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イアンは、慰める

126話 ルミナスが天ぷら作りに失敗した後の、イアン視点の話になります。

 

「ルミナス、人には得意不得意があるじゃないか。そんなに落ちこまなくても…」


 俺が横に座るルミナスに声をかけるが「うん…」と気の抜けたような返事しか返ってこない。

 俯いて肩を落とすルミナスは、よほど『てんぷら』を食べたかったのだろう。



 厨房でルミナスの料理を見守っていた結果、見たことない食べ物が出来た。それから再び2、3本ほどルミナスはオクラをダメにしたようで、見兼ねたクルトン料理長がルミナスから調理法を聞き、揚げ物の調理の経験のあるクルトン料理長に、残ったオクラを任せて俺たちは厨房から出てきた。

 戻ってきたマーガレットがルミナスの意気消沈している姿に心配して『まもなく食事になると思いますが…用意ができるまで、イアン王子と過ごされますか?』と提案してくれて、今ルミナスと俺は、2人きりで客室のソファに座っていた。



 シルベリア侯爵に仕える使用人は、気が利いてる。



 はぁ…とルミナスが、もう何度目か分からない、ため息をついた。今のルミナスは、広場や使用人の前で堂々と振舞っていた姿は見る影もない。

 


「大丈夫だ。料理が出来なくても生きていける。」


「うん…」


「お、俺も多少は料理が出来るけど…腹が膨れさえすれば、それほど味は関係ないから…」


「…うん…」


 俺はルミナスを慰めたくて、考えつく限りの言葉を口にするけど効果はない。


 テーブルの上にあるグラスを手に持ち、俺はワインを飲みながら考えを巡らせる。ルミナスの前にもマーガレットが用意して置いていったグラスがあるけれど、俺が飲むように勧めても、口に運ぼうとしなかった。


 ……どうすれば元気になってくれるだろうか…。


『肩を抱き寄せて、甘い言葉を囁くと女は喜ぶぜ。』


 ライアン王子の言葉が頭を()ぎる。


 ライアン王子が国に訪れて、俺とルミナスが婚約した事を伝えた日、2人で話をする機会があった。

 初めて恋人ができた俺に、恋人との付き合い方を教えてくれたが……



 俺はゴクリと唾を飲む。


 ルミナスを慰めるのが優先だ。けれど…今久しぶりに2人きりの状況な事に内心嬉しく……


 いや、違った。



 視線を下げてルミナスの足下(あしもと)を見る。


 察してくれリヒト様。2人きりにさせてくれ。


 ジーっと俺が見続けていると、影が頷くような動きをした。チラリとルミナスに視線を移すと、影の動きに気づいていないようで安心する。



「る、ルミナス…」


「うん…」


「肩を、抱いてもいいか?」


「うん…………え?」


 俯いていた顔を上げて、目を丸くして俺を見つめる。恐る恐る俺は体を横にずらして、ルミナスの肩に手を回した。「イアン?」と首を傾けながら名を呼ばれて、ルミナスの少し困惑している表情がすぐ側で見える。


 ―――か、肩を抱くと、こんなに近くなるのか。


 俺の心臓の音が、ルミナスに伝わってしまいそうだ。次は甘い言葉…昨夜ブライトさんがエクレアさんに言っていたような…。いや…人の言葉を真似したらダメだ。


「…料理出来なくても、ルミナスには良いところが沢山ある。今日だって子供を救おうと躊躇なく動いていたし、誰隔たりなく親しく接しようとする姿を…俺は好きだ。男と仲良くされるのは正直に言うと嫌だが……その……えっと……落ち込んでる姿を見てると、俺は心配で……」


 上手く言葉が出ずに俺が口ごもっていると「ありがとう…イアン。」と言ってルミナスが柔らかい笑みを浮かべた。甘い言葉を囁くのは出来なかったけど、ルミナスの笑顔を見れてホッとする。



