イアンは、名を呼ぶ
98話ルミナス達と森で会ってから〜
イアン視点の話になります。
枝から枝を渡り、俺は木々を移動しながら獲物を探す。ルミナスさんにまだ兎を見せていない事を思い出して、生け捕りにして連れて帰るか…と足を止めて考えていると、視界にルミナスさんの姿を捉えた。
……ネックレス……。
ルミナスさんに手渡す時に、マナやシンヤの姿が頭を過る。なるべく平静を装いながら、ルミナスさんにトウヤが持っていた事を話した。実際にそうだし、詳しく話すとシンヤとマナの気持ちを教えることになる。それをルミナスさんに話すのは躊躇した。
ルミナスさん達が話し始め、俺は黙って側で話を聞いていたが、アクア様達が突然動揺し、ルミナスさんが袋から出した指輪が手色を無くしている事に驚く。
リゼ様が理由を話し聞かせてくれたが、アクア様達の視線がルミナスさんと俺の後方に向けられていて、後ろを振り向くと、光の入り口があった。
ルミナスさんに伝えて、共に向かったが……
……あの人が、魔人リヒト様。
ルミナスさんが恐れを抱いている様子と、アクア様が突然苦しみだし、俺の中でリヒト様に対する警戒心が跳ね上がる。
いつもなら動物の鳴き声や、鳥のさえずりが聞こえる森の中が、不気味なほど静まり返っていた。
突如、俺の尻尾がブワッと逆立ち、柄を掴んでいる手がカタカタと震えだす。ルミナスさんとは真逆の黒い不気味な光を目にして、俺の中で恐怖心が湧き上がった。ルミナスさんの白い肌に、リヒト様が自身の細長い指を這わせていて「触れるなッ!」と咄嗟に叫び、俺は片手で握っていた柄を両手で掴み、グッと手に力を込めながら、その場にしゃがむ。ルミナスさんに当たらないよう、リヒト様の足首があろう箇所を狙い、突きを放ち
足首に突き刺さった
ように見えたが、全く手応えを感じない。ローブに血が滲むこともなく、避けられたのかと思って剣をすかさず引き戻し、顔を上げて……息を飲む。
「―――ッルミナスさん! ルミナスさん!!
立ち上がって何度もルミナスさんに声をかけるが、返答は無い。ルミナスさんは頭から顔、そして首……徐々に黒い影に侵食されていくように、遂には全身が覆われてしまい、姿が見えなくなった。
食い止めようとしたが、リヒト様の胴体や腕目掛けて剣を振り下ろしても、やはり手応えを感じずに、リヒト様は一歩も足を動かさない。黒く覆う光のせいか、まるで影を切っているような気分だ。
アクア様は未だ頭を抱えたまま呻き声を上げていて、リゼ様とフラム様は魔法を行使し、炎の槍や風の刃を放つが全てリヒト様に届く前に、影が魔法を飲み込んでいた。
リヒト様がルミナスさんの顔があったであろう箇所から手を離すと、ルミナスさんの全身が黒色の球体に包み込まれる。
「―――ッくそ! ルミナスさんに何をした!? どうするつもりだ!!」
リヒト様は球体から視線を外さなかったが、俺が間近に迫った為か顔を横に向けて、リヒト様は無表情のまま、俺の全身を舐め回すような視線を向けてきた。ピタリと視線が固定し、リヒト様の薄気味悪い瞳がグッと細くなる。
「なぜ、光の一部を所有している。わたしの光だ。」
俺の問いかけには答えず、リヒト様の冷たい声と、こちらに伸ばそうとする手が視界に入る。
「離れんかッ!!」
フラム様の怒声にハッとした俺は、すかさず距離を取りフラム様達の側に駆け寄った。アクア様は自身の体を両腕で抱きしめるようにして蹲ったまま、必死に何かに抗うように全身を震わせている。
「リヒトは外にいたときは、光の魔法を主に使っておった。その光が自身から抜けた事で、魔力の色が変わり、反する闇の魔法を扱うようになったと推測はしていたがのぉ…。」
フラム様が難しい顔をしながら、リヒト様に鋭い視線を向けた。
「アクアを苦しめるだけじゃなく、ルミナスちゃんを閉じ込めて…。リヒト、今すぐ魔法を解かなければ、貴方であろうと容赦しないわよ。」
リゼ様が淡々と告げるが、リヒト様は俺に……いや、手首に付けているブレスレットから視線を外さない。一瞬の静寂の後、俺の後ろから「リヒ、と…」アクア様の、か細い声が聞こえてくる。
リゼ様がアクア様の隣に立ち、手を貸しながらアクア様がふらりと立ち上がる。俺も側に行き、その小さい体を支えるようにして、背中に手を添えた。フラム様は俺の隣に立ち、杖を自身の前に構えている。
「やっと、外に出てきて……何してるんだよ。……ッルミナスは……お前が愛した人間、アイリスとの間に、産まれた子の子孫だ。みて、分かるだろっ……」
アクア様が訴えかける。その声は弱々しく、リヒト様の元まで聞こえるか分からない位だ。しかし、リヒト様は「アイリス」と呟くような声で言って、アクア様の言葉に反応を示した。
「わたしの光、アイリス…。もう片時も側を離れない。」
リヒト様が球体に向けて手をかざすと球体が浮き上がり、リヒト様の側に寄り添うようして近づく。俺やアクア様達も、その光景を見て言葉が出なかった。
……リヒト様は狂ってる。
愛した人間…アイリスさんと、ルミナスさんを混同している。どうやら、自分に子がいた事も頭に無いようだ。アクア様達を認識しているかも、定かではない。あの球体の中にいるルミナスさんが、自力で出てこれるか確証は得ない。中がどんな状態か、ルミナスさんが魔法を行使できる状況か、分からないからだ。
俺がルミナスさんを助け出す為の考えを巡らせていると、アクア様が乾いた笑い声を上げた。
「はは…っリヒトに、僕の声は…ッ何一つ、届いてなかったんだ……」
ガクンと崩れるようにして膝を草にうめ、アクア様の目から一筋の涙が頬を伝う。
ドゴッ!!
