ルミナスは、返答する
「……お父様。グラウス王国では最近、食前と食後に挨拶をする習慣ができましたの。わたくし達のことは、皆さんお気になさらずに…食事に致しましょう。」
「そのような習慣があるのか。そうだな…冷めないうちに食事をしよう。」
グラウス王国と交流が今までなかったから、それで納得してくれたようだ。グラウス王国で民達がするようになったのは、本当にごく最近なんだけどね。
宴で陛下や私達がしていたのを目にした、マナや他の使用人から町の住民に広がり、そこから村人…と国全体に広がったのだ。町や村に行くと、教えてほしいと言われたり、サリシア王女も隊の人達に教えたらしい。
私はパイ包みをナイフとフォークを使いながら一口の大きさに切ると、皿にたっぷりとかけられたソースを絡めて口に運ぶ。サクッとしたパイ生地と肉の旨味が口の中に広がり、甘酸っぱいソースとよく合って、とても美味しい。白パンを小さくちぎり、ゆっくりと咀嚼する。柔らかい食感に、自然と笑みが零れた。
私が料理に満足していると、カチンカチン…と音がして隣に視線を向ける。マナが私の真似をしながらパイ包みと格闘していた。お皿の上が悲惨なことになっている。
「マナ、好きに食べて良いんだよ。」
私が食事の手を止めて声を潜めて話しかけると、マナは悔しそうな顔をしながら、ぐさりとパイが崩れた肉をフォークで突き刺し、口に運んでいた。リヒト様は黙々と食事をしていて、イアンに視線を向けると、白パンを食べて幸せそうな笑みを浮かべている。前に半分こして食べた時も、美味しそうに食べていたのを思い出した。
「ルミナス、滞在期間は一週間と聞いていたが…一ヶ月程滞在したらどうだ?」
「いいえ。ニルジール王国にも向かう予定ですし、他にも向かう場所がありますの。留守を任せた方々もいらっしゃるので、あまり長くは滞在できませんわ。」
食事を済まし、お父様が咳払いをしたあとに話しかけてきたけど、私の返答にお父様は「そうか…」と俯き気味に一言零してワインを飲み干し、セドリックにお代わりを注いでもらっていた。
「ルミナス、明日は何か予定があるのかな?」
お兄様が手に持つグラスを、くるりと回しながら話しかけてきた。中身のワインが波打ち、お兄様はワインを持つのが似合うなぁ…と思いながら「明日は市内を見て回ろうと思っていますわ。」と私は返答する。
「お話中失礼致します。ルミナス様、お買い物でしたら、商人を城に来るよう手配致しますか?」
「必要ないわ、セドリック。わたくしは、自分で市内を見たいのよ。買い物もする予定は無いわ。」
セドリックは僅かに瞠目し「左様でございますか。」と言って私に頭を下げた。私が市内を見て回りたいと自ら言うのは、そういえば初めてかもしれない。セドリックは私が装飾品やドレスを求めていると考えたのだろう。よく商人を呼びつけていたしね。
「それなら、エクレアも同行させてもらいなよ。エクレアは明後日マドリアーヌ領に戻るために、ここを発ってしまうんだ。ルミナスも友人と積もる話もあるだろう。」
お兄様が隣に座るエクレアと私を交互に見て、穏やかな笑みを浮かべる。「よろしいのでしょうか…?」とエクレアが躊躇しながら尋ねてきて「ええ、構いませんわ。」と私はエクレアに微笑みかける。
……エクレアと話かぁ… 。
ドレスや装飾品の話をすれば良いのだろうか。
あらら、今私が最も苦手な話題なんだけど。
そう思いながらも、私はエクレアとお兄様が仲睦まじい様子が気になった。ふと、学園在学中にエクレアがお兄様のことを、素敵な方と話していたのを思い出す。その時ルミナスは素っ気ない態度を取っていたけど……
「エクレア。貴方がよろしければ、この後わたくしの部屋にいらしてくださらない? わたくしの部屋でパーティーを開催するわ。」
私の発言にエクレアだけじゃなく、お父様やお兄様、使用人達が戸惑っているのが分かった。
「マナは、客室で夜を過ごすことになるけど…」
「え? 客室!? 嫌ですよー! 私ルミナスさんと一緒が良いです〜!」
マナは首をブンブン横に振って、ツインテールの髪も左右に揺れている。初めての土地で一人は心細いかなって思ったけど…予想通りの反応だった。
「マナは滞在中、わたくしの部屋に寝泊まりします。パーティーと先ほど言ったけど、特に何か準備する必要は無いから安心してちょうだい。ドレスアップも不要よ。フリージア、わたくしが滞在中は誰が身支度を整えるのかしら?」
「…私と侍女のマーガレットが、ルミナス様とマナ様のお世話をさせていただきます。」
フリージアは急な私のパーティー宣言に訝しげな表情をしているけど、問いかけにはキチンと答えてくれた。城の入り口でフリージアの隣で出迎えしてくれた侍女が一歩前に出て頭を下げてくる。
