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プロローグ


「それが、彼女を救う唯一の方法なのです」


 リノリウムの敷かれた何処か昭和を感じさせる診察室の中、黒ぶち眼鏡の医師――山田忠輝は、目の前の高校生にしずやかに告げる。唐突に呼び出された高校生―――夏谷狩人はうず高く医学書やらメイド全集だかの積まれた仕事机の上、乱雑に置かれた一冊のカルテに目を向けた。


「……どういうことですか?」


 カルテ名には『卯月紗』と書かれている。狩人には聞き覚えのある名前だった。

「貴方は吸血鬼という存在をご存知でしょうか」

「ええ、人並みには」

 トントンと山田医師は散らばった資料をまとめ上げ、狩人に渡した。


「――—貴方の従妹さんは、彼らと同じ病気なのです」

「…………」


 一瞬だけ狩人はこの医師の正気を疑ったが、山田医師の視線は一寸も揺るがない。


「特定体液依存症候群という、臨床では極めて珍しい病気です」

 狩り人は手の中の紙束をペラペラとめくるが、その多くが異国の、それも複数種の言語で記されていた。さっぱり内容が分からない。文章の置き方からして恐らくは何かの論文ではある。表紙には患者であろう入院服姿の人物や病院内の医療チームの写真が載せられ、断片的に組織病変らしきものを染色したものや血圧や白血球数、その他バイタル関係のグラフデータもちらちら見られた。


「……今までに国内で発症したケースは無く、海外でも数件のみ確認されただけですからご存知無くても仕方ありません」


「……なるほど」


「しかしまあ、伝説上の吸血鬼は少々誇張が過ぎますがね」

 

 いくら目を通しても理解が及ばないと悟った狩人は、あっさりとレポートを投げだし山田医師に向き直る。


「具体的に、なんなんです?」


「……吸血鬼は名前の通り血液を食物にすると思われがちなのですが、実際は異なります。彼らは生活する上で特定の人間の体液を必要とする病人であり、特別人間の血液にこだわる必要性はない」


「特定、体液?」


「そうです、特定の体液。涙に汗、唾液、腸液に胃液。そして『尿』」


「ならば別に尿でなくとも良いのでは?」


「……否、そうなると今度は単純に『量』が問題となる」


 山田医師の口はその事実すら淡々と口にする。その瞳には狂気の色は無い。事実のみを告げる鋭いまなざしが狩人を貫く。


「量、ですか?」


「海外の症例では、毎日500ccの血液を患者に与えることで症状の進行を抑えることに成功したようです」


「なら俺だって!」


「……毎日一人の人間から500cc採血することは不可能です」


「しかし!」

「言ったはずです、特定の人間の体液だと。報告書のケースではたまたま近親者に同じ血液型の人間が複数存在していたために可能だったのです」


「…………」


 その症例は1970年代の米国ニューイングランド地方マサチューセッツ州の患者に関するもの。30代半ばでこの奇病を発症した女性患者が親類縁者からの輸血によって症状が緩解したことが報告されているのだと、山田医師は言葉を続けた。


「もちろん体液ですから、分泌されるのは血液には限りません。しかし残念ながら、唾液ではあまり抑制作用が無かったとありますから、私個人としてはオススメしません」


「けど……」


「リンパ液、髄液その他諸々ありますが、現段階で唯一可能な手段が貴方の御小水なのです」


「…病気の進行は?」


「第一に、思考の鈍化。軽いうつや認知症患者の様に患者自身の認識能力に障碍が生じます」


「…………」

 

 ゆっくりとした認識や記憶障碍に始まり、次第に判断能力の低下、記憶自体の欠落を繰り返すようになる。


「次の段階が、妄想妄言。かなり言動が暴力的になり、身の回りの全てに拒否反応を示す様になります」


「……最後には?」


「個人差はあるようですが、最終的には廃人になる点で共通しています」


「完治の見込みは?」


「現状、飲尿させるより手だてがありません」


「…………」


 狩人はただぼんやりとした蛍光灯の光に目を向ける。掃除の行き届いていない天井の隅に小さな蜘蛛が巣を張り、埃に埋もれた巣の主がミイラ化していることなど狩人にとって些末なもの。


「そして、それさえも姑息療法でしかなく、もって余命10年と私個人は申し上げさせて頂きます」


「…従妹はこのことを?」


「はい、既に伝えています。患者の認可なしでは守秘義務違反ですから」


「そうでしたか…」



「毎日500ccの尿を彼女に投与するのを、御協力頂けませんか?」



「―――神は、俺にこの手を汚せというのか?」


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