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ルミナスは、言葉が出なくなる

 

「ルミナス様の装いは、とても素敵ですわ。まるで薔薇(ばら)の花のようです。」


 私の正面に座るエクレアが、帽子を膝の上に置き両手でつばを掴みながら、うっとりした表情で私を見つめている。エクレアは薔薇(ばら)が好きなのかな。今日のエクレアのドレスにも所々に薔薇の刺繍が施されている。


「ありがとう、エクレア。」


 私が笑みを浮かべると、エクレアも優しい笑みを返してくれた。窓の外を見ると、石畳の道が続いているようで、都市内を幌馬車で通った時の揺れに比べれば馬車の乗り心地は良いけど、小刻みに振動が体に響く。



「ルミナスさん、広場で何するの?」


「幼い頃に、お父様とお兄様と一緒に行ったことがあるんだ。もう一度行ってみたいと思って…」


 マナの問いかけに、幼い頃の記憶を辿りながら答える。領地にいる時、ルミナスは殆どを城内で過ごしていて、領民と関わることも無かったし、それが当たり前だと思っていた。広場に行った記憶は、朧げにしか思い出せない。けれど、その日はいつも側にいるフリージアがいなかったのを覚えている。



「マナ様、広場は市場が開かれたり、お店も建ち並んでますわ。ニルジール王国から来た商人や、オスクリタ王国から来た商人がいる事もありますの。今は商人の行き来は減っていると、ブライト様が仰っておりました。」


 エクレアが隣に座るマナに、広場の説明をしていた。エクレアの方が私より詳しい。市内の店も気になっていたから、広場に行くのを指示したのは、ちょうど良かったかも。


「エクレアさん、私のことはマナで良いです。…昨日は何を話せば良いか分からなくて、途中から寝たふりしちゃいました。」


 ごめんなさい!とマナが勢いよくエクレアに頭を下げる。「まぁ…」とエクレアは一言零し、驚いたように目を瞬かせていた。


「エクレアさんは、ルミナスさんの友達ですから、マナも仲良くなりたいです!」


 マナが顔を上げてエクレアを見つめている。私はマナが積極的に関わろうとする姿に嬉しく思いながら、エクレアは獣人のマナに対して、どんな言葉を返すのかと成り行きを見守っていると……



「……っ嬉しい、ですわ…。こんなに可愛らしい方に仲良くなりたいと、言っていただけて…。」


 エクレアが絞り出すように声を出して、頰は僅かに赤みがさしている。

 マナは可愛い。猫耳が可愛らしさを倍増している。

 エクレアは獣人に対して偏見は無いようだ。



「わたくしも、マナ様と交流を深めたいと思っておりました。昨夜はお話が出来なかったので、今日お話出来ればと考えて…」


「そうだったんですね! じゃあ、沢山お喋りしましょー!」


 少し照れたように話したエクレアに対し、マナは満面の笑顔を見せていた。

 二人が仲良くなれそうで私は安心する。

 エクレアも是非もふもふ好きになってほしい。


 それから二人は楽しそうに話し始めたので、私は隣に座るイアンに視線を向ける。イアンは窓から外の街並みを眺めているようだった。


「イアンは、どこか見たい場所ある?」

「……修練場があれば見てみたいな…」


 私が声をかけると、イアンはゆっくりと私の方に顔を向けながら答えた。「兵士の人に後で聞いてみよう。」と私が返すと、イアンは笑顔で頷いている。


 それから少しして体に響く振動が収まり、外を見ると馬車が止まっていることに気づく。どうやら広場に着いたようだった。




「凄く広いですね!」


 マナが明るい声を上げた。

 私はマナの後ろでイアンの手を借りながら、ゆっくりと馬車から降りる。馬車の車輪と蹄の音、人々の足音や騒めきが耳に入ってきた。


 石畳で覆われた広々とした広場は四角形で、広場の周りは、煉瓦造りの三階建ての建物で囲まれている。

 私達から見て左側の建物がある前には、間隔を開けながら、荷馬車を停めて何か売っている人の姿や、木箱を積んで板を載せた上に、商品であろうか何か並べて置いてる人もいる。天幕をかけていて、まるで屋台が並んでいるように見えた。右側も同じような光景で奥までそれが続いていた。広場内の中央付近には、井戸があるようで水を汲む人の姿が見える。


