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たぶんぼー⑤‐3

 元日の昼頃から僕は神社へ行った。

 物心がついて以来、僕と留美子が別々に初詣に出かけたのは、今年が初めてのことだった。僕は友達と。彼女はたぶん北里と一緒だ。


 帰りに懐かしの小学校を通り、ふとグラウンドを目をやると、忍び込んでサッカーをしている連中がいる。テレビで放映されている全国高校サッカー選手権を観て、体が疼いたのだろうか。よく見ると知った顔だったので、僕たちも混ぜてもらった。

 男ばかり十六人が上着を脱ぎ捨て、徐々に本気になっていく。誰かの通報で駆けつけた警察官に追い回されるまで、それは続いた。


 そして、三が日もすぎ、初ゴミ回収日の四日に、それは起こった。

 留美子のおばちゃんが、朝にゴミを出しに行って、その帰りに突然倒れたのだ。自宅前でのことだった。

 正月休みに加えて、だいぶ早い時間帯。通行人はなかったらしく、発見が遅れた。見つけたのはうちの母ちゃんで、同じくゴミ出しに行こうとしたときだった。留美子の家の玄関が開いていたので、おっちゃんと留美子を大声で呼び起こしたんだそうだ。

 僕がようやく騒ぎに気づいたのは、留美子の切羽詰まった声が表から聞こえてきたとき。

 その後、おばちゃんは救急車で運ばれていったけれど、結局は駄目だった。くも膜下出血というやつらしい。


 葬儀には僕たちが通っている道場の人たちも何人かいて、けっこうな人数になった。

 おっちゃんは魂が抜けたように終始無表情で、喪主の挨拶の途中で固まってしまった。うちの父ちゃんが後を引き継ぎ、葬儀屋の司会進行役の機転でなんとか出棺までこぎつけた次第だ。

 おばちゃんに持病があったとか、通院していたなどということはいっさいない。覚悟をしておく期間を与えられなかった家族が、死を受け入れられなくても当然だと思う。

 一方、留美子のほうは、その席でいっさい涙を見せなかった。

 顔を伏せることもなく、焼香台をじっと見つめている。腕を前で交差させて胸を張っていた。その姿勢は、まるで同情的な視線を撥ね返しているかのようだった。

 彼女が何を思っているのか、何も考えていないのか、僕にもわからない。もしかしたら、参列者の中に嫌いな奴らがいて、そいつらに弱っている姿を見られたくなかっただけなのかもしれない。その時々で発散していれば、傷も早くに治るのに……。


 榊原家と磯野家は暗く沈んでいた。

 遅れて届く年賀状の印刷が、きらびやかなほど腹が立った。

 そして三学期が始まり、留美子も学校へ来るようになっていたある日。おっちゃんと留美子の怒鳴り合う声が隣家から聞こえてきた。これはかなり珍しいことだ。

 気になって階段を下りていくと、うちの母ちゃんはすでに居間にいなかった。三和土を見るとサンダルがなかったので、お節介に走ったのだと思った。

 それからというもの、うちの母ちゃんは、なにかといっては留美子を気に掛けるようになった。反対に、僕と父ちゃんが榊原家に何度かお邪魔した。

 留美子とおっちゃんの間にはいつもおばちゃんがいた。いざ二人きりになってみると、何を話していいのやらわからないと、おっちゃんはこぼしていた。

 そうしてうなだれるおっちゃんに、留美子には、北里というクソみたいな彼氏ができたんですよ、とは言えなかった。


 留美子が、珍しく玄関から訪ねてきたのは、三七日法要がごく近親者だけで行われた日の晩だった。


「おばちゃん、こんばんはー。これ香典返しです。隣だし、いつでも持っていけると思ってたら、結局最後になっちゃった」

 明るく振る舞う彼女は「新一は?」と母ちゃんに言って、勝手知ったる我が家へズカズカと上がってきた。すぐに階段を上がってくる音がする。

 彼女の場合、ドアをノックするのと、開くのが同時に行われる。これも何度か注意したけど直らないまま。おばちゃんのことがあるので、今回はそれを指摘せずにおいた。


 僕はぎこちなく「おう」と、片手を挙げる。

 対して返事は「うん」だ。

 留美子は、六畳の広さがあるにもかかわらず、僕に体当たりでもするような勢いで隣へ座った。いつもなら小言のひとつも飛び出しそうなものだけど、それも勘弁してやった。

 そして無言の静寂が訪れる。

 僕はなにかの切っ掛けが欲しくて、座る場所を移動した。マットレスの端に腰掛けた。


「――おばちゃん、突然だったな」

「うん」

「ご飯はどうしてんの?」

「あたしが作ってる」

「マジかよ……。もしかして毎日カレー?」

「ちゃんとやってるわよ。出来合いの物を買ってきて、皿に移し替えてるだけだけどさ」

「やっぱりな」

 なによ(なにか文句でも?)と腰を蹴られて、僕はやっと笑みを漏らす。


「うちは共働きだから、小学生の頃は毎日ルミんちに寄って、おやつとか飯とか食わせてもらってたよな。おばちゃん、うちの母ちゃんよりも、だんぜん料理も上手かったし」

「そうそう。あんたんちのおばちゃんも、どうせうちにいるだろうって、仕事で遅くなるときなんかは、うちに電話してきたよね」最後のほうは声が震えていた。

 あ、やべぇ……。マットレスが弾んだ。

 留美子がぶつかってきて、僕たちはマットレスに倒れ込んだ。

 そして、僕の喉元に顔を埋めて「えふっえふっ」と言い出した。

 あぁ、おばちゃんの話はまだマズかったか。

 彼女は相変わらず変な泣き方だった。Fはフェラチオの頭文字だけど、今はそんな冗談を言える状況じゃない。留美子の大きな目から涙がとめどなく溢れ出した。


 僕はどうしていいかわからず、じりじりと彼女の背中を抱いていった。

 すると、ゴツンッと顎を跳ね上げられ、腕は払いのけられた。

 余計なことはしないで、しばらく抱き枕&ティッシュになっていろ、ということか……。これはもうお手上げだ。僕は自分の頭の上でグーパーと繰り返すしかなかった。

 こういうとき、北里ならどうするだろう?

 僕なりになんとか打開策をと考えて、今度は両脚で留美子の胴体を挟みにいく。すぐに、肋骨の弱い部分に拳を突き立てられて、僕の脚はゆっくりと元の位置へ戻っていく。


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