第七十二話:国王の依頼
狐人の集落にて、俺はベッドの上でユイと向き合っていた。
ベッドの上だからって、別にやましい意味ではない。
ユイと別れるはずだったのだが、自分の気持ちに嘘をつく事が出来ず、結果的に結局このままユイと一緒に旅を続ける事になった。
「本当にこれまで通り俺たちと一緒に旅をするでいいのか?」
「お兄ちゃん、しつこいよ! いいのこれで!」
「分かった。分かった。あと、もう一つ。全然迷惑じゃないからな?」
「うん!」
ユイは満面の笑みで抱きついてくる。ユイの頭をこれでもかと言わんばかりに撫でる。
いつの間にか精霊2人の姿はなかった。というより、外のドアの前で恐らく聞き耳を立てているであろう5人の姿が範囲探索にばっちり映っていた。
魔術を使いドアを開けた。
案の定、ジラ、クロ、リン、エレナ、シャロンさんが聞き耳を立てているまさにアニメみたいな光景だった。
「あはは⋯ばれちゃいましたか」
「ばればれだって」
その後全員に今後もユイと一緒に旅する事を告げた。皆そうなるんじゃないかと大方予想はしていたそうだ。
「ユイこれからもクロと一緒、いつまでも一緒」
何気ないクロのたった一言のこの言葉で、せっかく泣き止んだユイがまた大泣きしてしまい、なだめるのに時間が掛かってしまった。
次の日の朝、族長にユイを引き取って貰う予定だったが、結局その話は無くなった事を伝え、謝罪した。
族長は逆にホッとした様子だった。
「君たちは人族と我々狐人とが、ここまで仲良くなれた数少ない例じゃ。是非これからも、この子をよろしくお願いします」
ユイがこちらを向き、ニコニコ笑みを浮かべている。こうまで言われると少し恥ずかしくもある。
集落を去ろうとした際に、一人の少女がこちらへ向かって走って来た。
エルルゥだった。
すぐに馬車から降りた。
「ユウさん、あの⋯⋯」
エルルゥは下を向いてモジモジしている。
「どうしたんだい、エルルゥ」
「これ、作ったんです。もらって下さい!」
エルルゥが後手から出してきたのは、綺麗な布で編んだブレスレットだった。
「これはエルルゥが自分で作ったの?」
「です」
「凄いなぁ、ありがとね。大切にするよ」
エルルゥの頭を軽く撫でた。
そして、ストレージからお返しのブレスレットを取り出した。
「手作りではないんだけど、これをエルルゥに持っていて欲しいんだ」
「あ、ありがとうございます。ユウさん⋯それと、目を瞑ってくれませんか」
何だろうと思いつつも言われた通りに目を瞑る。
一瞬だったが、おでこに柔らかな感触が感じ取れた。
「もういいですよ」
エルルゥは少し頬を染めている。された事に対しては、特にツッコむ必要もないだろう。
「また会えますか?」
「分からないけど、この近くを通る事があれば、絶対に立ち寄るよ」
いつの間にか集落中の狐人たちが、見送りに来てくれていた。
俺たちはそれに手を振って応え、狐人の集落を後にした。
馬車は再びガゼッタ王国に向かい走り出す。
エレナの視線が少し冷たく感じたが、恐らく気のせいだろう。
狐人の集落を出発してから3日後の夜に、目的地であるガゼッタ王国が前方に見えてきた。
そういえば、一つだけ聞き忘れていたことがあったのを思い出した。
「そういえばシャロンさん、テュナさんとの約束ってなんだったんですか?」
「あーあれはね、えっと、知りたい?」
勿体振る理由が全く分からないが、答えようとしたら、ユイが代わりに答えてくれた。
「知りたいです!」
「ユイちゃんが言うなら仕方ないね!」
おいおい、俺だったら教えてくれなかったのだろうか。あれ、シャロンさんってこんなキャラだったっけ?
「テュナにガゼッタ王国に来てもらうようにお願いしたんです」
あーなるほど。別に勿体振る内容ではない気がするんだが。
城の近くまでシャロンさんを送り届けて、俺たちは別れた。後日お礼を渡したいので、城を訪れて欲しいと言われた。
宿は前回泊まった所と同じ、モアさんとリリィさんが営んでいる所にした。
その足でエレナをエルフの里へと送り届けた。
「エレナ、協力ありがとな。本当に来てくれて助かったよ」
「はい、私も楽しかったです。また一緒に旅をしましょうね」
次の日の朝になり、部屋のドアを叩く音で目が覚めた。てっきり寝坊したのかと思いきや、早起きのリンですらまだ寝ている時間のようだ。
まだ外も薄っすらと暗い。
「ユウさん起きて下さい!」
ドアを叩く声の主はリリィのものだった。
ベッドから這い出て部屋のドアを開ける。
「おはようリリィ」
「あ、ユウさん、良かった!」
リリィも飛び起こされたのだろうか。パジャマだし、まんま寝起き姿のようだった。寝癖が可愛らしい。
「そんなに慌てて、どうしたの?」
「偉い人がユウさんに会いに来てるです!」
寝起きでまだ機能停止している脳を最大限フル回転させて考える。そして一つの結論に辿り着いた。というかそれしか考えられない。
国王に娘のシャロンを無断で国外に連れ出した件で責任を取らされるのではないだろうか。王妃であるシュガーさんが上手く振る舞ってくれるという事だったけど失敗してしまったのだろうか。どちらにしても、最悪極刑なんて事もありえる⋯などと思考を巡らせていたら、リリィが心配そうに俺の顔を覗き込む。
「ユウさん⋯?」
「あ、いや、ごめんごめん。誰が会いに来てるんだい?」
「国王です!」
やっぱりか!