 広場にいる人たちは私達の登場に、チラチラと視線を向けてはいたけど、騒ぎ立てることはなかった。

 事前に知らせがあったからだろう。



「ルミナス様! 馬を繋げて参ります!」


 馬に跨る兵士の一人が、私に話しかけてきた。

 ハキハキと話すのは良いけど、この人の声がデカイのは平常なのだろうか。イアンとマナが兵士を見ながら顔をしかめている。


「イアンとマナは、とても耳が良いの。近くで大きな声を出さないでちょうだい。…馬は…そうね。広場内を見て回りますから、そうしてもらえると助かるわ。」


「申し訳ございませんッ! 以後気をつけますッ!」


 兵士が頭を下げてくるけど、声が更にデカくなった。私はつい苦笑いを浮かべてしまう。

 人が行き交う中、護衛は馬から降りた方が、きっと動きやすくて良いのだろう。どこに繋げるのかと思ったら、私達が立っていた近くに幌馬車や荷馬車が列になって停まっている場所があり、馬の世話をしている人の姿もあった。


 兵士の一人が馬から降りて私達の側に立ち、もう一人が馬を二頭引きながら馬を繋ぎに行った。

 御者の青年が馬の世話をしながら私達を待つようで、兵士が駆け足で私達の元へ戻ってくる。




「いらっしゃ――……」

「野菜を売っているのね。」


 荷馬車に籠がいくつも積まれていて、中には種類別に色とりどりの夏野菜が入っていた。それまで声を上げてお客を呼び込んでいた人は、私が馬車の前で立ち止まり声をかけた為に、目を見開いている。

 無精髭の男性は「…へ、へぃ…」と、か細い声で返事した。


「とーさんっ! この人、頭に何か付いてる!」

「ば、馬鹿野郎っ! イアン王子に失礼だぞ!」


 馬車の陰から小さな子供が顔を出し、私の隣に立つイアンを指差していた。子供はゴンッ!と頭を叩かれ、その場に(うずくま)り、甲高い泣き声を上げる。「む、息子がすいません!」男性は何度もイアンに向かって頭を下げてきて「別に構わない…」とイアンは困り顔で返していた。


「この人は頭にお耳が付いているの。遠くの音も聞く事が出来るのよ。」


 私が子供のそばに行って腰を屈めて、頭を撫でながら話しかける。すると子供はピタリと泣き止んで「そうなの!? すごーいっ!」と目を輝かせてイアンを見つめていた。



「ルミナスさんも畑で作ってるけど、この野菜は初めて見ますね。」


 マナが籠の中を覗いて、オクラを指差していた。

 グラウス王国にも無かった野菜だ。

「る、ルミナス様が野菜を育ててるんですかぃ…?」

 男性が信じられないといった表情をしている。


「ええ。村人達の手ほどきを受けながら、なんとかね。オクラを籠に入ってる分、全て買いたいのだけれど…良いかしら?」


「へ、へい! ルミナス様ありがとうございます!」

「ルミナスさまっ!ありがとーございますっ!」


 男性が頭に被る帽子を取りながら頭を下げて、子供も父親の真似をして私に頭を下げてきた。私は可愛らしい子供の姿に「偉いね。」と言って、もう一度頭を撫でてあげる。子供はエヘヘと嬉しそうに笑っていた。


 野菜は後で城に届けてもらうことになり、代金だけその場で払っておくことにする。馬車を降りる時に私は小袋を手に持っていたけど、落としたら大変だと思ってイアンの腰に付けているベルトに、小袋を下げてもらっていた。イアンは銀貨を一枚渡して、お釣りの銅貨を受け取ると袋の中に入れていた。


 受け取ったお金は使わないつもりだったけど、商売の邪魔をしてしまっているような気がして、何か買わなければと思ったし、素直にオクラを食べたかった。

 前世ではオクラの天ぷらが好きだった。

 揚げ物だけなら私でも調理できそうだ。

 城に帰ったら、是非とも厨房を使わせて…

 あ、ダメだ。天ぷら粉が無いや。

 ……塩茹でにしようかな…。


 私がオクラの食べ方に頭を悩ませていると「ルミナス。」とイアンに呼びかけられる。


「あれ? マナとエクレアは?」


 近くにいない事に気付き周りを見ると、マナが軽くスキップしながら、エクレアと兵士一人と一緒に奥に向かって先へと進んでいた。私の側にはイアンと兵士がいる。



「ルミナス様、イアン王子…もし良ければ、品物を見ていって下さい。」

「ルミナス様…」


 それまで遠巻きに視線を向けていた人達が、遠慮がちに声をかけてくる。行き交っていた人達も足を止めて、私とイアンに視線を向けていた。

 声をかけてくれるのは嬉しい。

 私は歩きながら「順番に見て回るわ。」と言って、ニコリと微笑む。




 ……あれ? あの子、あんな所にいたら危ないんじゃ……



 私は遠くに見える井戸に視線を固定させる。

 母親らしき桶を手に持つ女性は、私達の方を見ていて、すぐ後ろで井戸縁(いどふち)の上に立つ子供に気づいていないようだ。井戸の周りに他に人はいなく、私達がいる方に人が集中していた。




「危な……」



 私は井戸がある方に向かって声を張り上げようとしたけど、途中で言葉が出なくなる。












 子供が井戸の中に姿を消したのが見えた。

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