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ルミナスは、記憶を探る

 

 ……エクレアとは友達だった?


 ルミナスの記憶には、エクレアと本音を語り合うような親密な関係ではない。ルミナスが一方的に話してばかりで、エクレアの人となりがよく分からなかった。何故わざわざ訪ねてきたのだろう。マドリアーヌ領は、このシルベリア領からは反対側に位置する場所にあり、ニルジール王国側にある領地で距離も離れている。


 私が思考に耽ってしまい、なんの反応も示さなかったから、不思議に思ったのだろう。エクレアが首を僅かに傾けたのが視界に入り「ごきげんよう、エクレア。」と私は慌てて挨拶して笑みを返す。



「ルミナス、城の中に入ろう。もうすぐ日も暮れてくる。食事は済まして来たのか?」

「いえ、まだ食事はしておりません。」


 お父様の問いかけに、反射的に私は答える。「用意をさせているから、皆で食事をしよう。」とお父様がチラリと馬車に視線を向けて「あ、えっと…俺、いや…私は…」イアンがお父様の眼差しを受けて取り乱し、その姿を見てフッとお父様が薄く笑みを浮かべた。


「イアン王子、はるばる我がシルベリア領にお越しいただき、ありがとうございます。馬車はこちらで預かりますゆえ。」


「は、はい…」


 お父様が礼を取り、隣に立つお兄様とエクレア、使用人達も皆がイアンに対して礼を取り、頭を下げていた。イアンは、やはり緊張しているのか歯切れが悪い。お父様には文で私が夏の間に領地に訪れ、城に泊まること、リヒト様も同行することは伝えてある。リヒト様が魔人だとはお父様に伝えてないけど、文で魔法の指南をしていただいている方と書いたから、お父様が魔人の存在を知っているなら、察しはついてるかもしれない。


 私は使用人達に一人ずつ視線を移していく。


 お父様の隣に立つ中年男性は、執事のセドリック。

 セドリックは七三分けの灰色の短髪に、黒い眼帯を片目にしていて、もう片方は灰色の瞳。目尻には皺がある。黒色のタイトなズボンを履いていて、白い長袖のシャツの上に、黒色のジャケットを着ている。

 セドリックの隣に立つ従者であろう青年は、栗色の短髪に、栗色の瞳、赤茶色のチェニックを着ている。王都の屋敷にいた時に、この人を何度も目にした記憶はあるけど、名前は知らない。


 エクレアの隣にいる年配の女性は、侍女頭のフリージア。フリージアは淡い緑色の髪を後頭部でまとめ、緑色の瞳。つり上がった眉に、高い鼻。大きな口は固く結ばれていてキリッとした表情をしている。

 服装は白色の襟が付いた、黒色の足首まである丈の長いワンピース。

 その隣にいる侍女であろう若い女性は、灰色の髪を後頭部でまとめ、フリルの付いたメイドキャップを付けている。灰色の瞳。半袖の茶色の足首まである丈の長いワンピースを着ている。この人も名前は分からない。けれど、つり上がった眉や大きな口。凛とした佇まいや顔から受ける印象が、フリージアと似ているな…と思った。


 記憶を探るけど、使用人で私が名前を知るのは執事と侍女頭のみだ。



「お父様、わたくしの大切な友人である、獣人のマナも同行しております。城での滞在を許可していただけますか?」


 笑顔でマナの事をお父様に伝えると、「もちろん構わないとも。」とお父様はすぐに了承してくれた。私の言葉に、エクレアが身じろぎする姿が視界に入ったけど……


 ……まさか、エクレアは獣人に対して何か思うことがあるんじゃ…


 そう疑念を抱いたけど、獣人のイアンは元々滞在することは決まっていた。エクレアが昨日から城に滞在しているなら、お兄様かお父様がイアンの事は伝えてあるだろうと思って、きっと気のせいだろう…と考えを改める。


 お父様はセドリックに、食事を追加するように厨房に伝えておけと話、セドリックは頭を下げると、先に城内に入っていった。従者の青年がイアンと降ろす荷物の話をして、馬車と荷物の事は従者に任せた。馬車内からリヒト様とマナも降り、私達はお父様達と侍女頭達と一緒に城内に入る。



 ……中庭には庭園や厩舎(きゅうしゃ)、井戸があって、城と壁の間にある石造りの高い塔は、幼い頃に悪い人がいるから決して近づいてはダメだと教えられた。今はどうか知らないけど、罪人を捕らえる場所だったのかな。



