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ルミナスは、会話が弾む

 

「エクレア…わたくしに様付けは不要よ。」


「…ルミナス様を呼び捨てになんて出来ませんわ。」


 エクレアは眉を下げて困り顔で答えた。堅苦しいのを失くそうとした、私の試みは失敗に終わったようだ。それでも『友人』と口にして否定されなかったのは嬉しい。

 ベッドの上で向かい合わせになりながら私とエクレアが足を斜めに崩して座り、エクレアの後ろにはマーガレットが背筋を伸ばして正座している。私の隣ではマナが胡座をかきながら、目元を手で擦っていた。


「マナ、眠たいなら寝て良いよ。」


 私がニコリと微笑むと「は〜い…」とマナが返事して、ゴロンとベッドに転がった。早くも一人脱落者が出てしまった。エクレアとマーガレットもマナの自由な行動にギョッとしている。


「マナは旅で疲れているの。知らない土地に来て緊張もしていたようね。…ねぇ、マーガレットは歳はいくつ? 結婚はしているの?」


「私は今23歳で独身です。」


「…そう。ご両親は市内にいるの?」


「父は幼い頃に亡くなったと、聞き及んでおります。母のフリージアと共に、私は城で生まれ育ち、お世話になってきました。」


 私の度重なる質問に、しっかりとマーガレットは答えてくれた。似ているとは思ったけど、フリージアが母親だったんだ。「親子でしたのね。」とエクレアが言って、マーガレットの方に顔を向けている。


「わたくしは、マーガレットと顔を合わせた記憶がないけれど、離れで暮らしていたの?」


「はい。幼い頃は母から離れから出ないように言いつけられてました。10の頃より、城内でメイドとして働いております。」


 私が幼い頃に、もし知ってたら一緒に遊べて…いや、ルミナスだったらマーガレットを虐めていたかもしれない。私は薄く笑みを浮かべながら「長く城で勤めているのね。いつもありがとう、マーガレット。」と労いの言葉をかける。マーガレットは恐縮した様子で頭を下げていた。


「ルミナス様…あの…」

「どうしたの? 何でも気軽に話してもらえると嬉しいわ。」


 エクレアが俯いて、もじもじしている。私がニコリと笑みを浮かべると、エクレアが伏し目がちに「ルミナス様は…随分とお変わりになられたと思いまして…」と小声で話した。


 私は後ろに流している髪を、ひとふさ指でくるりと絡めながら前にもってくる。……髪の色のことかな?


「ルミナス様の髪色が変わった事は、ブライト様から聞いておりました。…前にも増して美しくなられて、久しぶりにお姿を拝見して驚きましたわ。それに雰囲気が柔らかくなったように思います。」


 エクレアが顔を上げて話、エクレアの後ろにいるマーガレットも私を見つめていた。


「以前のわたくしは愚かでした。わたくしはグラウス王国で様々な出会いや経験を経て、心を入れ替えたのです。今のわたくしはお嫌かしら?」


「とんでもありません! 」


 エクレアは自分が声を上げた事に、恥ずかしそうに口元に手を当てて、私はその様子を見てクスリと笑む。


「その…先程は『友人』と言っていただいて、嬉しかったです。今だからこそ言えますが…わたくしは、ルミナス様を蔑ろにするマーカス王子に憤りを感じていました。ルミナス様が行方不明になったと父上から聞いても、わたくしは何もお力になれず…」


 申し訳ありません…と俯いたエクレアの様子を見て、私を心配してくれていたのだと思い至る。

 以前の私は誰からも好かれていないと思っていた。

 いや、自分で勝手に思い込んでいた。

 家族以外にも私を気にかけていてくれた人がいる事に嬉しくなりながら、私はエクレアの目の前まで近づき、膝の辺りで握りこぶしをつくっていたエクレアの手に、そっと自身の手をのせる。


「エクレア…わたくしと改めて友人になってもらえるかしら? 」


「は、はい…!」


 エクレアはパァっと表情が明るくなり、笑顔で頷いてくれた。もしかしたら、マナの名を出した時に身じろぎしたのは、獣人だからではなく、友人の言葉に反応していたのかもしれない。私の取り巻きは数人いたけど、一人もこうして向き合って話をすることがなかった。


「マーガレット、わたくしは貴方とも友人になりたいわ。」

「わ、私は使用人でございます…。」


 今までハキハキとした口調で話していたマーガレットが、友人の言葉に驚いたようで狼狽えている。


「今後も領地に帰ってきたら、わたくしの側で世話をしてくれるのは貴方でしょう? マーガレットと良い関係を築いていきたいの。」


 フリージアには内緒ね…と私が口元に人差し指を当てながら言うと、マーガレットは瞬きを繰り返し「…光栄です…ルミナス様…。」と静かな声で言って、微笑んだ。本当はマナとも親睦を深めてもらいたかったけど、マナを見るとうつ伏せになって、寝息を立てているので、そっとしておく。


