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ルミナスは、痛感する

 

「ルミナス様、お召し物は如何(いかが)致しますか?」

「そう…ね…」


 私はフリージアの言葉を聞きながら、口元を手で隠しつつ頰を引きつらせる。朝目覚めると既に日は昇っていて、窓からは陽の明かりが差し込んでいた。隣で寝ていたマナを起こしていたら、フリージアとマーガレットがメイドを数人引き連れてやってきた。

 軽く朝食を部屋で済まして、身支度を整えましょうとフリージアに言われて、別室に案内されると湯の入ったタライとタオルが用意されていた。マナにはお風呂の事は内緒にしてもらっている。滞在中、湯の用意は不要だと言いたいけど、不潔だと思われるのは嫌だ。マナは自分でやると言って体を軽く拭いていた。私はメイド達の手により磨かれ自室に戻ると、次にマーガレットとメイド達は、手に色とりどりのドレスや装飾品を持ってきたのだ。



「マナもドレスを着てみる?」


「私は遠慮しときます。寝る時は良かったですけど、動きづらそうですし、尻尾を出せないのが嫌ですもん。」


 ソファに座る私の後ろで、マナは私が洗浄して畳んでおいた、茶色のワンピースを手に取り着替えようとしている。メイドが二人マナに近寄り「御髪を整えます」「お召し替えを…」と声をかけるが「だ、大丈夫です! 一人で出来ますから!」と困惑した様子でマナが早口で捲したてる。


「マナに無理強いはしないようにね。マーガレット…ドレスや装飾品を、そんなに持ってくる必要ないわ。滞在中は、貴方が選んでちょうだい。」


「よろしいのですか…?」


 マーガレットは箱に入った装飾品を持ちながら、灰色の瞳を見開いている。ルミナスはその日の気分でドレスや装飾品を変えていた。メイド達が持ってきたものが気に食わないと、何度も衣装部屋を往復させて、身支度に随分と時間をかけていた。


「ええ、貴方に任せるわ。」


 私が微笑むと「かしこまりました。」とマーガレットは明るい声で返して頭を下げた。マーガレットの後ろに立つメイド達は、ドレスを持ったまま呆然とした様子で立ち尽くしている。


 マーガレットはドレスに視線を移しつつ、少し迷いながらも一つを手に取った。



 私が立ち上がって室内の空きスペースに移動すると、マーガレットとメイド達は、慣れた手つきで私にドレスを着させる。ワンピースの方が動きやすいし好きだけど、断るとメイド達が動揺するのだ。体を拭く時に私が自分でやろうとしたら、メイド達は困惑していて、フリージアに、私達に仕事をさせていただきたい。と言われた。人に世話されるのは、薫の記憶があるから違和感を感じてしまう。けれど『仕事』と言われたから任せることにした。



「わぁ…。ルミナスさん、とっても綺麗です…」

「…そう? お世辞でも嬉しいな。」


 クスッと私が笑むと、ソファに座っているマナが「もー! お世辞じゃないですっ!」とふくれっ面で声を上げた。


「フリージア、わたくしの身支度は朝だけで大丈夫よ。以前のように一日に何度も着替えはしないわ。それと化粧と香水は不要よ。」


「かしこまりました。」


 化粧と香水だけは断固拒否したかったから、フリージアが了承してくれた事にホッとした。


 私は壁に取り付けられている鏡で、自分の姿を確認する。グラウス王国では鏡が無かったから、水鏡に映して容姿を確認した。以前はこの鏡でよく化粧の出来栄えなどをチェックしていたから、領地に帰ってくる前に水鏡で、自分の容姿に慣れておこうと思ったのだ。ずっと気になっていたし。初めて自分の顔を目にした時は驚いた。髪色だけじゃなく、前世で見たゲームのルミナスとは顔のパーツが同じでも、別人のように見えたから。



 平面の四角い鏡は、上半身を映せるほどの大きさだ。マーガレットが選んだのは真紅のドレス。首元が大きく開き、首には小ぶりなピンク色の宝石が付いたネックレス。袖は肘の辺りで広がってレースが付いていて、足首が隠れる程ある長い丈に、裾には葉の模様が施されていて、レース付きだ。生地は肌触りが良く着心地はいい。マナの言うように、グラウス王国では適さない服装だけど、衣装部屋で眠らせておくのは勿体ないと思ってしまう。

 髪はドレスに着替えた後にメイドが用意した椅子に座ってハーフアップの編み込みにされていた。メイドの手つきが凄く慎重なのが気になったけど。


 ソファに座るマナの所に歩み寄る。ヒールがある靴も久しぶりだ。転ばないように、ゆっくりと歩いていると……フリージアの後ろに立つマーガレットが、眉を下げて、不安げな表情をしているのが視界に入った。きっと私が鏡の前から動かなかったからだろう。


「マーガレット、貴方の見立てに満足しているわ。明日も頼みます。」

「……っ…はい。ルミナス様…。」


 安心させるように笑みを向けると、マーガレットは言葉を詰まらせながら、顔に喜色を浮かべていた。フリージアが口元に手を当てながら、コホンと咳払いをして「帽子はよろしいのですか?」と尋ねてきたので「必要ないわ。」と返答する。


