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たぶんぼー⑤‐2

 体育館を回り込むとプールの上り口に出る。こっちへ来るのに、わざわざ靴を履きかえていたということは、目的地がプール脇の死角ゾーンということで間違いないと思う。

 僕たちは、A棟一階からB棟を抜け、体育館の中を突っ切っていく。


「あっ北里先輩」

 そう言った竹原を振り返って彼の視線を追うと、たしかに北里がいた。

 体育館の奥の一角を陣取り、バスケットボールを巧みに操っている。緩急をつけたドリブルで、あっという間に数人を抜き去り、シュートまで一人で持っていった。

 サンダルみたいな上履きで、よくそんなにちょこまかと動けるものだ。

 昼休みに友達と遊んでいるには違いないだろう。一瞬、本気で練習しているのではと思ったのは、ふざけ合う様子が見られなかったからだ。


 北里のことは、竹原や留美子から無理やり聞かされていた。

 練習では誰よりも汗を流し、試合に負ければ悔し涙を隠さない。そこそこ金持ちのボンボンで、実直な性格。とにかく暑苦しいほどのスポーツ馬鹿だが、見ている分には面白いらしい。

 なるほど、親衛隊なんて呼ばれている奴らがいるわけだ。そして、嫌う奴も多いわけだ。

 壁一枚隔てた向こうで、自分の彼女が危ない目に遭っているかもしれないというのに……平和な奴。


 僕たちは横の鉄扉を顔の半分ほど開け、トーテムポールのように頭を縦に並べて、死角ゾーンを覗いた。身長順で僕が一番下になる。

 やっぱりいた。が、思っていたよりも距離があった。


 留美子は、何が入っているのかわからないコンクリートの建屋の壁に背を着けて、お姉様方に囲まれていた。何を言われているのかは聞こえない。留美子は口を動かしていない。もちろん、和やかな雰囲気であるはずもない。


「うへ~やっぱ女は怖ぇなぁ。二、四、七人……なんか増えてね?」

「あれ、全部三年? で、どうすんの?」

 僕もどうしようかと考え中だった。

 僕たちが偶然を装って近寄っていけば、とりあえずは解散してくれるのか?

 それで解決するのか?


 留美子は胸を張り、顎を引いていた。頭は緩やかに揺らしているように見える。左手で腹を擦るようにしているのは、不意の腹パンチを防ぐためだろう。ときどき困惑したような顔を向ける。誰かが喋るたび、そちらに顔を向けるといった様子。

 そうやって無抵抗を突き通すのか?

 怯える様子もなく、何を言っても返事をしない。そんな彼女の態度が気に食わなかったのだろう。囲みの中で一番のデブが、突然、留美子の髪を鷲掴みにした。

 壁に後頭部を打ったのか、留美子の表情が険しくなった。


 それが合図とばかりに、僕が腰を伸ばすと、すぐ上の奴の顎を打った。

 アウッと鳴いた友達に構わず、外へ出ていこうとした。鉄扉は重く、素早くは開かない。


「来てもらったぞ。どうなってる?」竹原だ。

「なんだよ、何がヤバいって?」

 僕は肩に手をかけられて、引き戻された。北里の手の厚みは、とても同じ中学生とは思えない。僕たちが躊躇していたラインをあっさりと越えて、死角ゾーンへ顔を覗かせた。

 まったく……。彼がそう呟いたように聞こえた。

 北里は上履きのままで留美子らに近寄っていった。

 

「出番はなさそうだなこりゃ。もう行こうぜ」

 僕はそう言って、真っ先に体育館から出ていったので、あの後どうなったのか知らない。

 さすがにお姉様方は散らされただろう。留美子は彼氏の登場にどんな顔をしただろう?



「竹原くんが呼びに来たってことは、あんたもいたんじゃないの?」

 留美子が例によって窓から渡ってきたので、せっかく温まっていた部屋が一気に冷えた。僕は上下ジャージで、留美子はパジャマの上にダウンジャケットを羽織っている。

 どうせバレているだろうから、僕は正直に言った。

――聞いてすぐに駆けつけたこと。北里がちょうど体育館にいたので呼んだこと。ただし、時間的な嘘はついた。しばらく見ていたことは言わなかった。

「……で、やっぱり親衛隊が嫉妬に狂って別れろとか言ってきたのかよ?」

「はっきりとは言わなかったけど、まぁそんな感じ。アタシらが協定を結んで、誰も北里君に手ぇ出さないようにしているのに、二年がどこからツバ飛ばしてやがんだよってさ」


 留美子は、僕の部屋のマットレスで横になって頬杖をついている。僕は薄いカーペットの床が冷たいので、椅子に座ってあぐらをかいている。

 ふ~ん「それで?」すっかり冷めてしまった番茶を飲んだ。

「彼女に言いたいことがあるなら、俺に直接言ってこいよって、北里先輩が言うのよ」

 声色を変えて、北里の真似をしているらしい。僕は、ぐわっとゲップした。

「もぉ! あんた汚いわね」ドテッと頬杖を外して、枕に突っ伏した。「クサッ! 枕カバーも洗いなさいよ」

 僕は鼻白んだ。

「それで、もう大丈夫だとか思ってないよな?」

「まぁね。――ああぁ女って面倒くさーい」

 お前も女だろう……。


 留美子はがばっと起き上がった。うーんと伸びたあと、ドアに手をかけた。

「私もお茶、淹れてくる」

「おい、パジャマで下へ行くな」慌ててあぐらを崩した。

「んじゃ、淹れてきてよ。どうせならコーヒーがいい」

 ……もう帰れよ。

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