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ルミナスは、都市内に入る

 

「まだ中に入れないんですか…?」


 マナが声を潜めながら尋ねてきて「きっともうすぐだよ…」と私は苦笑いを浮かべながら答える。


 イアンに馬車内にいてと言われて、私は今マナの隣に座り、向かい合わせでリヒト様が座っていた。なぜ馬車内に?と疑問に思ってイアンに聞いたけど、ルミナスは注目の的になるから…と言われて、渋々中に入ったのだ。イアンの言う通り中に入る前まで、道を行き交う人や馬車の御者の人が、すれ違いざま御者台に座る私に、食い入るような目を向けてきていた。もう光って見えていないはずなんだけど…髪が白いのが珍しいのかな?

 門の近くまで来ると馬車の行列が見えて、列に並ぶ前にイアンが幌馬車の前側と後側の両方カーテンを閉めてしまったから、外の様子が見えず、今どれくらい進んだか分からない。けれど、あまり動いた気がしないから、なかなか前に進まないようだった。


 私が名乗りを上げれば、すぐに入れてもらえるけど、列に並んでいる人を追い抜かすのは躊躇した。

 日が暮れる前には入りたいなぁ…。そう思いながら暫く待っていると、私達の番がやってきたようだ。


「どちらから? 都市に入る目的は? 同行者はいますか?」


 きっと門番の人だろう。イアンに続けざまに質問を投げかけている声が聞こえてきた。


「グラウス王国から、シルベリア侯爵を訪ねて参りました。同行者は馬車内にいます。」


 イアンが答えると「もしや…ルミナス様がいらっしゃるのですか!?」門番の人は急に驚いた声を上げた。私がグラウス王国から来ることは、お父様が事前に連絡をしていたのだろう。

「こんな、みすぼらしい馬車に…?」

「まさか…」

 ざわざわと何人もの声が馬車の外から聞こえてくる。馬車の近くには複数人いるようだ。まぁ、私は侯爵令嬢として豪華な箱馬車ばかり乗っていたし、予想外だったのかもしれない。



「……お父様とお兄様に会いに来たの。通してもらえるかしら?」


 ここまで来たら早く入りたいと思った私は、前側のカーテンを開けて、身を乗り出して話しかけた。

 イアンの近くに一人の兵士が立っていて、馬車の行く手を遮るように二人の兵士が手に槍を持ち立っていた。その先には門が開いた状態である。今私達の馬車は跳ね橋の上で止められていた。三人とも胸当てと、腕や足に鎧をつけていて、馬車の外からした声は、この三人のものだろうと私は思う。


「……は……へ? ルミナス、様…?」


 イアンの近くに立つ兵士が、呆気に取られたような声を出し、目を見開いて私を見つめている。他の二人の兵士も口を半開きにさせ、呆然とした様子で私を見つめていた。


「こちらは、わたくしの婚約者のイアン王子です。疑わしいと思うなら、お父様に」

「いえ! も、申し訳ございませんッ! ご連絡は受けております! ど、どうぞお通り下さい!」


 私が穏やかな笑みを浮かべながら再び話しかけると、近くにいた兵士は顔を真っ赤にさせて私の言葉を遮り、慌てた様子で「そこを避けるんだッ!」と二人の兵士に指示を出していた。その声にハッと我に返ったように、二人の兵士が横に移動して道を開ける。


「ありがとう。お勤めご苦労様。」


 兵士三人がこちらに向かって、頭を深く下げていたため、私は労いの言葉をかけて微笑んだ。すると、バッと三人が頭を上げて、再び目を見開いている。


 ……あ、ついグラウス王国にいた時のノリで話しかけちゃった。前世の記憶が戻る前の私なら、労いなんて決してしない。領民は私が幼い頃から我儘で傲慢な態度を取っていたのを知っているだろうし、戸惑わせちゃったかな?


 馬車が動き出し兵士達の姿が見えなくなったため、まぁ、いっか…。と気にしないことにした。


 馬車が都市内に入り、空を見ると日が大分傾いてきている事に気づく。都市内の道幅は広く馬車が多く行き交っていて、端には市民であろう人々が歩く姿が見える。お父様達に会う前に市内を見たかったけど、また明日にしよう…そう思いながらカーテンを閉め直そうとして……


「…さっきの…中に入ってて大丈夫だったのに。」

「私が出た方が、早いと思ったの。どうしたの?」

「ルミナスさんは綺麗だから、イアンは心配なんですよ〜。」


 イアンの不機嫌そうな声がして、私は手を止めて尋ねる。するとイアンではなく、私の後ろでマナが答えて可笑しそう笑っていた。婚約してもイアンは心配性のようだ。隊の人達と話をするようになって知ったけど、イアンは私が男性と話す度にヤキモチを焼いていたらしい。

