ルミナスは、旅をする
「なぁ…トウヤとシンヤはお前を引き止めなかったのか? 見送りの時、お前が馬車の中にいても驚いたり、止めようとしてなかったから…事前に二人とは話してたんだろう?」
「うん、二人とは話して…そうそう! 酷いんだよ! シンヤってば、私が人間の伴侶を探しに行きたいって伝えたら『マナを好きになるやつなんていない』って言ったんだよ!」
その時の事を思い出しているのか、マナは眉を釣り上げてムッとした表情をしている。イアンは前に顔を向けたまま、肩を落とし深いため息を吐いていた。
馬車が動き出してから「楽しみっ!」「どんな所?」とマナは御者台の背もたれに掴まったまま、ずっと喋りっぱなしで、リヒト様は車内で胡座をかいて座りジッと黙っている。対照的な二人だ。私はマナのお喋りに付き合いながら、楽しい馬車の旅を満喫している。
カラカラと車輪の回る音と馬の蹄の音。今日も昨日同様に暑い日差しが照りつけていた。
山道に入った時に舗装されていない道は、酷く馬車が揺れるのを始めて知った。一度止まり、私が魔法で道を平らにしてからは、揺れの酷さは収まり快適に進んでいる。
馬車は途中に休憩を挟み、川が無くても私が水を魔法で出せば良いし、飲み物の心配はいらない。食事は料理長からのパンや、積み込んでいた野菜やフルーツを食べた。熊や猪が出たけどリヒト様が馬車内に置いていた剣を使って一撃で仕留めていた。
マナに調理をしてもらい、鍋やスープにしたり肉を焼いて美味しくいただいた。マナが一緒だったのは、良かった。私は料理出来ないし、リヒト様とイアンも焼くことしか出来なかったもの。マナは日頃家でも食事の用意をしているから、手際がとても良くて近くで料理するマナの姿を見ていると「ルミナスさんは、何もしないで下さいね!」とナイフを持つマナに言われた。マナにとって、私が刃物を持つのがトラウマになったのかもしれない。
日が暮れる前には馬車を止めて、木製の小さな小屋を魔法で二つ作り、私とマナ、リヒト様とイアンでそれぞれ小屋の中で夜を過ごして、日が昇り体を綺麗にしたり着替えを済ますと、小屋は元の木へと戻しておく。マナは着替えを持ってきてなかったけど、洗浄魔法で綺麗にしてあげるから心配はいらない。リヒト様も、ずっと白いローブ姿だしね。
グラウス王国を出立して一日目は天気が良かったけど、二日目と三日目は雨が降っていたため、別に急ぐ必要は無いと思い、ゆっくりと進んでいた。
山道を進んで四日目……
森を抜ける手前で馬車を一旦止めて「俺とマナはマントを被っておこう。」とイアンが提案し、イアンとマナの二人は薄手の茶色のマントを羽織り、フードを被る。
グラウス王国と友好関係を築くとして、獣人への差別や中傷した者は処罰の対象となると、サンカレアス王国内の国民には知らせを出したそうだけど、用心に越したことはない。そんな事をする人を見つけたら、私が黙っていないけどね。
ライアン王子が数ヶ月の間に一度だけ、グラウス王国に訪れたことがある。陛下とは何度か文のやりとりはあったようだ。町に訪れた時に、私にも国の現状を教えてくれた。私がイアンと婚約し、二年後に結婚することを伝えると『…母さんもルミナス嬢の婚約を聞いたら喜ぶなぁ』とライアン王子が笑みを浮かべていた。王妃様の体調が悪いのを聞いて、癒した方が良いか悩んだけど、ライアン王子は『心配いらねぇよ。ルミナス嬢がグラウス王国で元気だと言ったら、会いに来たがってたしなぁ』と言っていたし、きっと大丈夫だろう。
ライアン王子は結婚する相手が決まり次第、王に即位するらしい。国中の女性が色めきだって大変だと愚痴をこぼしていた。ジルニア王子は死罪となり、マーカス王子はクレア嬢のいた塔に幽閉されたと教えてくれた。宰相がジルニア王子と関係をもつ者達を次々に捕らえて、地下牢に入れられている者も多く、文官の何人かも捕らえられたため、人手不足を懸念してマシュウは文官として城に勤め始め、宰相の指示に従って働いているそうだ。
クレア嬢は話ができるようになると、質問には全て正直に答えて、その後国外追放となった。塔から出した時に、かなり衰弱していたように見えたけど、治療を受けたか詳しくは聞いていない。平民となって身一つで追い出されたクレア嬢が、今どうしてるかは特に興味も無いけど。敵対しなければ、クレア嬢がどう生きようが私は別に構わないと思っていた。
「ルミナス、シルベリア侯爵に…俺たちが向かうことは文で伝えたんだっけ?」
「うん。お父様イアンに会いたがってたよ。」
森を抜け、再び馬を走らせながらイアンが尋ねてきたため、私は顔を横に向けて答える。「そうか…」とイアンが一言漏らした。イアンの表情はフードでよく見えないけど、手綱を握る手に力が入ったように見える。
……もしかして、緊張してるのかな?
