たぶんぼー⑥‐2
榊原家のリビングで、僕たちは並んでソファに腰掛けていた。
お互いに一人っ子なのに兄弟があるような育ち方をしたせいで、一人きりでの余暇の過ごし方がヘタなのかもしれない。
僕たちが行き来する行為は、いくら幼馴染だと説明したところで、互いのパートナーに理解は得らないだろう。知れたら、きっと嫉妬されて喧嘩の種となるに違いない。
ところが切ないかな、相変わらず僕に付きあっている女性はいないし、留美子にも現在彼氏はいないので問題がない。
キタなんとかはとっくの昔に消えた。彼が高校へ進学したあと、二人はすぐに破局しているのだ。
中学三年生と高校一年生のカップル、その差はたった一歳だけど、大きな隔たりを感じたらしい。
向こうはというと――バスケの特待生、朝練、毎日帰りは遅いし土日も練習とくれば、ズレてくるのも当然だ。夜遅くなら二人とも都合がつけられるだろう? というのは男の意見で、おっちゃんが家にいるときに、留美子も夜中に抜け出して、まさか男と逢引きするわけにはいかない。
それで、どんどん二人は疎遠になっていった。会えない時間が愛を育てる? 目をつぶればキミがいる? なんだそりゃ……十代で完璧に理解するのは不可能だ。
――というのが、中三のGW時に聞いた留美子談。
「ルミに色気が無さすぎて、女子高生に盗られたんじゃねぇの?」
そう言った僕に、留美子からの反論はなかった。訥々と不気味に笑いながら背後に回り、チョークスリーパーホールドで僕を他界させようとしただけだ。友人曰く、羨ましい――と、その体勢であっても、僕の背中に彼女の胸の感触は極少有ていど。僕と留美子の感情を二つ合わせて、残念無念……。
ローテーブルにはコーヒーとスナック菓子が数種類。芋と油ばっかりだ。字幕版なのでお菓子を食う音も気にならない。映画は思っていたよりも長く、観終ったのは零時少し前だった。
この系統のやつは一度観たくらいじゃ理解できないという、くるくるパァの留美子が僕にしつこく解説を求めてくる。
「だから、聖母マリアが眠っている所っていうのが……」
「明日、もう一回観るから貸しといて」
「返却期限が明日らしいから、明日学校に持っていって返さなきゃ駄目なんだよ」
「どこの店? 私が返しておくって」
あれと別々に返却することが可能なのだろうか? 僕自身は会員になったことがないので、よくわからない。
「田中の兄貴が借りてきた物だし、又貸しするのもどうかと思うぞ。横着なルミが返し忘れて、店から電話がかかってきたら、田中の兄貴に迷惑がかかるだろ。延滞金を払うほど馬鹿馬鹿しいこともないしさ」
少し考えれば、どうにでもなることはわかるはずだけど、なぜだか留美子はそれで納得した。自分が横着であることも自覚しているようだ。まぁ、とりあえずはひと安心というところか。
予定よりだいぶ遅くなったけど、僕は今からもう一枚のほうを鑑賞せねばならない。
留美子におやすみと告げて、僕は自宅へ戻った。
日付が変わっているというのに、リビングには電灯が灯っていた。ダイニングを通って覗くと、母ちゃんがまだ起きていた。アニメの鑑賞中だ。
「明日って仕事休みだっけ?」
「そうよ。あんた遅かったじゃない」
「ああ、これをルミん家のテレビで観てた」回収したDVDをちょいとあげる。「それで今やっと観終ったとこ。もう寝るけど」
「ふ~ん。だったら留美子ちゃんは? 榊原さん、今夜は帰らないんでしょう。女の子ひとりで危ないじゃない」
「だったらってなんだよ? 知らねえって。ルミなら大丈夫だろ。んじゃ、おやすみ」
「またそんなふうに言って……」
僕は洗面所へ寄ってから階段を上っていった。
寝る態勢を整えたあと、留美子の部屋を見ると電灯が消えていた。まだリビングにいるのか、それとももう寝てしまったのか。
僕は借りてきたポータブルプレイヤーを専用ケースから出して、電源を入れた。本体横の穴へヘッドホンを差し込んでDVDをセットする。少し待ってから再生ボタンを押した。
画面は九インチの液晶。さっき観ていた四十インチとは比べ物にならないけれど、画質に遜色は感じない。ちょいちょいと早送りで飛ばして、しばし野生の判断に委ねる。そして、おもむろにティッシュの箱を引き寄せた。どこら辺でパンツを下ろしたかは定かじゃない。
部屋の戸が静かに開いたのは、そんなときだった。
「新一、もう寝るの?」
僕の体は動かなかった。留美子のほうへ視線を向けることなく、声も発しない。時間も呼吸もすべてが止まって、意識が違う次元へ行ってしまった。
「ごめーん」と現実の彼女の声がして、部屋の戸はカッチャンと閉じられた。
ごめーん、ごめーん……頭の中にしばらく留美子の声が反響していた。いつしか僕は「ごめーん」と声に出して繰り返していた。