 カーテンを閉める前にイアンの頭をフード越しに、ポンポンと頭を撫でると、イアンがプルプルと震えていた。心配いらないよ。私はイアンだけだから。マナとリヒト様の前で口に出すのは恥ずかしいけど、私の想いが伝わってくれると良い。


「い、一番大きな建物を目指せば良いよな…?」


 カーテンを閉めると、少し動揺したようなイアンの声がして「うん、お願いイアン。」と私は返事する。都市の中央付近には小高い丘があり、お父様とお兄様の住まう居城が建っている。それからは城に着くまでマナとお喋りしながら馬車は進んでいた。リヒト様は腕を前に組んで座り、ジッとしている。瞳を閉じてるから寝てるのかな? と思ったけど、私が見つめていると「どうかしたか?」とリヒト様が私の視線に気づいたから、起きてはいるみたいだ。


「ファブール王国のあった場所に行くのは、まだまだ先になりますけど…馬車の旅は退屈じゃないですか?」


「いや、楽しんでいる。」


 リヒト様が無表情のまま淡々と答え、私の隣に座るマナが「え〜…本当ですかねぇ…」と私だけに聞こえる声で囁いた。私はくすりと、つい笑ってしまう。リヒト様が都市で何かしたい事があるか聞いてみよう……そう考えていると「そろそろ城に着きそうだ。」とイアンの声が聞こえて、私はカーテンをそっと開けて外を見る。


 丘の道幅は馬車二台ほどの道幅になっていて、道もぐねぐねと曲がり道になっている。道の先には石煉瓦造りの城壁と立派な門があり、門の両端には、門番であろう手に槍を持つ兵士が二人立っていた。私達が都市に入ったのを誰か知らせに来ていたのか、イアンが名乗ると、すんなりと門を開けてくれる。


 門が開かれ馬車がゆっくりと曲がり道を進むと、その先には石煉瓦造りの城が建ち、その入り口には人が数人立っているのが見えた。馬車が城に向かって進み、姿がハッキリと見えてくると、私は思わず嬉しさに飛び出したくなるのをグッと堪えながら、カーテンを握りしめる。お父様とお兄様…使用人が数名私達を出迎えてくれているのが見えた。使用人の数が少ないように思えるけど、私達が来訪したことで城内の客室を整えたり準備に追われているのかもしれない。忙しいお父様が自分に会えるのを、心待ちにしてくれているように感じて、私は胸が弾み、馬車が止まると私は馬車の後ろから飛び出して、子供のようにタタッと小走りでお父様達の元に向かっていく。



「はしたないぞ、と言いたい所だが…今日は大目に見よう。…おかえりルミナス。」


「ルミナス、会いたかったよ。」


 お父様の眉間は深く、相変わらずの険しい顔だ。けれど私と同じツリ目な銀の瞳は、真っ直ぐに私を捉えて離さず、僅かに口角が上がっているのが見えた。お兄様は柔らかい表情で、笑みを浮かべている。使用人達は私の姿を見ても顔色ひとつ変えずにいた。


「お父様、お兄様…ご無沙汰しております。」


 私は佇まいを直して、カーテシーをしながら礼をとる。



 ふと、顔を上げた際に、お兄様の後ろに女性がいることに気がつく。お兄様が横に半歩ほどズレて、女性が前に足を踏み出したことで、その姿がハッキリと伺えた。明らかに使用人ではない。


 白色のつばの広い帽子を被り、帽子には羽根の飾りが付いている。ウェーブのかかったブラウンの長い髪を背に流していて、首には小ぶりな紫色の宝石が付いたネックレスをしている。深緑色のドレスは腰がキュッと締まり、足元まで長いドレスの裾はフワリと広がり、所々に施された薔薇の赤い刺繍が目が入った。


「ルミナスが夏の間に城に訪れることを伝えたら、会いたいと言ってね。昨日から城に滞在していたんだよ。」


 お兄様が女性を見つめながら、和かな笑みを浮かべる。女性は帽子を取り、少し垂れ気味な茶色の目と、厚い唇。控えめに化粧がされていて、おっとりとした顔つきをしていた。


 ルミナスの記憶にある人物だ。薔薇好きで、パーティーでも緑色のドレスを好んで着ていた人。





「ごきげんよう、ルミナス様。お会いするのは、卒業パーティー以来ですわね…。」



 女性が私に対してカーテシーをして礼をすると、伏し目がちに薄く笑みを浮かべた。






 エクレア・マドリアーヌ伯爵令嬢。






 私と同い年で、学園に通っていた……ルミナスの取り巻きの一人だ。

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