お父さん娘さんをください…と、前世のテレビで見たことのあるシーンが頭に浮かんでくる。お父様と何度か文でやりとりはしている。婚約の話も承諾はしてもらえてるし、なにより私が望んでいることを、お父様は首を横に振る姿を見たことがない。
「ねーねーっルミナスさん! ルミナスさんには、お兄さんがいるんだよね! 結婚はしてる?」
「…結婚は、してないけど…。」
マナの言葉を聞いてハッとした。家族の話はマナと以前したことがあった。ルミナスの記憶では、お兄様は結婚してない。お兄様は私と3つ歳が離れていて、現在21歳、なかなかイケメンだし次期侯爵で、結婚の申し込みが殺到していてもおかしくないのに……未だに結婚していないことに、不思議に思った。前世なら結婚はまだ必要無い年齢と考えるけど、この世界の結婚年齢は早い。成人と共に結婚する者が多いのだ。
……お兄様と恋バナしてみようかな…。
私はマーカス王子の話をお兄様に、一方的に話していた記憶はある。思い出せば、自分でもうんざりするような事ばかり口にしていた。お兄様の婚約や結婚の話を、一度も私は耳にしたことがない。お兄様とそういった会話をした記憶も無い私は、頭の中でやりたいことリストを一つ追加した。
「…マナは一人で絶対に行動はするなよ。あとルミナスさんの家族に礼儀正しくするんだぞ。 」
は〜い…とマナが、しょんぼりした声で返事をして、背もたれから顔を引っ込めた。マナは時々リヒト様にも話しかけているけど「そうか」「そうだな」とリヒト様が相槌するだけで、会話のキャッチボールが出来ていないようだった。更にしょんぼりしたマナの姿を見て、私はマナに話しかけて二人で会話しながら馬車は進んでいく。イアンもマナも、自分の国から出るのは今回が初めてだ。緊張するのは当たり前かもしれない。マナもずっと話しているのは、緊張を紛らわそうとしているのでは…と思った。
森を抜けてからシルベリア侯爵領までの道のりは、道幅が広くなり、平らな道ではなかったけど、私は魔法で直すことはしなかった。全部直していたらキリがない。のどかな風景が続くなか、畑仕事をしている人や荷馬車ですれ違う人に道を尋ねながら侯爵領を目指して進む。町が見えても寄り道することはせずに、夜はひと気のない場所を見つけては、森の中と同じようにして夜を過ごした。
グラウス王国を出立して七日目……
「ルミナスさんっ! あれがそう?」
マナが御者台の背もたれを掴んだまま、身を乗り出し弾んだ声を出した。「マナ! フードを取るな! 大人しく座ってろ!」とイアンに怒鳴られている。
私達が進む道の先には、グラウス王国の町の倍以上の規模がある城壁が目に入っていた。塔の数も多いように見える。幌馬車や荷馬車、箱馬車など、様々な種類の馬車が道を行き交い、マナは慌ててフードを被り直す。
「そうだよ、マナ…あれが私の生まれ育った、シルベリア侯爵領の都市だよ。」
私は日の暑さを凌ぐために被っていた、自作の麦わら帽子を外しながら、後ろを振り向きマナに微笑みかける。
前世の記憶が戻ってから、初めての帰郷だ。




