ルミナスは、血の気が引く
声がしたのは建物の方からだった。視線を向けると、建物の一階にある窓から、身を乗りだす勢いで顔を出している男性がいる。
私と視線が合うと慌てた様子で顔を引っ込め、建物の扉を開けて外に出てくると、こちらに向かって走ってきた。他の建物からも窓から控えめに顔を出して、私達に視線を向けている人達がいる。
……宿屋や酒屋の人かな?
イアンとダルの二人が、さり気なく私の両隣に移動していた。
「す、すいません! 実は窓から、その…これを元に戻すと聞こえまして…。無くすって事ですか?」
広い額に手を当てながら男性は、私と向かい合うと緊張したように話しながらも、魔法で作った休憩所にチラチラと視線を向けていた。
「ええ、そうよ。」
私が頷いて答えると、男性は「こんな立派なもんを無くさないで下さいッ!」と声を上げながら、いきなり地面に膝と手のひらを付けると、頭を下げて頼んできた。
「…でも、邪魔にならないかしら? 」
男性の行動に驚きながらも、私は質問する。
まるで男性が土下座しているみたいに見えた。
建物と休憩所の間には、馬車一台ほどが通れるスペースは空いている。でも食事をするために勝手に私が作ったものだから、すぐに元に戻す気でいた。
「邪魔だなんて…そんな事ありませんッ! お願いしますッ!」
一度頭を上げた男性は、懇願するような眼差しで私をジッと見つめている。
休憩所はこの男性が出てきた建物の前だし、これだけ頼んでるなら別に残しておいてもいいかな…と思い「それなら、このままにしておくわね。」と私が告げると男性は「ありがとうございますッ!」と言って、嬉しそうに笑い、両頰にはえくぼが見えた。
馬車が私達の方に来て、男性は立ち上がって再び頭を下げてくるのが視界に入りながら、私は馬車に乗り込み、広場から立ち去る。
「…エクレアはお兄様から、わたくしの力の事を聞いていたのかしら? 」
馬車が小刻みに揺れながら城に向かって進む中、私は正面に座るエクレアに尋ねた。
「いいえ…聞いていませんでした。とても驚きましたけれど…子供を救おうとするお姿に、わたくしは胸を打たれましたわ。」
エクレアの茶色の瞳が、真っ直ぐに私を見つめていた。けれど…僅かに視線を下げて不安げな表情を見せ始めたため、私はどうしたのかと不思議に思う。
「ルミナス様のお力は素晴らしいと思いました。その……本当にわたくしなどが、友人でもよろしいのでしょうか…?」
「エクレア。貴方はわたくしの友人…そしてマナとも友人よ。自己否定するような言い方は良くないわ。」
暗い声のエクレアに対して、私は優しく諭すようにしながら話す。エクレアの隣に座るマナが「私、ルミナスさん以外の人間の友達が出来て嬉しいですよーっ!」と弾んだ声をあげた。
エクレアは私とマナを交互に見て、ホッとするような笑みを浮かべる。
……私も前は、私なんか…、どうせ…と否定的な言葉ばかり頭に浮かんでたな。
私が過去の自分を振り返っていると……
「わたくし…実は昨日ルミナス様と会うのを、とても緊張していましたの…。」と不意にエクレアが話し始めた。
「わたくしは内向的で…パーティーでも人に話しかけれなく、いつも隅にいましたわ。お父様は無理に参加しなくて良いと仰ってくださいましたが、わたくしは…」
エクレアは言葉を切って、その先を話すのを躊躇しているようだった。隣に座るマナが「どうしたんですか?」と俯いてしまったエクレアの顔を、覗き込むようにして見ている。
「ゆ…友人を作りたかったのです…。」
エクレアの白い頰が、まるで薔薇の花が咲いたように真っ赤になる。
「わたくしには、妹がいるのですけれど…妹はよく屋敷に友人を招いていました。とても楽しそうにしている妹を、羨ましく思っておりましたわ。」
