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ルミナスは、花を手向ける

『亡骸を抱いたまま自分の空間に閉じこもった』


 アクア様が話してくれた事が頭を(よぎ)る。リヒト様が大事そうに抱き上げている亡骸は、アイリスさんだと一目見て分かった。


「イアン…君はこの国の王子であり、今いるこの地はグラウス王国の国土だろう? わたしは、この自然豊かな地にアイリスを眠らせてあげたい。…良いだろうか?」


「はい。」


 リヒト様がイアンに向けて頼みごとを話すと、イアンは即答した。アクア様は、リヒト様が自分に何を頼むか察しがついたようで、椅子から降りて立ち上がると、近くにあった木の側まで歩み寄り、魔法で木の前の地面に穴を開けていた。



「アイリス…君を長い間弔わずに閉じ込めてしまって、すまなかったな。わたしを愛してくれて……ありがとう。」


 穴の中に入れながら、亡骸に向けてリヒト様が話しかけていた。その側で地に手をつけていたアクア様が、穴を閉じようとしたのか「いいかい? リヒト」と声をかけたけど「少し待ってくれ…」と言って、後ろで立って見ていた私の方に手を差し出してきた。


「そのネックレスも、アイリスと共にしてあげたい。」


 リヒト様の言葉を聞いた私は、首からネックレスを外してリヒト様の手の平の上に乗せた。

 ……魔力は戻したんだ。

 ネックレスは手の平の上で、色を無くしたのが見えた。穴に入れたリヒト様はアクア様に目配せして、穴は静かに塞がれていった。



「リヒト様、少し失礼致します。」


 亡骸を埋めた前で立ち尽くすリヒト様に、声をかけて避けてもらい、私はしゃがんで亡骸を埋めた箇所の土に手を当てる。アクア様が他の木々と区別させて草を無くしていたけど……私は花を手向けたかった。


「ありがとう、ルミナス。」


 リヒト様がお礼を言ってきたので、私は立ち上がりリヒト様に顔を向けてニッコリと微笑む。

 アイリスの…紫色の鮮やかな花々を、囲うように咲かせることができて私も満足だ。この世界では、花も前世の記憶にあるものと同じ種類の花々がある。ルミナスの記憶にはアイリスの花は見た事が無かったけど、前世の記憶では見たことがあった。


「リヒト様、アイリスさんは…どんな方でしたか?」

「アイリスは、気が強い女性だった。わたしの前に現れた時に『貴方をものにして、私は王族の一員として認めてもらう』と意気込んでいたな。」


 私はリヒト様の言葉を聞いて、目を丸くする。魔人相手に随分と強気な女性だったようだ。あれ? リヒト様を魔人と知ってたのかな? 王族…?


「アイリスは、王と娼婦との間に産まれた庶子だった。16歳で母親を亡くす際に、自分の父親を母親から聞いて知ったアイリスは、城に乗り込んだらしい。そして王にわたしの事を聞いたようだ。」


 リヒト様の隣に立ちながら、私は話を黙って聞く。


「数年共に暮らして…わたしはアイリスに心惹かれるようになり、アイリスも…わたしを想ってくれた。ネックレスはお腹に子ができ、アイリスと産まれる子のお守り代わりになればと渡したが……」


 リヒト様は俯いて「アイリスは突然行方をくらましてしまった。」と沈んだ声で話した。


「魔力感知をすれば、ネックレスが城にある事はすぐに分かったが、わたしはアイリスに会うのを躊躇した。わたしは、アイリスとは違う存在だ。王族の一員となり幸せに生きてくれるなら、それで十分だった。だが…最後に一目見て帰ろうと城に赴くと、瀕死なアイリスの姿があった。癒すことが出来ず、心に初めて人間に対する殺意や怒り…絶望の感情が湧き上がり、わたしは辺りを血に染めていった。」


 アクア様達が駆けつけたのは、きっとその時だったのだろう。アイリスさんの姿を目にして、その時のリヒト様は冷静ではいられなかったんだ。魔力が子に移った事に気付かずに、子どもは死んだと思い込んでいたのかもしれない。


「そういえば、ネックレスは誰が持っていたんですか?」

「赤ん坊の側にあったよ。僕みたいに魔力感知をしていれば、リヒトだって気づいたのにさ。」


 後ろを振り向きながら尋ねると、私の後ろでリヒト様の話を立ちながら聞いていたイアン、アクア様、フラム様とリゼ様の姿が視界に入る。アクア様がため息混じりに答えてくれた。あの時こうすれば…とリヒト様は後悔して自分を責め続けたかもしれない。

 もう生き返ることない亡骸を胸に抱き、自分の空間に閉じ込もり愛した人が朽ちていく姿を見ながら過ごしていたら、狂ってしまうのは仕方がないと私は思えた。



「ねぇリヒト、王の指輪の魔力を戻しただろう? 今ルミナスが持ってるから、魔力を込めておく?」


「ああ…。いや…ルミナス、君の指輪を見せてほしい。」


 アクア様からの問いかけに、リヒト様が顎に手を当て考えるような仕草をしながら、私が付けている指輪を見せるよう促してきた。私は言われた通りに自身に付けている指輪が見えるように、手を差し出すと、リヒト様がその上に手を乗せて、私の指輪の宝石の色が四色の輝きを放ち始める。