 夏の紫外線はお肌の敵だけど、グラウス王国で腕や足を出していても、日に焼けることは無かった。日焼けも自然治癒しているのだろうか。今日は市内を見るし、帽子を被らない方が周りが良く見える。



「馬車の用意は済んでおります。参りましょう。」


 フリージアは私の返答に、特に意見することはなく、マナは外に出るためマントを手に取り、私達は部屋を後にした。


 応接室に案内されると、黄緑色のドレスを着て白い帽子を手に持つ、エクレアがソファに座っていた。イアンは庭で鍛錬をしているそうだ。マーガレットがイアンを呼びに行き私とマナ、エクレアの三人は城の外に止めている馬車に向かう。リヒト様は使用人が部屋を訪れた際に、部屋で休んでいると言って出て来なかったらしい。


 ……後でリヒト様の部屋に行ってみよう。私は市内を見たかったけど、リヒト様は興味が無かったかもしれない。


 城の外に出ると、ギラギラと照りつける太陽に少し暑いと感じて空を仰げば、透き通るような青空が広がっている。視線を前に戻すと、一頭立ての箱馬車があり、御者は御者台から降りて、頭に被っていた帽子を取りながら頭を下げてきた。昨日セドリックの隣で出迎えしてくれていた、栗色の髪の青年だ。

 馬車の近くには兵士が二人、馬から降りた状態で馬の手綱を握り、私達の方に向かって姿勢を正して頭を下げている。


「ダリウス様の命により、本日護衛を務めさせていただきますッ!」


 兵士の一人が声を張り上げた。でかい声に私は目を丸くする。兵士は二人共、胸と手足に鎧を付けて腰のベルトには剣を下げている。二人共…ムキムキマッチョだ。


「よろしく頼みます。」


 私は薄く笑みを浮かべる。

 本音は護衛は必要ないと思っているけど、グラウス王国の王子であるイアンもいるし、護衛を付けないのは体裁が悪いのだろう。

 兵士の一人は「ハッ!」と背筋をピンと伸ばして声を上げて、もう一人は「は、はひ…。」と少し頼りげのない声を出していた。体格は同じだけど、声から受ける印象は正反対の二人だ。


 私の隣に立つマナが「何ボーっと突っ立ってるの?」と誰かに話しかけている声に反応して、私は顔を横に向ける。いつのまにかイアンが来ていたようだ。



「……薔薇(ばら)の…花……」



 イアンの呟きは、かすかにしか聞こえなくて「ばら…?」と私が聞き返すと「なんでもないっ!」と慌てた様子で、イアンは首を左右にブンブン振った。



「ルミナス様、こちらをお持ち下さい。ダリウス様より預かって参りました。」


 後方から声がして後ろを振り向くと、城内からセドリックが来て、私に小袋を手渡してくる。受け取る際に中から、かすかに金属音が聞こえてきた。

 ……え? もしかしてお金?

 袋の中を開けると、中には金、銀、銅のコインが何枚も入っていた。目にするのは初めてだけど、きっとこの世界の貨幣なんだろう。

 ……えぇ? 私、お金を自分で使ったこと無いよ。

 グラウス王国では自給自足で生活できたし、お金に触れる機会は無かった。金貨は明らかに価値が高そうだ。手元の袋からセドリックに視線を移すと、セドリックはイアンに顔を向けている。



「イアン王子、マナ様、領内でマントを着る必要はございません。ダリウス様は、ルミナス様との婚約と夏の間に訪問される事を、領民には既に知らせております。今朝早くからダリウス様とブライト様は兵士に指示を出して、本日市内を見て回る事も随所に伝令済みでございます。」



 セドリックの言葉を聞いて、私は自分の考えが足りなかった事を痛感する。市内を見たいと言った私のせいで、お父様や周りに迷惑をかけてしまったようだ。私が落ち込んでいると「ルミナス様」とセドリックの柔らかい声が聞こえて、私は俯いていた顔を上げる。



「良い一日をお過ごし下さいませ。」



 セドリックは微笑み、頭を下げると城内に戻っていった。



「ルミナス様、お帰りはいつ頃になる予定ですか?」


 フリージアが声をかけてきて、私は頰に手を当てながら考えを巡らせる。


「……ゆっくりと市内を見て回るわ。日が暮れる前には帰ってくるわね。」


 エクレアはそれでも良いかしら? と私が後ろに立っているエクレアに顔を向けて尋ねると「もちろん、構いませんわ。」と明るい声で返ってきた。イアンとマナは着ていたマントを脱いで、マーガレットに手渡している。



「いってらっしゃいませ。お早いお帰りをお待ちしております。」



 フリージアとマーガレットが声を揃えて、私達に向かって頭を下げる。いってきます。と私は心の中で呟き、馬車のドアを開けている青年に向かって「広場に向かってちょうだい。」と指示を出して、私達は馬車内に乗り込む。



 馬車は緩やかなスピードで進み出した。

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