しかも直々に国王が御出でになるとは、よっぽどお怒りのようだ。
これはその場で打ち首なんて事もあるかもしれない。
緊張した趣で国王の待つ1階へと急ぎ向かう。1階の受付カウンターにモアさんの姿が見えた。
そして、モアさんの前に3人の人物がいる。
1人は面識もあるジョセフ国王で間違いなかった。他の2人は恐らく護衛だろう。後ろめたさもあり、俺は国王の顔を直視出来なかった。
「ユウよ、こんな朝早くから押し掛けてしまいすまない」
「いえ、そんな事はありません」
「うむ。まずは礼を言わせて欲しい」
あら?
怒られはしても、礼を言われる覚えはなかった。
「娘のシャロンの願いを聞き入れてくれて感謝する。それと無事に送り届けてくれて本当にありがとう」
予想とは真逆の会話に一瞬言葉を失ってしまった。
「あ⋯えっと、国王様に無断で王女様を連れ出してしまい、申し訳ありませんでした」
咄嗟に頭を下げる。
「良い、頭を上げてくれ」
「本日ワシがここへ来たのは他でもない、ユウ。お主に折り入って頼みがあるのじゃ」
国王直々に頼み事をしてくるとは、まさかの展開で予想もしていなかった。
「な、なんでしょうか?」
「妻のシュガーが、魔女の呪いで倒れてしまったのだ」
え?
その後詳しい話を国王から聞いたのだが、要約すると俺たちが王国に戻る前日に、シュガーさんが急に倒れたそうだ。その時以降、まるで眠ったように何をしても目覚める素振りがないという。
宮廷聖職者や魔術師たちにも原因が分からず、途方に暮れていると、昨日の朝方、つまり俺たちが戻ってきた日に一通の手紙が王宮に届けられた。
手紙に記載してあったのは、王妃を永遠の眠りから覚ませたくば、王女をある場所まで来させる事。冒険者以外の同伴は許さないというものだった。
文面の最後には絶界の魔女という記載があったと言う。
趣旨貫徹な文面で良く分からない部分が多々あるが、その冒険者の同伴を俺に依頼したいようだ。王女であるシャロンの願いでもあると言われれば断る道理はない。
「という訳なんだ。早速で悪いが、みんな出掛ける支度をしてくれないか」
国王の頼みを承諾し、既に部屋に戻って来ていた。
此方の準備が出来次第、王宮に向かう手筈になっている。リンが今回の首謀者と思われる絶界の魔女の名を知っていた。
「絶界の魔女は非常に危険です」
「何か知っているのか?」
リンも噂レベルだが、絶界の魔女の荒行の数々を教えてくれた。
齢200を超える老婆で、ありとあらゆる魔術を使い、100年以上前に国一つを滅ぼした事まであるらしいと。
国を滅ぼすのは置いておくとして、俺の師匠でもある魔女のエスナ先生に匹敵もしくは、それ以上の魔女だと瞬時に理解した。
しかし、一つの考えがあった。
王妃のシュガーさんの呪いを治す事が出来れば、わざわざ魔女に会いに行く必要もないんじゃないか?
国王に出発前に会わせてもらう約束をしていたのだ。
まだ寝起きで寝ぼけていたユイとクロも連れて、王宮へと向かう。
王宮に到着すると事情を聞いていた門番が中へと案内してくれた。
「ユウさん、おはようございます」
シャロンだった。
「シャロン王女、おはようございます」
「あれ、よそよそしくないですか? 一緒に旅した仲じゃないですか」
「礼儀を知らない俺だって、時と場合は弁えてますよ」
シャロンと一緒にシュガーさんの居る寝室へと向かった。寝室へは俺とシャロンだけが入る。
中へ入ると国王もおり、シュガーさんの手を握っていた。
「来たか、ユウよ」
「おはようございます」
「早速ですが、王妃様の容体を確認させて頂いても?」
国王はシュガーさんを愛おしい目で眺めている。
「ああ、頼む」
すぐに鑑定を使用する。
名前:シュガー・ベルロック・フィゼル
レベル:27
種族:人族
職種:聖職者
スキル:治癒Lv2、状態回復、結界Lv1、サンライトLv2
状態異常:永眠の呪
称号:第17代ガゼッタ王国王妃
確かに永眠の呪に掛かっている事が確認出来た。
すがる気持ちで、治癒と状態回復を使用する。
しかし、結果は変わらなかった。
以前、欠損した部位や魔族の呪いなどを治せていたので、少しは自信があったのだが、状態異常を治せなかったのは、初めての経験だった。考えるのが恐ろしいが、恐らく呪いを掛けた術者のレベルが俺よりも上なのかもしれない。はたまた術者本人にしか治せないとかね。
「すみません、やはり無理でした」
これで、シュガーさんを治す手立ては、手紙の要求を呑む以外に無くなってしまった。
シャロンさんも既に出立の準備は整っているようなので、一行は地図を頼りに指定された場所まで向かう事になった。




