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ルミナスは、造る

 髪から手を離し、リヒト様の髪がパサリと前に流れて、再び片目は見えなくなった。

 アクア様が、リヒト様のすぐ側に歩み寄って膝を地面に付き、リヒト様をジッと見据えている。



「リヒト、僕が…っ…、分かるんだよね? 」


「ああ。アクア…」


「………っ…僕に、魔法を教えてくれた日々も…一緒に、フラムやリゼと戦っていた日々も…覚えてる?」


「もちろんだ…」


「今までっ…僕が! どれだけ……っう……っ……」



 馬鹿リヒト、と消え入りそうな声で言ったアクア様が、リヒト様のすぐ側で膝を地面に付けながら、嗚咽(おえつ)をもらす。リヒト様はアクア様の背に手を当てて「心配かけて、すまなかった…」と言って、アクア様の背中を優しくさすっていた。

 二人のやりとりを見ていた私はリヒト様の様子に安堵しながら、目頭が熱くなっていた。



 アクア様が落ちついて泣き止むと、リヒト様が私に顔を向けてきて、視線が合う。


「魔力が流れてきた時に君の記憶を垣間見た。……ありがとう、ルミナス。君は闇に囚われていた…わたしの心を救ってくれたんだ。」


「……ふぇ? い、いえ、とんでもないです。」


 リヒト様は無表情のままだけど、穏やかな声をしている。私は慌ててリヒト様の声に反応したけど……

 ……ん? 記憶?

 私の知る限りの事をリヒト様に伝えようと思ってした事は、私の記憶を見せることになったようだ。

 ……え? それって、大丈夫?

 余計な記憶見せてないかな? あの時大雑把にしか考えてなかったけど、記憶に範囲指定なんてできないよね。


 自分の頭の中で疑問符がいくつも浮かぶけど、リヒト様がどんな記憶を見たか、前世の記憶に関することを見られていないと良いけど…この場で尋ねるのは躊躇した。……余計な発言して、皆に突っ込まれたら説明が大変だもん。



「ルミナスに、わたしは思い出したくない過去の記憶を見せてしまったようだ。君まで闇の中に引きずり込むところだった…。すまなかった。」


 リヒト様がゆっくりとした動作で立ち上がり、隣にいるアクア様も立ち上がると、リヒト様は沈んだ声で話しながら、私に向かって頭を深く下げてきた。


「リヒト様、謝罪は不要です。むしろ、わたくしは感謝を述べたいと思っておりました。」


 リヒト様は顔を上げながら、その瞳は僅かに見開いていて、私の言葉に驚いているようだった。


「わたくしは……見れて良かったです。自分の中に閉じ込めていた記憶を、思い出すことが出来ました。それが自分の身を引き裂きたくような過去であろうと…どんな記憶でも、忘れていて良いわけがありません。」


 私は自身の胸に、そっと両手を当てながら微笑んだ。


 逃げてばかりいた前世の自分がいたから、今のルミナスとしての自分がいる。高い所から人が降りてくる事に恐れを抱いていたのは、未央ちゃんの死に際を重ねてしまっていたからだった。その記憶を、もう決して忘れはしない。


 リヒト様は、そうか…と小声で言って、隣に立つアクア様、そしてリヒト様の斜め前に立つ、フラム様とリゼ様へと視線を移した。


「アクア、フラム、リゼ。三人とも今まで本当にすまなかった。閉じこもっていた間…お前たちの声に、言葉に…わたしは耳を塞いで聞こうとしていなかった。」


「全くだよ。」

「…まぁ、良いじゃろう…。」

「過程はどうあれ、終わりが良ければ別に構わないわ。」


 リヒト様の謝罪を聞いて、アクア様は胸の前で腕を組みながら、ふくれっ面でプイッと顔を横に逸らし、フラム様は唸るような声で話して、リゼ様は頰に手を当てて薄く笑みを浮かべていた。

 その様子を見てリヒト様が、ありがとう…と囁くような声で言うと、イアンに視線を向ける。


「イアン…君が光の剣を振るった姿は、以前の自分を見ているようだった。君の事はルミナスの記憶で見せてもらったが、随分とルミナスは君を」

「ちょ…っ! り、リヒト様! 少しおち、落ち着いてくだっ、下さい!!」


 慌てて私はリヒト様の言葉を遮る。皆の視線が私に集中してるのが分かった。うん、私が一番落ち着けって感じだよね! 自分で分かってるけど、リヒト様が何話すか予測つかないんだもん!