「ルミナス様は、イアン王子と想いを寄せ合っているのですわよね? 今貴族の間では、二人の婚約話で盛り上がっていますわ。」


 エクレアは瞳を輝かせて私に尋ねてくる。

 やっぱり女子は恋バナが好きだよね。

「もちろんですわ。」と私は笑顔で答えて、エクレアに先ほど食事の時に気になった事を聞くことにした。


「エクレアは、お兄様をお慕いしているの?」

「…はぃ…。婚約者にわたくしを選んでいただいた時は、とても嬉しかったですわ…」


 消え入りそうな声で答えたエクレアは、頰に手を当て、顔をポッと赤らめたように見える。…婚約者?


「エクレアは、お兄様の婚約者だったの? わたくし知らなかったわ。まさか…もう結婚してる?」


 私がグラウス王国にいる間に、話が進んでいたのかと思って聞いたけど…


「わたくしはブライト様の婚約者候補の一人だったのですけど…結婚は翌年に予定しておりますわ。てっきりブライト様から聞いていたのかと…。」


「もしかしたら、わたくしが滞在中に話をする予定だったのかもしれないわね。」


 ルミナスが周りに関心が無さすぎたのが悪い。次はマーガレットの恋バナを聞いてみようかな…そう考えていると、扉を叩く音がして「ルミナス様、フリージアでございます。」と声がした。

 扉に向けていた視線を戻すと、マーガレットはいつのまにかベッドから降りて直立している。フリージアの声ですっかり仕事モードに戻っちゃったよ。



「どうかしたの?」


「…夜更かしは体に悪るうございます。パーティーはそろそろお開きになされてはいかがでしょうか? 」


 私が入室の許可を出すと、フリージアろ蝋燭(蝋燭)を立てた手燭(てしょく)を持ちながら室内に入ってきて、ベッドにいる私達の姿に一瞬目を見張り、すぐにキリッとした表情に戻って進言してきた。


「そうね…。二人とも今夜はありがとう。お話できて楽しかったわ。」


 私がベッドから降りて立ち上がり、同じようにベッドからエクレアも降りて、私はベッドを挟んで向かい合わせで立つ二人を交互に見ながらお礼を述べる。

 パジャマパーティーは寝泊まりしていた気がするけど、流石に無理かぁ…と少し残念に思っていると、エクレアが綺麗な所作でカーテシーをして私に頭を下げてきた。


「こちらこそ…ルミナス様とお話できて楽しかったですわ。明日市内を同行させていただく際も、よろしくお願い致します。」


 エクレアが顔を上げて、ふわりと柔らかな笑みを浮かべる。その後ろではマーガレットが私に向かって頭を深く下げていた。


 グラウス王国の民達とは違って、エクレアやマーガレットは、私に対する言葉遣いや礼をとる姿勢は変わらない。私もお父様達やエクレア達に対して言葉遣いを変えることはしない。

……うっかり素になる事はあるかもしれないけど。

貴族制度があるこの国では、仕方ないことだ。けれど、こうして話が出来て距離を縮めれたように感じた私は、部屋に招いて良かったと心の底から思っていた。



 フリージアに促されながら二人は部屋を退室していき、マナの上にそっとベッドと同じくらい大きな布をかけ、自身もベッドに仰向けになる。



「ルミナスさんの一番の友人はマナですからね。」


 マナが突然話しかけてきて、私はビクッと肩が揺れる。うつ伏せになっているマナが顔を横に向けていて、目がぱっちり開いていた。


「……ごめんね。うるさかった?」


「いえ、大丈夫ですけど…。マナは言葉遣いも、ちゃんと出来ないし…あの二人と、どう接して良いか分からなくて…寝たふりをしてました…。」


 マナが気まずげに布の中に顔を隠し、私はもぞもぞと横に移動してぎゅーっとマナを抱きしめる。

 マナが驚いて、布から顔を出して目を丸くした。

 もしかしたらマナは、都市内に入る前にイアンに礼儀正しくするように言われていたのを、気にしていたのかもしれない。


「マナは、いつも通りで大丈夫。言葉遣いも礼儀作法も気にする必要ないからね。マナは私の一番の友人なんだから、胸を張ってよ。」


 ね? と私が言って微笑むと、マナは満面の笑みを浮かべて頷いていた。



 私は風魔法でフッと蝋燭(ろうそく)の火を消し、暗闇の中そのまま二人で話し続けて、マナはお兄様に婚約者がいたことに残念がっていたり、食事はどれも美味しかったと感想を教えてくれたり……

 会話を弾ませながら、いつのまにか私達二人は大きなベッドの端側で、二人で並んだまま眠っていた。

次話は別視点になります。

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