フラム様がアクア様の目の前に移動すると、自身の手に持つ杖を振りかぶり、アクア様の頭に叩き込んでいた。
「落ち込むのは後にせんかッ! 今までの声が届いてなかったならば、再び声をかけ続ければ良いのじゃ! 闇に呑まれるでないぞッ!」
フラム様の燃え滾るような瞳が、アクア様を見据える。アクア様は片手で頭を抑えながら、呆然としていたが、薄く笑みを浮かべた。
「リゼ…正直、かなり今キツイんだ。僕の頭の中に嫌な声が響いて止まない。もし、僕が自我を失ったら……両腕と両足を切ってね。」
「ええ、分かったわ。」
アクア様は足に力を入れてゆっくりと立ち上がると、後退して木に寄りかかりフゥーと深く息を吐いていた。リゼ様はアクア様の側に立ち、俺は剣を鞘に収めフラム様の隣にいく。
「リヒトに剣は効かないようじゃ…。普通に戦えば、すぐに死ぬぞ…。お主はルミナスの魔力を使うのじゃ。」
「ルミナスさんの魔力を?」
俺はブレスレットに視線を向ける。だが、どうすれば魔力を使えるか分からない。「想像するのじゃ。リヒトは」フラム様の言葉が途中で途切れた。
リヒト様の影がジワジワと広がっていき、こちらに迫ってきていた。フラム様がリヒト様に向かって杖を向けて、リヒト様が立つ位置に火柱が上がる。その間に俺とリゼ様でアクア様に手を貸しながら、リヒト様から距離を取るべく離れようとし………影から勢いよく槍状のものが突き出てきて、俺たちをそれぞれ狙った。影は木を突き抜け、俺たち目掛けて真っ直ぐに向かってくる。
リゼ様が手をかざし小規模の竜巻が発生するが、影は揺らぐことはなく、辺りの木々が騒めくだけだ。
アクア様が震える腕を上げ、俺たちの前に水の壁が現れる。しかし影は、それすらも突き抜け俺の眼前に迫り、足を使って回避しようとするが……ただ真っ直ぐに向かってきた影は、意思をもつように俺を追跡し、防ごうと剣を前に構え……
「――――ッ!?」
影に当たった瞬間、剣が真っ二つに折られた。咄嗟に首を横にずらし頬を影が掠め、痛みが走る。足元の草にパラパラと切れた髪が落ちた。途中リゼ様とアクア様の痛みに耐えるような声が聞こえたため、二人も影の攻撃を受けたかもしれないが、回避しようと側を離れた為に、フラム様達の姿が木々でよく見えず、俺は木に登り、枝の上に立って状況を確認する。
……草が、木が……影に呑まれていく。
火が移り燃える木も、風によって折れた枝も、全てが影の中に消えていき、リヒト様の周りが何もない黒い土地に変わっていく。リヒト様はフラム様の炎にその身が焼かれた様子はなく、平然と立っていた。球体の中にいるルミナスさんを救おうと、リゼ様とアクア様が魔法を放つが、球体はビクともしない。
闇が、迫ってくる。
【……ぃ…ぁ……】
「ルミナスさん…? ルミナスさん! ルミナスさん!!」
かすかに声が聞こえた。
俺は歯をギリッと噛み締め、心の中に湧き上がっていた恐怖を振り払おうとする。折れた剣を鞘に収めた俺は、影にまだ呑まれていない、リヒト様の側に近い木まで枝から枝を渡り、素早く移動していく。俺が何かしようとするのを察したのか、フラム様達三人が魔獣に放った時と同じように魔法を行使して、リヒト様の姿が見えなくなった。
……想像……ルミナスさんの光……剣……。
風が吹き荒れる中、俺は集中するため瞳を閉じる。自身の剣がルミナスさんの光によって、満ち溢れるのを想像する。
「その剣でリヒトを斬るのじゃッ!」
フラム様の声に反応した俺は瞳を開け、フラム様達の魔法がフッと消えた。傷一つ負ってないリヒト様目掛けて、俺は枝から飛び上がり鞘から剣を抜くと、両手で強く柄を握り締め、光の纏った剣を振り下ろす。
「ルミナーーース!!」
雄叫びを上げ、名を呼ぶ。
辺り一帯に眩い閃光が走った。
次話はルミナス視点の話になります。




