変わった貴族の女の子(トリシャ視点)
私たちの村、チョスケー村は北の山々から吹き下ろす風により、寒く、ほとんど作物の育たない土地だった。
ごちそうと言えば山鳥の塩焼きで、それさえ一年に一度お目にかかれるかどうかってレベルだ。そんな貧しい村だが村長のタカリヤさんは凄く気のいい人で面倒見も良く、彼を慕う村人たちのお陰でこのチョスケー村は辛うじて村として存続していた。
そんな村にある時、この辺りの大領主、現在のトレンティア伯爵様の妹であらせられるシルビア様が訪れた。あまりにも可愛らしいお姿に女の私さえ見とれてしまったわ。
白銀の髪を風に棚引かせ、美しいアメジストの瞳で可愛らしい顔立ち、最初は年下、しかも十歳から十二歳くらいに思ったほどの小柄だ。本人は百四十センチと少しと言っていたが多分少しの部分は盛ってる。
そんな可愛らしい彼女は、なんとこの村に美味しいダンジョンを作るために来たと言うのだ。最初は冒険者たちが美味しいって思えるダンジョンを作りに来たんだな、と、思っていたのだが、気がつけば本当に壁まで食べられる美味しいタワータイプのダンジョンが作られていた。こんなダンジョンなら村の中に作っても良かったのに!
元々私たち三人、私とリーフとジャックはこの村を出て冒険者になる予定だったので喜んで毎日のようにダンジョンに挑んだ。敵は適度な強さ、食べるものは魔力体力を回復してくれるものがダンジョンのあちこちにある。敵さえ食べられる。さらには死んでも魔力や体力を失ってダンジョンを追い出されるだけと、至れり尽くせりなダンジョンで、ここなら安心して修行が積めると村の小さな子供たちまでがダンジョンに入るようになった。
本当に美味しいダンジョンだ。最近では三階の宝箱からコートや耳当てまで出てくるようになった。さらに拡張して一階から靴や衣服を出す予定らしい。
なんでそんな予定を知ってるかと言えば私たちはシルビア様と友達になったからだ。様をつけると本人は嫌がるので、本人に向かってはシルビアちゃんと呼んでいる。
貴族なのに変に偉ぶったりもせず、そればかりかとても優しく、気さくだ。特に駄洒落が好きな彼女はよく駄洒落を呟いては自分で笑っている、それがもう超キュート。ジャックとかリーフも彼女のことがすぐに好きになってしまったようだ。一応本人が爵位持ちのお貴族様なので平民の彼らは付き合えないし、こっそり聞いたところ彼氏がいるらしい。成人の貴族女性だからね、大抵婚約者とかいるよね。ジャックもリーフもそのことには気付いてるのか、ダンジョンから帰るとため息を吐いている。あわれよのう。
そんなちょっと変わってて可愛らしいシルビア様が作ってくれた世にも珍しい「美味しいダンジョン」は、今の村を飢餓から救ってくれたばかりか、これからは冒険者ギルドを誘致して、さらなる発展のチャンスまで与えてくれるという。
村人の中ではシルビア様が聖女だと噂になっているし、お年寄りの中には実際シルビア様を拝んだりしている人もいる。そこはシルビア様なのでものすごく恐縮しているが。なので村では聖女様と呼ぶが、本人の前で呼ばないルールが出来た。
今日も小さな聖女様は美味しいダンジョンをより美味しくするために頑張っているのだろう。
さて、この美味しいダンジョン、一階では果物のようなモンスターが食べられる。壁も美味しいが食べると見た目を損ねるのであまり食べないのが暗黙の了解になっている。ちなみにチョコの部分が人気だ。私もイチオシである。いや、食べちゃダメだって!
二階は熊の魔物が出てきて、少し手強いので村人たちは戦いが上手くなってきた。最初はヘボな村の鍛冶屋が作った鍬で戦っていたのだが、今ではダンジョン産の武器で戦っている。モンスターは食べると私たちの魔力を高めるので、今の村人たちは下手な冒険者より遥かに強くなっている。
これなら、ならず者に襲われても対処できる、と、村でも動いて冒険者を集めることにした。
私たち三人は村を出るより良いかもと、冒険者のガイド役になることにした。そのためには美味しいダンジョンを知り尽くさなければなるまい。可愛いシルビア様とタイムくん、そして新たなる三階層を知り尽くすために、私たちは今日もダンジョンに入る。
しかし、この三階層にはとても大きな難関があった。
他でもないシルビア様がこの階層をお気に入りでよく入り浸っているのだが、寒いのだ。
彼女の駄洒落もだが、それにウケたジンやジニーが冷風を吹かせて嵐になるのだ。この美味しいダンジョン最大の難関は、シルビア様の駄洒落だったのである。
もうすぐ四階が開かれるのでしばらくはシルビア様もそちらにかかりきりだろう。三階層の突破はその隙を突くしかない。
寒い駄洒落が物理的障害になる欠点はあるが、冒険者にとっては本当に美味しいダンジョンなのだ。
村を訪れた冒険者たちには是非とも三階層以外を薦めよう。
ダンジョンの案内板には、シルビア様がいる場合の三階層への進入は勧められない、と、きっちり但し書きが書かれることになる。それを見たシルビア様が非常に困惑する可愛い姿が見られるのはまた少し後の話。
本当にシルビア様は変な貴族の女の子で、聖女様なのである。