伏し目がちに話すエクレアは、ゆっくりと思い出すようにしながら語り始める。「それじゃあ、ルミナスさんと知り合って良かったですね!」とマナが明るい声を出して、私は内心ギクリとした。
ルミナスは視野が狭すぎた。
友人を作る気ゼロだ。
私やマナが友人になろうと言った時に、エクレアが嬉しそうにしていた理由が分かった。エクレアにとって『友人』は特別なものだったのだろう。
「ルミナス様と学園でお近づきになれて、友人になれたら…と思っておりました。領地の屋敷にご招待しようと思って、わたくし長期休みの時に文を出した事があったのです。」
エクレアの言葉を聞いて、私はサーっと血の気が引く。エクレアの文……領地の屋敷に届いていた文が王都の屋敷にいるルミナス宛に送られていた。宛名がマーカス王子で無いものは興味を失い、中身を見ていない文たち…。
「わたくし…よく確認もせずに送って、ルミナス様が王都の屋敷にいるのを知らなくて…。ブライト様が、文でその事を教えて下さったのですけど、恥ずかしくてお誘いする事が出来なくなってしまいました。」
「あら…もしかして、それがキッカケでお兄様と交流を深めたのかしら?」
エクレアが「い、いえ…それは…」と口籠もり、帽子で顔を隠そうとする。どうやら図星のようだ。
文を見てなかった事は申し訳ないけど、今その事実を言えば、繊細なエクレアの心を傷つけかねない。
エクレアが侯爵家に嫁げば今後も会えるし、嫁ぐまでに機会があれば、マドリアーヌ領に訪れてみよう。
「エクレアさん、告白はどちらがしたんですかー?」
マナが楽しげな表情でエクレアに尋ねる。ずっと黙っているイアンが僅かに身じろぎしたように感じて隣を見ると、窓から外を眺めているイアンの頭の耳がピクピクと動いていた。イアンも興味があるようだ。
「え、えっと…その…は、恥ずかしくてお話しできませんわ。」
エクレアは顔を帽子で完全に隠してしまった。
いじらしい…。
お兄様とエクレアの馴れ初めを聞いてみたいけれど、あまり質問するのはやめておこう。優しいお兄様なら、控えめな性格のエクレアと良い感じに仲良くやっていきそうだ。なによりお互いに想い合ってるなら、私としては祝福を捧げたい。
……この世界に結婚式を挙げる習慣はあるのかな?
教会があるのを、見たことも聞いたこともない。
でも二年後自分の結婚する時は、是非ともやりたいと思う。前世ではウェディングドレスを着るのが憧れだった。
イアンにタキシード着せたいなぁ…白色がいいかな。やばい。絶対似合う。
頭の中で妄想して、にやけないように口元に軽く手を添えながら、私は窓から外の景色を眺める。マナがエクレアに質問を重ねる声が聞こえるけど、エクレアは恥ずかしがって答えようとしなかった。
「おかえりなさいませ。」
城に着くとフリージアとマーガレット、メイド達の出迎えを受けた。私が馬車から降りるとマーガレットが側に来て「野菜が届いておりますが、調理するように料理長に指示しておきましょうか?」と尋ねられる。
……野菜?……あっ! オクラ!
自分が買った野菜を思い出した私は「厨房に置いたままにしてちょうだい。あとで厨房に顔を出すわ。」と話すとマーガレットは「かしこまりました。」と頭を下げて、城内に入り私の言葉を伝えにいった。
「ルカ、わたくし達の乗ってきた馬車に塩の入った木箱があるの。蓋を開けたらすぐに分かるから、1箱だけ厨房に運んでもらっても良いかしら?」
私が後ろを振り向き、馬車を移動させようとしているルカに頼むと「かしこまりました。」と笑顔で引き受けてくれて、馬車を走らせていった。ダルとマイクも私達に頭を下げてその場から去り、フリージアに「部屋で休まれますか? 」と聞かれるけど、私は左右に首を横に振る。
「お父様に話があるわ。」
マナはエクレアと部屋で一緒に話して待っている事になり、私とイアンはお父様のいる執務室へと足を進めた。




