ルミナスは、口籠る
「椅子とテーブルだけ作ると思ってたよー。」
「…そうですね…。わたくしも、そのつもりだったのですけど……出来てしまったようです。」
アクア様が私の側に歩み寄り、アハハッとログハウスを見ながら笑い声をあげた。私は苦笑いを浮かべて口籠る。老後の事を考えていました…とは言いづらい。
ログハウスは木造二階建てで、この6人で暮らしていけそうな大きさ程ありそうだ。二階のベランダには柵も付いていて、外観は私の頭に浮かんだイメージと同じもの。屋根付きのテラスがあり、椅子とテーブルが設置されている。
……最初にイメージしたのが椅子とテーブルに屋根…目を閉じていて造られた過程を見てないけど、後からログハウスが出来たんじゃないかな。
「この場所にあった草木はどうなりましたか?」
「木々が次々に形を変化させて、これが出来たんだよ。あまり細かくイメージしてなかったなら、余分な葉や草は、もしかしたら…この建物の中に押し込められてるかもね。」
私の疑問にアクア様が答えてくれて、私はログハウスの事は一先ず後回しにする事にした。当初の目的だった椅子とテーブルは、ちゃんとあるしね。なんだか私は木々に強制労働させてしまったようだ。
「すごいな…」
ポツリとイアンの呟きが聞こえてきて、後ろを振り向く。イアンはパチパチと瞬きを繰り返しながら、ログハウスを見つめていた。うん、魔法って本当に凄いよね。
「ルミナスちゃんとイアン君は、先に座ってて。私達は洗浄して服を整えてからにするわ。せっかくルミナスちゃんが作った物に、血がつくのは嫌だもの。」
「僕がまとめて綺麗にするよ。」
リゼ様が自身のローブを指で摘みながら、首を垂れて血に染まった箇所を見ている。アクア様がリゼ様の側に歩み寄り、リヒト様、リゼ様、フラム様の三人を横並びに立つよう指示していた。そして向かい合わせでアクア様が立ち、『洗浄』と聞いて気になった私はイアンと共にアクア様の後ろで、何が始まるのか見ていると……
――――ローブが綺麗になった! 凄いっ!リヒト様の茶色がかっていたローブも真っ白になってる!
アクア様、リヒト様、フラム様、リゼ様の4人がそれぞれ水の膜に覆われてパチンっと膜が弾けるように消えると、血がべったりと付いていたのが綺麗サッパリ無くなっていた。まるで未使用みたいな仕上がりだ。リヒト様のローブの色は、元はアクア様達と同じ白色だったようだ。4人とも水に濡れた様子は無く、先程『洗浄』と言っていたから、汚れだけ落としたのだろう。この魔法は是が非でもマスターしたいと思った。ローブも穴が開いたり破れたりしていなく、なんらかの魔法の効果だろう。洗浄した時に修復もしたのかな?
「ふふっ…気になって見ていたのね。この魔法はアクアが得意だから、自分で試して上手くいかなかったらアクアに聞くと良いわ。さぁ、皆で座りましょう。」
「はい。」
リゼ様が穏やかな笑みを浮かべて、私は頷いて返事をした。皆で私が作ったテーブルと椅子の元に向かい、椅子やテーブルに触れると、ザラリとした木の感触が伝わってくる。魔法を行使した際に触れていた木の幹の感触と同じだった。椅子とテラスも近くで見ると表面は同じで、木を切って組み立てたような感じだ。せっかくだからつるりとした感触が欲しいと思った私は、皆に少し待ってもらって魔法を行使し、テラス部分をフローリングのように滑らかにして、椅子やテーブルも表面を同じように整えた。
私の両隣にイアンとリヒト様が座り、向かい合わせでアクア様の両隣にフラム様とリゼ様が座る。
「リヒトは『ルミナスの記憶を垣間見た』って言ってたけど、さっき僕達と戦ってた時の事は覚えてる?」
「……朧げだが覚えている。あの時のわたしは、正気では無かった。アイリスと…光を何よりも渇望していて、他の事は全て頭の中で霧がかっていたようだった。」
アクア様がそれぞれの前に木製のコップを作り出して皆でお湯を飲み一息つくと、アクア様がリヒト様に話しかけた。「リヒトの魔法は中々効いたよ」と言ってアクア様が苦笑いを浮かべている。
「ルミエールの事を、ルミナスちゃんには詳しく話していないわ。今までアクアや私達の声がハッキリと届いてなかったなら、リヒトは知らないも同然かしら? フラムがルミエールを一番可愛がっていたのよ。」
リゼ様がくすっと笑いながら、フラム様に視線を向けた。「ありがとう…フラム。」無表情のままお礼を述べたリヒト様に対して、フラム様は「礼は不要じゃ…。ルミエールは、とても優しく良い子じゃったぞ。」と話した。……照れ臭いのかな?
