表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/15

たぶんぼー④ー3

 小学生の頃は道着のまま通っていたんだけど、今は着替えてから帰るようにしている。

 更衣室でへたり込んでいる数名を残し、皆一礼して三々五々に散っていった。おっさん連中の中には、これからどこかへ寄っていく人もいるらしい。留美子の姿を探すと、彼女は下駄箱のところで、他校の数名とお喋りの最中だった。

 僕と彼女の家は同じ方角(お隣さんなので当たり前だが)なので、だいたいは一緒に帰っている。しかし、元々僕たちの間にそんな約束はない。

 うちの父ちゃんは、

「暗い夜道で留美子ちゃんを独りにして、何かあったらお前はどうするつもりなんだ」と言うが、僕は漠然と彼女なら大丈夫だと思っていた。実際に何かがあったこともない。

 いちおう、ちらりと目で合図を送ったつもりで、僕は先に帰宅した。



 風呂から上がって、ようやく晩飯にありつける。リビングでテレビを観て、そろそろ父ちゃんが帰ってくるかなという頃に、書庫へ寄って漫画を数冊選び、二階の自室へ上がる。

 ちなみに我が家でいう書庫とは、漫画本とDVDの保管部屋のこと。うちの母ちゃんが、自他共に認めるアニメオタクなので、八畳の部屋を丸々それだけのために潰しているのだ。


 自室の電灯を点けて、本を置く。漫画を読み始めてしばらくすると、部屋の窓ガラスがボンッと鳴った。

 じつに面倒くさいが、僕は立ち上がってカーテンを開いた。

 見ると、留美子がリールのハンドルをせっせと回して、凧糸を回収しているところだった。その凧糸の先にはボールが括りつけてある。携帯電話を買ってもらえない、僕たちの呼び出しアイテムだ。


 僕は窓を開けて「なんだよ」と応答した。

「新一、ちょっとあんた、なに一人で先に帰ってんのよ! ――まぁいいわ。今からそっちへ行くから、もうちょっと窓開けて」

 彼女はそれだけ言うと、二つ折りの脚立を梯子にして、ニョキッと伸ばしてくる。

 ここは二階で、お互いの部屋までは二メートル四十センチほどの距離があった。いくら身のこなしに自信があるといっても、かなり危険だ。

 安定しているから大丈夫だって。

 いやいや、窓枠が痛むだろ。

 何度そう訴えても、彼女は邪魔くさがって、いつもこの方法で渡ってくる。しっかりと固定できるような設備を考えてみるか……。駄目だ。それだと、こっちが渡って来てほしいみたいに思われてしまうかもしれない。

 そうして、梯子を回収するのはいつも僕の役目だ。髪が乾ききっていなくて、外の風が冷たく感じた。


 留美子は僕の部屋へ来ると、まずミニ冷温庫(商店街の福引で当たった)から無許可で缶コーヒーを取る。それから、僕が読もうとしている漫画を横取りする。そして、フローリングに直置きしたマットレスに横たわる。

 どう考えても、(くつろ)ぎすぎだろう。


 僕たちは漫画をパラパラと捲っていた。この部屋にはオーディオやテレビがない。沈黙は、そのまま静寂となる。

「三巻は?」

「まだ、読んでる」

「もぉ! (読むのが)遅い」

 もっとじっくり、一コマずつ噛みしめるように読め、と僕は口にしない。遺伝よね、などと言われたくないからだ。

「ねえ、なんか喋ってよ」

 そっちに用があるから来たんじゃないのかよ。


「あぁ今日、何回怒られた?」

「その話、パス」

 パスって、なんじゃいオラァ!

「あぁ館長、相変わらず臭かった?」

「うん。口呼吸だけでなんとか耐えた。はい、次」

 お前なぁ……。

「あぁ――それで、返事はどうするんだよ」

「何の?」

「何のって、しらばっくれんなよ。北里のことに決まってんだろ」

「ああ、それのこと」

 言って、留美子は大きな目で僕をギロリと睨んだ。鼻をフンと鳴らして続ける。

「北里先輩、かっこいいし、背ぇ高いし、スポーツマンだし、優しそうだし、悩みどころよね」

「でも、三年だし、もうすぐ受験だろ? あの人も忙しいんじゃねえの?」

「向こうから告ってきたんだよ。だったら、忙しくはないんじゃないの? それに真弓が言ってたんだけど、北里先輩って、スポーツ特待生で推薦がほぼ決まってるんだってさ」

「あ、そう」

 留美子はわざわざ声に出して、大きな溜息をついた。

「まあいいわ。漫画貸りていくね」

「これは今読んでんだから嫌。下から違うの持っていけよ」

 チッ!

 あ、舌打ちしやがったか、この野郎……。

 留美子は缶コーヒーを飲み残して、階段下りていった。


「おばちゃーん、漫画貸してぇ」

「あら留美子ちゃん、来てたの?」

 彼女は脚立を置き去りにして、おそらく勝手にうちのサンダルをパクって帰っていった。


 そして次の日――留美子は、北里にOKと返事をした。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