始まりは牢屋
サンカレアス王国 王都
外は暗く辺りはみな寝静まったころ、貴族街にある男爵の屋敷では、屋敷の主 スミス・モリエット男爵が、一人地下室に向け階段を降りている。
50代後半で低い身長と全体的に重量、特にお腹周りが重い男爵にとって、階段を降りるだけで息があがって苦しそうだが、顔の表情からは苦しげな様子は一切なく、逆にだらしなく笑っている。
「…ああ…やっと…やっと手に入れた…」
ゼーゼーと息を吐きながら男爵は、地下室の扉に何重にも付けられた鍵を、一つずつ丁寧に開けていく。
カチリ、と最後の鍵を開けて扉の先に進む。地下室は陽が当たらない為冷たい空気に包まれており、少し男爵は身震いするが、それだけだ。
新しいオモチャが手に入った子どものように気分は高揚しており、じっとりとかいた汗も心地よく感じている。
貴族の地下室は、大抵倉庫や食料庫として使うことが多いが、この家の地下にあるのは牢屋が一つあるのと、男爵が寛ぐためのスペースとしてソファやテーブル、そしてソファの横に棚が設置されている。
牢屋はとても大きく、大人10人ほどが入れるつくりになっている。
男爵は牢屋の前に近づき、中の様子をみて少し落胆の表情をみせる。
「まだ眠っているのか…少し薬がききすぎたか…」
ふぅ…と高揚していた気持ちを落ち着かせるためか息をはき、牢屋のむかいに設置されたソファに重たい身体をあずける。
「…起きたときどんな反応をするか…泣いて叫ぶか、ここから出してと懇願するのか…クレアや王子達に向けての罵声が先か…」
これからが本当に楽しみなようで、色々な想像をしてはグフフとまただらしなく笑う男爵。
その視線はジッと牢屋の中にいる人物に向けられている。
視線の先には手足が鎖で繋がれた少女が一人。
その少女の名はルミナス
ルミナス・シルベリア
サンカレアス王国の侯爵令嬢である。
ルミナスは侯爵令嬢としてふさわしい豪華な衣装を身に纏ってはいるが、枷をつけられ手足を鎖で繋がれた状態で、冷たい地面に横たわっている。
その様子は罪を犯して囚われた罪人だ。
通常罪人の場合、騎士団が管理する牢屋に入れられるのだが、ルミナスは男爵の娘によりこの屋敷に連れてこられた。
他にも協力した者がいるようだが…
―――じゃら…
静かな地下室に鎖の音はよく響いた。
「…ん?起きたか…?」
起きてないとしてもそろそろ待ちきれないので無理矢理起こす気でいたがな
男爵はそう呟き、重い体を起こす。
眠っている様子をずっと眺めてるのもよいが、やはり起きて反応を楽しむのが一番よい。
男爵はソファの横にある棚から鞭を取り出す。
棚の中には、罪人用の様々な拷問器具が置いてあり、自分の領地で罪人以外にもよく使用していた。
この国では違法とされている奴隷にも他の国から仕入れ、手をだし…
その全ては壊れてしまっている。
もちろん侯爵令嬢を壊すつもりはない。
精神は壊れるかもしれないが…
「…ルミナス…ああ…なんと美しい…母親にそっくりだ…できれば体に傷はつけたくないのだが…」
男爵は鞭を手に持ち、牢屋の前に歩み寄る。
「反抗するようなら、調教が必要だからなぁ…」
その声は反抗してほしくない、というより反抗を望んでいるようだ。
―――じゃら じゃら……
先ほどよりも大きな鎖の音が地下室に響く。
「今そっちに行くぞ」
ふーっふーっと男爵の鼻息は荒く、ポケットに入っていた牢屋の鍵を取り出し、開けようとしている。
ルミナスが起きたようだ…
この男爵の考えは間違っている。
なぜならルミナスは、男爵が来る前に既に目を覚ましていたからだ。
それは男爵が地下室に降りてくる前のこと……
「…………。」
ルミナスが牢屋で目覚め、自分が牢屋の中にいること、枷をつけられていることに気づく。
目が覚めたルミナスは混乱していた。
牢屋に入れられていることもだが、自分の名前、今までの暮らし、国や家族、婚約者の第三王子……一気に情報が駆け巡り、頭に頭痛がはしる。
手足に付けられた枷も重く、手を持ちあげようとするだけで手首が痛い。
しかし一番ショックを受けたのは、このタイミングで前世の記憶を思い出したことである。
「なんで今なの……こんな……こんな詰んでる状態で…」
「なんでエンディング後なのよ―――!!」
地下室にルミナスの声が響く。
うずくまり、なるべく声は抑えようとするが、あまりのショックを受け、抑えきれていない。
「どうしよう……どうしたら……」
ルミナス・シルベリア侯爵令嬢
前世では橘 薫
日本人だったことを、今思い出したのだから。
そしてこの世界が、自分が初めてやった乙女ゲームの世界によく似ていたのだから。