「もう、わたしは王に指輪を持たせるべきで無いと考えている。」


「……なんじゃと? そもそも各国の王に指輪を持たせる提案をしたのは、リヒトであろう。今更何を言うのじゃ…。」


 リヒト様の言葉にフラム様が不満げな様子だ。「とりあえず座って話しましょう。」とリゼ様が落ち着いた声で言って、再び椅子に座ることになった。



「指輪を作った当時は、それで争いが無くなると思っていた。わたし達がいなくなる事で、もうお互いに魔法で傷つけ合う必要も無くなり…各国の王も指輪の魔力を使い民達に力を見せる事で統制が取れると、わたしは思っていた。」


「リヒトは甘いよね。僕は人間なんて、どうでも良いけど…人間達の争いが無くなるなんてあり得ないよ。指輪の力や、光の者…ルミナスを狙って争いが起こったしね。」


 アクア様がやれやれ…といった感じでリヒト様を見てため息を吐いた。


「わたしの考えが足りなかったのは確かだ。わたしは……人間を信用しすぎた。」


 リヒト様が俯き気味に暗い声で話すと、フゥ…と息を吐き顔を上げた。


「外に出るのは、ルミナスの指輪一つあれば良い。今後、人間達で争いを起こそうとするのは勝手だ。だが魔力を使わせることはしたくない。」


「むぅ…。リヒトの言うことも一理あるのう…。儂の魔力は王以外の者に使われとったしなぁ…。」


「私は賛成よ。」


「僕は別にどっちでも良いよー。」


 リヒト様の意見に対し、三人もそれぞれ自分の意見を述べていた。大事な話し合いに、この場で聞いているのが居たたまれなく感じたけど…イアンも隣で黙って話を聞いてるようだし、四人の魔力が込められた指輪をもち、自身も魔力をもつ私は決して無関係では無いと思い、口を結んだまま話に耳を傾け続ける。



「それでは、三人には王から指輪の回収を頼みたい。魔力を戻せば良いだけだが……突然色を無くせば驚くだろう。」


 リヒト様がまるで議長のように見える。リヒト様の決定に三人は頷いて了承を示し、反対意見が出なかった事で早く決定が下った。


「なんだか昔を思い出すなぁ〜。指輪の事や僕達の間で決まりごとをした時も、リヒトが意見を出して僕達に反論は無かったよね。」


 アクア様が頭の後ろで腕を組み、楽しげに話していた。私は『決まりごと』の言葉が気になって「皆様には、どんな決まりごとがあったのですか?」と尋ねる。


「外に出る頻度は各々自由に。人間に魔法で攻撃しない。僕達四人は争うことをしない。…この三つだよ。決まりごとと言っても、口約束だから別に拘束力は無いんだけどね。」


 アクア様が答えながら、チラリとリヒト様に視線を向けていた。私もリヒト様に視線を向けると、リヒト様は顔を手で抑えながら項垂れている。決まりごとを破った自分を責めているのかと思った私は「リヒト様…」と声をかけたけど、慰めの言葉が思いつかず口を結ぶ。リヒト様は顔から手を離し、ポンポンと私の頭を優しく撫でた。



「帰って私は早速王に声をかけるわ。また明日ね、ルミナスちゃん。」

「むぅ…儂もそうするかのぉ…。」


 リゼ様とフラム様の二人は椅子から降りて立ち上がり、手をかざして光の入り口の中に姿を消した。


 空を見ると、まだ日は高い。



「リヒト〜。僕はレオドルから指輪を回収してくるね。あ、皆で一緒に行こうか?」

「そうですね。わたくしも町に戻」

「ルミナスは、イアンと二人で話をするべきだ。アクア、わたしと共に行こう。」


 私の言葉はリヒト様によって遮られた。「そうだね。」とアクア様が言って、なんかニヤニヤしながら私とイアンを交互に見ている。私はリヒト様に詰め寄り「なんのつもりですか?」と囁きかけると……


「ルミナス、正直に自分の気持ちを伝えておいた方がいい。わたしのように、躊躇して後悔だけはしてほしくないんだ。」


 リヒト様に再び頭を撫でられて、自分がまるで子どもになった気分になる。リヒト様は感情を表に出さないけど、優しげな手とリヒト様の諭すような口調に、私を想ってくれている事は伝わってきた。私はリヒト様の言葉を受け止めて「はい…」と言って、その場に残る。



 アクア様が魔法を行使し、この場所に来た時と同じように土の道にアクア様とリヒト様が乗って町に行く後ろ姿を見送った。




「ルミナス……さん。」




 後ろから、イアンの声が聞こえてきた。

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