マーガレットね。よし、覚えた。
「ルミナス、なんだか楽しそうだね。そのパーティーには私は参加できないのかな?」
「ダメですわ、お兄様。今夜のパーティーは女性だけしか参加ができませんの。」
お兄様は私の言葉を聞いて「それなら仕方がないね。」と言って眉を下げ、残念そうにしていた。
「それでは…マーガレット。寝支度をして、エクレアと共にわたくしの部屋にいらっしゃい。フリージア、良いかしら?」
「…マーガレットは使用人でございます。参加させるのは」
「フリージア、ルミナスの好きにさせてやれ。」
フリージアの言葉をお父様がピシャリと遮る。
「かしこまりました…マーガレット。ルミナス様の言う通りにしなさい。ルミナス様、何かございましたら、マーガレットにお申し付け下さいませ。」
「ええ、分かったわ。お父様、フリージア…私の我儘を聞いていただき、ありがとうございます。」
私が嬉しさに顔を綻ばせると、お父様はフッと薄く笑みを浮かべて、フリージアは私がお礼を述べたことに驚いた表情をしていた。マーガレットとエクレアは、話についていけてないようだ。
イアンとリヒト様はセドリックに客室へと案内されていき、エクレアはメイドと共に昨日から寝泊まりしている客室に向かった。お父様とお兄様は自室で休むそうだ。私はマナと一緒に自室へと向かう。フリージアとマーガレットが部屋まで付いてきて、寝支度を手伝おうとしてくれたけど、丁重に断った。
エクレアとマーガレットが来るまでに、やりたい事があったのだ。
「はぁ〜…気持ちいい…。」
「城の中にはお風呂は無いんですか?」
無いんだよー…と私はお湯に肩まで浸かりながらマナに返事する。今私とマナは二人でお風呂に入っていた。城内にお風呂はなく、朝の身支度をする時にメイド達の手により、体や髪を洗われるだけなのだ。
室内は広く、花柄の絨毯が床に敷かれていて天井には鉄製のシャンデリアに蝋燭が数本立てられ、室内を照らしている。室内にある家具類は木製でソファとテーブル、クローゼット、天幕付きのキングサイズのベッドの近くには、丸いサイドテーブルの上に、燭台に蝋燭が立てられ置いてあった。私は室内の空きスペースに魔法で木製の大きなタライを作り出して持ってきた石鹸で体を洗い、お湯を入れたのだ。室内の隅には馬車から運んでもらっていた木箱が数箱あり、中には石鹸とタオルや着替え等が入っている。
お湯とタライを無くしタオルで体を拭いて、風魔法で濡れた絨毯と髪を乾かし、フリージアが用意して置いていった二人分の、白色の足首まで長さのあるシュミーズをマナと着る。
使ったタオルや着ていた服を、洗浄魔法で綺麗にしていると、控えめに扉を叩く音がした。
「ルミナスさん、開けても大丈夫?」
「うん、お願いマナ。」
扉の近くにいたマナが開けて、その間に私はタオル類を片付けておく。
「ルミナス様、一体どのようなパーティーなのでしょうか? 下着姿で招かれるのは初めてで…」
羽織ってきたガウンを脱いでマーガレットに手渡しながら、エクレアは視線を彷徨わせて困惑している様子だった。マーガレットがガウンをソファにかけて……あれ?
「マーガレット、なぜ服を着ているのですか?」
「…申し訳ございません。私などの下着姿を見せるのはお目汚しになると思いましたし、不測の事態があった際に動けるようにと考えた故でございます。」
私に頭を下げるマーガレットは、先ほどと同じ服装だ。
「これから始めるのは、パジャマパーティーですわ。下着姿が正装ですのよ。さぁ、今すぐ服を脱いで髪も解くのです。」
……せっかくの機会だから、エクレアやマーガレットと仲良くなりたい。
パジャマパーティーは、この世界でもしかしたら私が初かもしれない。自然な流れで恋バナが出来そうだし、打ち解けるには、もってこいだと思ったのだ。……多分。私も初めてだから、どうなるか分からないけど。
私の言葉を聞いて「そのようなパーティー初めてですわ。」と言ってエクレアは目を丸くしていた。マーガレットは「かしこまりました。」と言ってメイドキャップを外して髪を解き、少し恥じらいながらも服を脱いで、下着姿になった。
「…なぜソファではなく、ベッドなのでしょうか?」
「パジャマパーティーは、ベッドで親睦を深めるものなのですわ。」
確か、そうだったはず。エクレアは私の答えに疑問符を浮かべているようだった。マーガレットはベッドの隅で正座している。自分は立っていると言って、ベッドに上がらせるのが大変だった。
「今夜は、話に花を咲かせましょう。」
私が満面の笑みを浮かべると、エクレアとマーガレットは呆けた顔をしていて、マナは眠たくなってきたのか欠伸をしていた。




