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1・「転校生(1)」


ー1ー



 チュンチュンと、夜明けの少し前から小鳥たちは鳴き始める。

 

「…………」


 どれだけ煩悶しようと一日の始まりは変わらない。昨日の馴染みの医師との面談以降、狩人は悶々と眠れぬ夜を過ごそうと朝は必ず訪れる。今日6月18日は昨日と変わらない晴れの予報なのだと手元のスマホは狩人に告げているのが、気分は一向に晴れそうにない。


「……結局朝になっちまったか」


「ご飯よ!早くいらっしゃい」


 自室のドアをたたく音がする。カーテンをめくれば初夏の光が流れ込んでくるだろう。

 狩人は、一度だけ大きく背伸びをしてから掛布団をはねのけた。


「今行く!」


「どうした、随分顔色が悪いな?」


 居間では父親がベーコンエッグに納豆をかける瞬間に立ち会う。


「……なんでもないよ父さん。ちょいと遅めの思春期さ」


「? 良く分からんがほどほどにしとけよ?」


 両親には従妹の『病気』についての情報は行きわたっていない。

 山田医師が自分が伝えようかと申し出ていたが、彼の厚意を丁重にお断りした狩人は帰宅後自室に直行して引きこもっていた。何も知らない二人は、共働きの家庭でせめて朝食くらいは一緒にしようといういつもの『日常』の中にいる。


「ああうん、まあ…」


「そんなことより、今日から従妹ちゃんが泊まりに来るんですって?」


「ああ、何でも病院通いする必要があるらしくてな、距離的にこっちの方が便利だとさ」


「久しぶりね、何年ぶりかしら」


「だいたい10年振りか? 小さかった頃のイメージしかないな」


「もうそんなに経つのね」


「兄貴も義姉さんも忙しいらしいしな。狩人、悪いが迎えを頼まれてくれるか?」


「……あいよ」


 焼き上がったトーストをくわえて狩人は早々に席を立ち上がる。もちろんこれから学校への道中、彼にぶつかってくれるような珍妙な転校生になど存在しない。彼自身も欠片も期待していない。ただ、気分。気分的に『昨日と違うこと』に手を出して、自分の中のなにかを変えたくなった。

 男子高校生にとって変化の理由付けなんてそんなもんでいいだろう。

 



 キーンコーンカーンコーンと、英国ビッグベンと同じ鐘の音が響き渡る。


 

 「よう、知ってるか?」


 ホームルームまでの予鈴。狩人の前に座った彼の友人―――長谷川裕太が意気揚々と話しかける。ニヨニヨと厭らしい笑いを隠していないところを見ると、またなにか良からぬことを聞きつけてきたらしい。


「何をだよ?」


「ふふん。聞いて驚け。近々女の子の転校生が来るらしい」


「……ふーん」


「どうしたよ? 狩人ノリが悪いぞ?」


「その転校生様情報に、何度期待して何度騙されたと思う?」


「返す言葉も無いな」


 この長谷川裕太という男は何処か抜けている。こうした転校生騒動も一人目は男女を間違え、二人目は学年を間違え……、


「……皆まで言うな」


「三人目だったか? 掃除のおばちゃんの契約更新と、転校生を間違えるのは人としてどうなんだ?」


「面目次第もない」


 そういう男だった。そして、悪びれもせずにまた何処かしらから『適当な』非日常の話題を持ってきては全力で善良に、味気の無い田舎の高校生活に『適度な』空回りを提供してくれる貴重な存在。有難迷惑といらんお世話とお節介焼きの中間に位置するのがこの男。


「……で、四度目の正直で面目躍如か?」


「そうそう、それそれ」


「……名前、分かるか?」


「ああ、『卯月紗』って言うらしい」


 嫌な予感が的中して狩人は少しだけ眉根を寄せる。だが裕太は気付かない。

 意気揚々と言葉を続ける。


「…………」


「直接書類を確認したからな、今回ばかりはばっちりだ」


「…その、卯月って子はどんな感じの奴だ」


「お、気になるかね」


「…まあ人並みには、な」


「学年は俺らの一つ下、誕生日は分からんが結構可愛い風な感じだ」


 狩人は微かな記憶を辿る。そうだった、確か従妹は一個下だった…ような気がする。昨日、山田医師から彼女の『病気』に関して聞かされたのに、そんな彼女に関する基本情報すらも彼は今の今まで忘れていた。

最後に従妹と会ったのは、何年前になるだろう。


「? ん、何だ。含みがあるな」


「いやな? 可愛いのは可愛いんだが、今一つ写真に生気を感じないって言うかさ?」


「…………」


「病弱薄幸オーラとかじゃなく、本当に元気がないんだわ」


「…ふーん」


 裕太の言葉に嘘はない。これ以上叩いても情報も出なさそうなので一限目の日本史の準備を始める。


「ま、しょせんは証明写真だしな。そんなもんかも?」


「情報ありがとよ、昼飯奢るよ」


「さっすが分かってる」


「あんま高いのはタカるなよ?」


「いっひっひ、それはどうかな?」


 教室の前側ドア、曇りガラスに教師らしき人間の姿が映る。雑談の時間はここまで。


「…勘弁してくれ」


「げへへ、ほどほどに勘弁してやる」


「あいよ」


 二三度ドアの外から男性の咳払いが聞こえ、それまで賑やかにしていた級友達も先生の気配を感じ慌ただしく自席につき始める。ホームルームまで間もなく、狩人も思考を切り替える。


(…元気がない、か)


 つぶやいた彼の一言を知ってか知らずか、今日の空は憎らしいまでに青かった。

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