ルミナスは、足が竦む
「な、なんで……?」
「リヒトが魔力を自身に戻したのよ。魔力を込めるのは、魔石に触れていないと出来ないけれど、魔力を戻すのはいつ、どこにいても出来るわ。ネックレスは……そのままのようね。でも」
私の疑問にリゼ様が答えてくれたけど……途中で言葉が切れた。アクア様がリゼ様に鋭い視線を向けながら「まだだ。勝手に決めるなよ」と低い声で言って、リゼ様は深いため息を吐いている。
私は右手の手の平に乗せた、黒色から無色に変わった指輪を見つめた。リゼ様の話から推測すると、リヒト様は、自分の意思で魔力を戻したことになる。
……なんで急に? 魔力を戻したら外との繋がりが完全に絶たれて……
もしかして、私のせい?
外に出てきてと想ったから?
言葉を発してはいないけど、もし私の想いがリヒト様に届いていたら……長い間、閉じこもっている人に突然出てこいなんて、私は余計な事をしたんじゃないだろうか。
アクア様達の様子を見ながら、私はサーっと血の気が引く。俯いて左手の力を緩めると、ネックレスの宝石の色はまだ黒色のままなのが見えた。
まだ、まだ、リヒト様との繋がりは残っている。
そう思っていると……
「……リヒト」
アクア様の呟くような声が聞こえて、私は俯いていた顔を、ゆっくりと上げる。私の前にいる三人が目を見開き、何かに驚いているようだった。
「ルミナスさん、後ろを見て。リヒト様が外に出てくるみたいだ。」イアンが優しい口調で教えてくれて、私は後ろを振り向く。
淡く光る入り口が、視界に入った。
「リヒト!」
アクア様が私の横を通り過ぎ、木を避けて、現れた光の入り口の側に立つ。私とイアン、そしてフラム様とリゼ様も後に続いて、光の入り口の側に歩み寄った。リヒト様が外に出てくる事に安堵し、会える事に期待に胸を弾ませていると………
体に戦慄が走る。
リヒト様は地面につくほどの長い、茶色がかった褐色のローブを着ていて、ずるりと自身の足を引きずるようにしながら、ゆっくりと外に出てきた。
ストレートの黒髪は腰より長く、前髪も長くて片方の瞳は隠れて見えないけど、見える方の瞳は黒色だ。
整った顔立ちをしているけど、死人のような白い肌と薄い唇。私達の姿を見ても何の反応もなく、感情が読めない表情をしている。長身で、この場にいる中で一番背が高そうだ。そして、魔力……
……アクア様達より、大きい……。
リヒト様が出てきた瞬間、まるで景色が黒で塗りつぶされたかのように、私の視界が黒く淀んだ光で埋め尽くされた。私の横に立つイアンが「ルミナスさん?」と心配げに声をかけてくる。イアンには魔力を視覚で見ることは出来ない。アクア様とリゼ様やフラム様も、リヒト様に視線を向けながらも、誰も言葉を発することは無かった。
ズルズルとリヒト様が、アクア様の横を無言のまま通り過ぎ、足を進めて私の方に向かってくる。
リヒト様に会ったら話そうと思っていた事が色々とあった。でも……今は言葉が出ない。
思わず私は後ずさり、背中に木が当たる。まるで闇が迫ってくるように感じ、私は足が竦んだ。
「―――ッリヒト! 僕を無視するなよ!!」
アクア様がリヒト様に向けて手をかざし、魔法を行使する。顔の大きさ程の水の玉がリヒト様目掛けて向かっていくけど……
影が水の玉を飲み込み、ドプンと影の中に消えていく。アクア様が舌打ちして、再び魔法を行使しようとしたのか、近くにあった木に勢いよく手をついた。
「煩わしい…」
リヒト様がアクア様に視線を向けながら、冷たい声で告げた瞬間……
「ぐあああああああッ!」
アクア様が悲鳴のような声を上げて、頭を抱えながらその場に蹲る。リゼ様とフラム様がアクア様の側に駆け寄り、鋭い視線をリヒト様に向けていた。
「や、やめ、リヒト…ぼく…ぼくは……」
「―――ッリヒト様! 何をしたんですか!? やめてくだ……ッ……」
アクア様が頭を抱えたまま、顔を上げてリヒト様に訴えかけた。その表情は苦痛に顔を歪めている。なんらかの魔法をリヒト様が行使していると思った私は、リヒト様に詰め寄り声を上げた。けれど、リヒト様が私を見据えながら自身の手を、私の頰に触れてきたために、ゾワリと肌が泡立ち、言葉が途切れる。
壊れ物を扱うような手つきだけれど、私は恐怖を感じた。
「ルミナスさんから、離れろ!」
イアンが剣の切っ先をリヒト様に向けるけれど、リヒト様はイアンを気にも止めていない。
……魔力と、瞳の色が変わった?
私はまるで金縛りにあったように、体が動かせずに視線だけリヒト様に向けていると、リヒト様の魔力が自身を覆う程度の大きさに変わり、深い黒色になっていた。漆黒の瞳は一切の光が無いように見える。リヒト様の切れ長の目は瞬きをせずに、私をジッと見据えていた。
「ルミナスちゃんと同じ…」
「なぜじゃ…リヒトがこのような…」
「な、なんだ…ッ!?」
リゼ様とフラム様、そして私の側にいるイアンの、動揺と驚きが混じったような声が私の耳に入る。
イアンにも魔力が見えたのだろうか。まるでリヒト様が、私と同調しているように思えた。
「わたしの光……」
リヒト様が私の頰を、触れていた手で愛おしげに撫でながら囁きかけてきた。イアンが何か叫んでいるけど、その声が随分と遠くから聞こえるように感じる。
闇が……私を包み込んだ。
次話は別視点になります。