 過去の出来事を思い出しながら城内を歩く。幼い頃よく一人で勝手に城の外に出て散策して、塔に忍び込もうとしたり……使用人達を困らせてばかりな記憶に、頭が痛くなりそうだ。

 私に注意するのは使用人ではフリージアのみで、私に侯爵令嬢として…王子の婚約者として…とネチネチと長い説教をしてきて、お父様の次に苦手意識をもつ人物だった。



「お父様、暗くなってきましたので灯りを…」

「ルミナス、心配いらない。」


 魔法の事は使用人達には伝えておらんぞ。とお父様が側で耳打ちしてきて、私はハッとする。最近は日常生活で当たり前のように魔法を行使していたから、すっかり忘れていた。様々な魔法を行使出来るようになったのは文でお父様に伝えていたけど、城内には魔法を目にした事が無い人ばかりいる。エクレア嬢だってそうだ。見れば城内に既にいた白いエプロンを付けたメイド達が、壁にかけられた燭台(しょくだい)に火の灯された蝋燭(ろうそく)を入れていて、城内の廊下を明るく照らし、歩くのに十分な灯りがあった。



 城は四階建てで、一階には大広間と応接室、厨房と食事をとる部屋があって、二階にはお父様の執務室や、書庫、使用人が利用する給仕部屋、三階には客室が数部屋あり、セドリックとフリージアの部屋も三階にあった。四階にはお父様、お兄様、私の部屋、衣装部屋がある。地下室もあるけど、立ち入ったことはないから、何があるかは知らない。

 確か城の離れには城で勤める使用人や兵士が住んでいたはず。他にも武器庫や物置があったような……



「…ルミナス?」


 部屋に着き、食事が運ばれるのを待ちながら城内の見取り図を頭に思い浮かべていると、隣に座るイアンが声をかけてきた。「なんでもないよ。」と隣に顔を向けながら言って微笑む。せっかくの食事会なのに、今私はテーブルを見つめながら黙っていたもんね。

 イアンとマナは城に入った時にフードを外していて、マントも席に座る前に脱いでいる。メイドの一人がマントを預かっていた。


 テーブルには、白いテーブルクロスがかけられていて、中央には蝋燭が三本さされた燭台が置かれている。室内に壁にも燭台に蝋燭がさされているから、室内は温かみのある明るさに包まれていた。


 私の右隣にマナとリヒト様。左隣にイアンが座っている。テーブルを挟んで私の正面にお父様。マナの正面にお兄様がいて、その隣にエクレア嬢が座っていた。それぞれのテーブルの上には、ナプキンと手を洗うフィンガーボール、銀製のスプーン等の食器にグラスが置かれていた。

 私は二つ折りにしたナプキンを膝の上にかける。両隣に座るイアンとマナが私を見て慌てた様子で真似していた。


 ……そういえば、グラウス王国ではテーブルマナーが特に無かったし、あまり気にしていなかった。イアンとマナに教えておいた方が良かったかな…。


 水の入ったフィンガーボールを見据えているイアンの姿に、それは飲み水じゃないことを伝えておくべきか迷っていると…



「お待たせ致しました。」


 セドリックが、それぞれの前に、メイドが台に乗せて運んできた食事を置いていく。グラスには既に食前酒のワインが注がれていた。「る、ルミナスさん…これ何ですか?」マナが声を潜めて尋ねてくる。


「そちらはハト肉のパイ包み、こちらは子ウサギのシチューでございます。」


 私の前に皿を置きながら、セドリックが答えた。平皿の上には白パンとチーズ、カットされたフルーツが載っていて、もう一つの皿にはパイ包み。そしてシチュー……子ウサギかぁ…。いや、今までだって食してきたよ。ただラナちゃんの姿が頭に浮かんで……いやいや、美味しくいただこう。




「いただきます。」


 全員の前にセドリックが配り終え、リヒト様、マナ、私とイアンの四人が食前の挨拶を声を揃えて口にして……



 ……あっ…。



 向かい合わせで座るお父様達と後方の壁際に並び立つ、セドリックとフリージア、数人のメイド達が皆、キョトンとした顔をしている。



 食事前や後に挨拶をする習慣は、この世界に無い。



 前世の記憶が戻る前まで、私もしていなかった。




「ルミナス。 今のは何だ?」



 お父様からの問いかけに、思わず私はゴクリと唾を飲む。

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