 私が内心ワタワタしていると……「誰かが、こちらに向かってきています。」とイアンが声を出し、少しすると馬の足音が私の耳にも聞こえてきた。



「…これは…ッ! 一体…何があったのですか?」



 木々を抜けて姿を現したのは、サリシア王女だった。先ほどリゼ様からは聞いてなかったけど、この場で魔法を繰り広げていたら流石に町の人…特に見張り番の人は、いち早く異変に気付くだろう。報せを受けたサリシア王女が、この場に駆けつける事になるのは容易に想像ができた。


「……そちらの方は…? それに皆様、怪我をしているようですが…。」


 サリシア王女が颯爽と馬から降りて、手綱を引きながら私達の側に歩み寄る。私達がいる辺りは草木が無くなっているし、私とイアン以外は傷は塞がっていても服は血だらけ……特にリヒト様は人間なら既に出血多量で死んでいるだろう。サリシア王女はリヒト様を怪訝に思いながらも、血に濡れながらも平然としている様子から魔人だと察しがついたのかもしれない。


「コイツはリヒトだよ。あ〜…ちょっとルミナスに魔法を教えてたんだけど、熱が入っちゃったんだ。街中で魔法の練習は危険だから、ここで今後もするつもりだから気にしないでよ。レオドルにも、そう伝えておいて。」


「そうでしたか…。かしこまりました。」


 アクア様がニコッと笑いながら説明して、サリシア王女は頭を下げると、再び馬に跨り町がある方へ戻っていった。


「アクアは結局リヒトに甘いのう…。」


 フラム様がため息混じりに言って、アクア様は少し気まずそうにしながら、自身の頰を人差し指で掻いていた。


「…ルミナスに魔法を教えるのは本当の事だよ。とりあえず話は後にして、この場をなんとかしよう。ねぇ、影が呑んだ草木は元に戻せるの?」

「ああ、すぐに出来る。」


 アクア様の言葉に頷いて答えたリヒト様が、なんの動作もせずに自身の影を一気に広げる。足元が影で黒く埋め尽くされて、私は一瞬ビクリと肩が揺れたけど、影から生えるように草木が現れる光景に圧倒されながら見ていた。……呑み込まれる光景を目にしてないけど、さぞ怖かっただろうな。


「これで全部だ。」


 リヒト様が告げると影は元に戻っていて、草木も元に……いや、私が閉じ込められる前とは大分変わっている。魔法で戦いがあったのは見て明らかだった。リヒト様が立つ位置の周りは草木が燃えたのか黒くなってるし、木には葉が無くなっていたり枝が折れてるのが何本もあって、枝や葉っぱが下に散乱している。火が残っている様子は無いから、きっと影に呑まれる時か、影の中で消えたのだろう。

「んー…殆ど直さなきゃダメだね。」アクア様が周りを見渡しながら言って、地面に手を付く。

 すると下に散乱していた枝や葉は、地面へと吸い込まれ、草が新しく生え変わり、木も水を得た魚のように元気を取り戻した。


 アクア様の魔法は大地に優しい。



「ねぇ、アクア。」

「はい、はい……そうだ。せっかくだから、ルミナスに作ってもらおうかな。」

「わたくし…ですか?」


 リゼ様がチラリとアクア様に視線を向けたと思ったら、アクア様が私に満面の笑みを向けて話しかけてきた。私はキョトンだ。

 でも『作る』で大体察しはつく。きっと椅子やテーブルの事だろう。確かに立ったままより、腰を落ち着かせて話をした方が良い。

 ……別に草の上でも良いけどね。



 私は側にある木に近づき、そっと手を触れて瞳を閉じながら集中してイメージする。アクア様の姿。

 そして……



 ……3人ずつ向かい合わせで座れる6人がけの椅子。椅子には背もたれと肘掛も欲しいな。テーブルは角があると、ぶつかったら痛いから丸みを帯びた物……屋根もあった方が良いかな。

 ……そういえば…こんな森の中でログハウスが建ってるのネットで見たなぁ…。老後は余生を、こんな場所で静かに暮らしたいと思ってたっけ。








「素敵な建物ね。」


 リゼ様の明るい声が聞こえて、私はパチっと瞳を開ける。私がイメージを脱線させたせいだろう。





「ぅわぁ…」



 思わず私はソレを見て声を漏らす。






 私の目の前には、立派なログハウスが建っていた。

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