視線を落としながら話したフラム様に、なんとなく私はそう思いながら、コップに手を伸ばしてお湯を口に含む。
「リヒトの無表情は相変わらずだね。」
「…そうか。」
アクア様が肘掛に手を置きながらハハッと笑い声をあげた。リヒト様は自身の頰に手を当てて首をかしげている。
……無表情は元々だったんだ。リヒト様は感情を表にあまり出さない人なのかな。
「リヒト様は、髪の色はわたくしと同じだったのですか?」
「そうだよ。リヒトはルミナスと同じ髪色で瞳が……ねぇリヒト、髪を避けて見せてよ。……元々隠していた方が白色だったんだけど…今は逆になったね。」
私の質問にアクア様が答えてくれた。リヒト様が避けていた髪を戻すのを見た私は「リヒト様、こちらを向いて下さい。」と言って、横に顔を向いてもらう。
「リヒト様は…元から左右違う瞳の色をしていたのですね。髪で隠れているのが勿体ないです。とても素敵なのに…」
私はリヒト様の髪に手を伸ばして、長い髪を耳にかけてあげる。リヒト様は目を僅かに見開かせ、驚きながらも私にされるがまま、大人しくしていた。
うん、両目が見えた。絶対こっちの方が良い。
「……同じような言葉を、アイリスにも言われた事がある。わたしは両親共に黒髪の黒い瞳で、白い髪に左右違う瞳の色のわたしを、周りは気味悪がっていた。幼少の頃からの癖で片目を隠すようにしていたが……」
少し俯き気味に暗い声で話していたリヒト様は、顔をあげ真っ直ぐに私に視線を向ける。
「ルミナスがそう望むなら…今後は瞳を隠さないようにする。我が子ルミエールに何も出来なかった分、わたしは君を守り、君に愛情を注ぎたい。」
リヒト様が優しく私の頭を撫でてくる。ほんの少しだけど、笑みを浮かべたように見えた。まるで熱烈な告白のようで、美男子のリヒト様からの言葉に、私は思わずドキッとしてしまう。
「イアン、リヒトのは家族愛だから安心しなよ。」
「幼いのぅ…」
「…嫉妬なんて俺はしていませんから。…フラム様、俺を子供扱いしないで下さい。」
アクア様とフラム様の言葉に、イアンが反論した。イアンの方をチラリと見ると、ムッとした表情をしている。『幼い』の言葉が気に食わなかったのだろう。
「アクア…それとイアン、二人に頼みがある…。」
「…なにかな?」
「…俺に? ですか…?」
リヒト様の言葉に、イアンは少し驚いた様子だった。自分に頼みごとをされるのが、意外だったのかもしれない。私もなんだろう? と疑問に思っていると……
「ルミナス、わたしは一度帰る。残してきたものを取りに戻りたい。わたしが呼びかけたら、君は応えてくれるだろうか?」
「ええ、もちろん構いません。」
私は頷いてニッコリと微笑む。リヒト様は椅子から降りて立ち上がると、手をかざして光の入り口の中に姿を消した。
それからすぐに【ルミナス】とネックレスからリヒト様の声がして、私は「はい。出てきて下さい」と返事をすると、再び光の入り口が現れる。
……あれは……。
リヒト様は白骨死体を抱き上げて、私達の前に出てきた。




