剣幕を見て、徐々に馬を下がらせる。
「ルミナス…様…?」
土壁の前にいるダルとサンカレアス兵達も、馬車に自ら近づく私の姿に困惑しているようだ。視界の端でダルが手綱を握り直す姿が見えて、側に馬で来ようとするのを手で制して止めさせる。
「自ら投降するなら痛い目に合わずに済むわよ。隠れてないで姿を現しなさい。」
冷たい声で告げると、馬車内からは話し声がした。女…貴族…僅かに単語だけ聞き取れる。幌に小さな穴でも開けてあるのか、こちらを覗いているようだ。
往生際の悪い様子に苛立ちを感じた私は手をかざし、車体を覆っている布部分の幌と枠だけ切り裂くようにして車体の上空から風の刃を放つ。
布が裂かれて枠部分と共に崩れるように垂れ落ち、武器を手に持つ男達の姿が露わになった。
目を見張りながら言葉が出ない様子の3人の男は、私と目が合うと、舌打ちしながら車体から飛び出してきて、私はすかさず前に向かって手をかざす。
自らの影によって、足元を地面に縫いとめられた男達は驚いた声を上げて、振りかぶった武器が私に届く前に空を切りながら地面に勢いよく前のめりに倒れた。
武器を手から離していない姿に、苛立ちが募る。
その剣を子供に向けたのか。
錆び付いた斧で脅したのか。
薄汚れた服を身にまとうお前達が…女の子を泣かせて心を傷つけたのか。
地面に手を付きながら、這いずるようにして立ち上がった男達に、鋭い視線を向けながら私は唇を噛む。
「なんでコノ女は、奴と同じ力を使ってるんだ?!」
「知るかよッ!――ッくそォおおおおお!!」
2人の男が剣の切っ先を、自身の影に何度も突き立てながら声を荒げる。『奴と同じ力』と口にした事で、こいつらはオルウェン王の力を目にした事のある者達だと察しがついた。
オスクリタ王国の現王はナハト国王であり、魔法を行使する術を彼は持ち合わせてはいないのだから。
「武器を捨てないと死ぬわよ。」
手をかざして武器の刃先部分に、赤い火を灯す。
男達は混乱しながら武器を上下に振って火を消そうと試みるが、火は色を変えて光を放つかのような高温の白炎が、ドロリと刃先を溶かし地面に落ちる。
じわじわと柄の部分へと向かっていく炎を見た男達は、各々が言葉にならない悲鳴を上げながら、武器を地面に投げ捨てた。
争いがあった時、私は攻撃魔法を使えなかった。
想像以上の魔法が行使される事を恐れたから。
けれど……
今は違う。
アクア様達の魔力を使い、思い通りに魔法を行使できるから……
躊躇しない。
火を消すと、武器の形を成し得ない物が地面に残った。顔を青ざめて汗を掻きながら全身を震わす男達へ、私は再び手をかざして影の縛りを解くと同時に、男達の足下の地面と足首までを、氷で覆って動けないようにする。
「わたくしの問いに正直に答えなさい。貴方達は盗賊かしら? 先ほど馬を奪って逃げた輩も仲間なの? 」
「そ、そ、そうだ…お、囮にして…兵士の数を減らそうとしたっ! 」
「俺たちゃ、頭に…や、山に残さ、されてて…ッ…金目のものを管理してて…っ…ひっ…」
「き、騎士の奴等が山に…ッ! 商人を脅してオレらは逃げてきたんだ…! あ、あ、足…足がァ!!」
3人の盗賊がそれぞれ、死に物狂いで私の問いに答えた。足首の氷は先ほど武器を溶かした時のように、じわじわと上に向かって範囲を広げている。
「国を出て、行く当てはあったの?」
「に、ニルジール王国に行くつもりだった! いい客がいっ…いるって聞いた事があって……ソイツに、女とガキを手土産にして…っ…匿って、もらおうと…」
盗賊の言葉に私は、胸の中に不快感が押し寄せてくる。モリエット男爵の様な輩が他にもいるのだろうか。「客…? 名前は?」と再び私は問いただす。
「し、知らねぇッ!! 頭も名前を知らねェようだったし、行けば…なんとかなると思って…っ」
膝まで覆われていた氷が、一気に下半身全てを氷漬けにした。
「嘘じゃねェ!!」
「やめてくれぇーー!」
「た、頼むッ! 正直に、は、話したんだ!」
男達が顔を歪めながら、訴えかけてくる。
女性を……女の子を……コイツらは……ッ!!
唇を強く噛み締めて血が滲み、錆びついた味が口中に広がる。
こんな奴ら
「ルミナス…落ち着け…」
イアンの声がすぐ側で聞こえて、唇に指が軽く当てられてハッとする。イアンの指が私の唇を拭うような動きをして、噛んでいた唇を緩めて私は横に顔を向けた。
金の瞳が私をジッと見つめられながら「もう十分だ…」と静かな声で言って、イアンは男達のいる方に顔を向けた。私も視線を移すと、盗賊達は胸まで氷で覆われて、3人共が涙や鼻水が垂れ流し、蒼く恐怖に満ちた顔をしている。
……冷静でいようと思ってたのに…。
軽く息を吐いた私は、手をかざして盗賊達の氷を無くす。地面に崩れるようにして倒れた盗賊達は、地べたに這いつくばって嗚咽を漏らす者や、私から少しでも離れようと、必死の形相で腕をつかい、ズルズルと足を引きずりながら後退りする者、四つん這いになり肩で息をしながら項垂れる者がいる。
……やり過ぎちゃったなぁ…。
馬に乗るオスクリタ兵達に私が視線を向けると、ヒッ…! と短い悲鳴を上げながら馬を後退させた。
あからさまに私を恐れている。商人はサンカレアス兵に取り抑えられていたのが解かれていて、他のサンカレアス兵達も、その場から微動だにせずに体を強張らせていた。
「ルミナス…大丈夫かい?」
「ルミナスさーん! お疲れ様です!」
「わっ…!」
お兄様とマナの声がして後ろを振り向くと、マナに勢いよく抱きつかれた。いつもと変わらないマナの態度に自然と顔が綻び、気が緩む。
お兄様は心配げな眼差しを私に向けていて、その後ろではマイクが女性と女の子の側で、縄を解いてあげているようだ。「ルミナス様…っ!」馬に乗ったダルも、ゆっくりとこちらに来てくれた。
「この……っ…化け物がぁぁぁああああッ!!」
盗賊の1人が、掠れた声を上げて私を罵る。立つことが出来ずに四つん這いの姿勢のまま、顔を上げて私を見据える盗賊は、ギラギラと手負いの獣のような瞳をしていた。
隣でイアンが剣を抜こうと柄に手をかけ……
「な…ッ…あ、ああ…! ゔああああああああああああぁぁ………
………
私を罵った盗賊は、断末魔を上げながら影の中に引きずり込まれていき、その場には影すら残らなかった。
……リヒト様…。
足下の影に視線を落として私は薄く笑みを浮かべる。残りの盗賊に私は視線を向けて「大人しくしてなさい。」と告げる。2人は口を自身の手で覆いながら一言も言葉を発する事はなく、頭を上下に動かして何度も頷いていた。
……ニルジール王国…か…。
オルウェン王との繋がりをもつ輩が、どこかに潜伏しているかもしれない。
ただの観光目的で行くつもりだったけど……
それだけでは済まないような予感がした。
次話は別視点の話になります。