「イアンに私が作った手料理を食べてほしかったな。揚げ物なら大丈夫だと思ったんだけど…」


 失敗しちゃったね。と言って、はにかんだ表情をしたルミナスを見て……俺の胸に衝撃が走った。


 俺のために、あんなに頑張って…



 嬉しすぎる。






「…えっ?……ちょっ……イアン…?」


 ルミナスの焦り混じりの声が耳に入るが、俺は肩に回した手に少し力を込めた。


 徐々に顔を近づけても、ルミナスは顔を逸らすことはせずに、顔を赤らめて俺と視線を合わせたまま、お互いの吐息がかかりそうなほど近づき……













「ルミナス様、イアン王子。お食事のご用意が出来ました。」


 扉を叩く音とマーガレットの声に反応したルミナスが、唇が触れる前に肩をびくりと震わせ、顔を横に逸らしてしまった。



「い、イアン…皆を待たせちゃうよ。行こう…。」


「そ、そう…だな…。」


 俺はルミナスの肩に回していた手を離し、お互いに顔を合わせないまま立ち上がる。


 今が食事前だった事、自分が今いる場所がシルベリア侯爵の住まう城だと……すっかり頭から抜けていた。婚約者で結婚を約束した相手なのだから、キスをしようとしたのが知られても別に非難されたりしないだろうが……視線で俺は殺されそうだ。



 扉に向かって歩いていると、ふいにルミナスが俺の手に触れてきた。



 また…ね。とルミナスが視線を下げながら恥じらうように囁いて、俺は再びルミナスに触れたくなる気持ちを、必死に胸の中に押し込める。




「次は…止めないからな…。」



 俺も囁くような声で話しながら、ルミナスの赤らんだ頰に手を伸ばして、そっと触れる。う、うん…。とルミナスから、か細い声が返ってきた。


 次は止めない。

 きっと…止まらない。




 ルミナスが扉を開けると、廊下にはマーガレットとリヒト様が立っていた。


「あ…リヒト様。影から出ていたんですね。」

「ああ、先ほど…」


 ルミナスがリヒト様の前に歩み寄り、俺はルミナスの後ろで首を振って無言のままリヒト様に訴えかける。


 俺が出るように促したことは言わないでくれ!

 最初からキスを狙っていたわけじゃないからな!


 俺の訴えが届いたようでリヒト様は口を結び、「ルミナス様、料理長がルミナス様から教えていただいた料理もお出しすると仰っていました。」とマーガレットが話すと、ルミナスは喜びの声を出して意識をそちらに移したようだった。




「イアン。短い間にもう済ま」

「リヒト様。」


 廊下で隣を歩くリヒト様が話しかけてきて、俺はそれ以上続きを言わせないように言葉を遮った。

 リヒト様が深いため息を吐く姿に、少しイラっとする。経験の無い俺に無茶を言わないでほしい。





「すごいっ! きつね色になってる!―――っ美味しいわ! さすが料理長ね!」


 ルミナスが興奮した様子で、大皿に載ってるオクラをフォークで刺すと、小皿に入っている塩をつけて、てんぷらを食べている。

 クルトン料理長はルミナスの喜びように驚きつつも、嬉しそうに笑みを浮かべていた。


 昨日同様に食事の席に着くと、クルトン料理長自ら皿を運んできていた。ルミナスが食べた後、ぜひ食べてと促されて皆が一つずつ食している。俺も食べたけど、初めての食感に不思議な感じがした。


 クルトン料理長はシルベリア侯爵に塩を受け取った話をして、ルミナスと今はてんぷらの話題で盛り上がっている。てんぷらは、他の野菜も使えるそうだ。

 ルミナスが欲を言えばもう少しサクサクした方が…と言って、ころも作りも次からはクルトン料理長任せにするようだ。



「わたくしは、もう厨房に立たないわ。料理は出来る人に任せるのが一番ね。」



 満面の笑みでクルトン料理長と話すルミナスの姿を見た俺は、ルミナスの手料理を口にすることが、もう二度と無い気がした。


 これもルミナスが混ぜた材料を使っているから、手料理だろうと思って、テーブルの中央に置かれている、てんぷらの載った皿に再び手を伸ばし……

 シルベリア侯爵とブライトさんも手を伸ばして、無言の圧力を感じた俺は、結局おかわり出来なかった。

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