第二十八話:新たなる世界へ
とうとう旅立ちの朝がやってきた。
俺達は、エルフの里の門の前にいる。
見送りに来てくれた人々の姿が見える。
エレナと弟子のミアと、その兄アスト、執事のザンバドさんに、メイドのルナさん、なぜか王妃のミリハさんまで⋯
「また来てくださいねユウ様」
あれ「1週間に1回は顔を見せる事!」って言ってたのに。
耳元に小声でエレナが話しかける。
「週一の密会は私とユウ様だけの秘密ですよ」
あ、そういう事ね。
エレナと交代するように、ミリハさんも俺の耳元で囁いてきた。
「エレナだけではなく、私にも会いに来てね」
ってバレてるじゃないか!
前にもこんな事があったが、もしかしたらミリハさんは人の心の中が読めるんじゃないだろうか?
機会があれば聞いてみるとしよう。
俺はみんなに手を振り、エルフの里を後にする。
エレナに馬車を準備すると言われていたのだが、断っていた。
たまには、ゆっくりと3人で景色の変化を感じながら歩きたかったのだ。
もちろん、目的地も無くただ歩く訳ではない。
ここから南に行った先に人族の街があるそうだ。
馬車で3日なので、徒歩なら10日以上はかかりそうだが、走ればもう少し早く辿り着けるだろう。
何よりも体育会系の2人は、走りたくてしょうがないお年頃のようだ。
そんなこんなで、新たなる地へと出発したのである。
エルフの里を出てから、早7日が経過していた。
走ったり、歩いたり、遭遇したモンスターをみんなで倒したり、釣をしたり、見晴らしの良いところでご飯を食べたり、野宿をしたりと、実に楽しく有意義な時間を過ごしていた。
これがほんとの冒険の醍醐味ってやつだよね!
ユイもクロも実に楽しそうだった。
たまには歩くのも良いかと思ったが、やはり馬車の方が楽なのは間違いない。
次に大きな街に寄った際には馬と馬車を購入してもいいかもね。
操縦を覚える必要はあるけども。。
道中で、いくつか錬金術に使えそうな薬草の数々をストレージに回収していたので、かなり貯まっていた。
ポーションの材料となる物や、毒消しや麻痺治しの材料まであった。
あとで整理しておこう。
「お兄ちゃん、向こうの方に村が見えるよ」
「お、着いたのか?」
遠視を使い確認する。
確かに遠くの方に村らしきものが見える。
にしても、まだまだ先なんだけど⋯ユイ、お前どんだけ目がいいんだよ。
しかし、あれが目的地なのかどうかは分からない。
エレナに教えてもらったのは、ミノールと言う村で、人口的には100人程度の小規模な集落だった。
次第に集落が近付いて来る。
そして集落の手前100mくらいの地点に辿り着いた時だった。
「止まれ!」
声を発したのは他でもない俺だ。
2人が驚いた表情をこちらに向けている。
目の前の集落の光景があきらかに異様だったのだ。
人の気配が全く感じられず、何より薄っすらと靄がかっている。
セリアが俺の中から出てきた。
「どうやら、集落全体が瘴気に侵されているようですね」
「瘴気ってなーに?」
ユイが俺の顔を見る。
いや、俺だって知らないよ。
「たぶん、体に良くないものなんじゃないか」
間違ってはいないだろう。
人の気配は感じられないが、範囲探索自体には複数の反応が確認できる。
「セリア、瘴気を吸い込み続けるとどうなる?」
村人が瘴気の中で苦しんでいるのではないだろうかと考えていた。
「瘴気の濃さにもよりますが、短時間なら問題ありません。長時間となると、身体が麻痺していき、生命力が徐々に奪われていきます。最終的には⋯」
セリアは口を紡ぐ。
俺は、恐らく瘴気を浴びてもなんとかなるだろう。
ユイには、バッドステータスを全て無効化してくれるエルフの里で購入したフルリバイバルネックレスを持たせるとして、問題はクロだな。
俺が頭をかかえて悩んでいると、肩越しに座っているセリアが耳元に顔を近付けてくる。
「魔族は瘴気の影響は受けませんよ」
「おお、なんだそうなのか」
って、あれ?
今、口に出していなかったよな?
まるで、俺の心を読んだように実にタイミングがいい。
「はい、読みました」
「な、なんだって⋯⋯読めるの?」
「はい、以前は無理でしたが、私とご主人様との繋がりが強くなったのでしょう。念話を使わなくてもお互いの心の中が分かるのは便利ですね」
おいおい、心の中を読まれるなんて、プライバシーも何もあったもんじゃないぞ。訴えてやる!
訴えた所でどうしようもないんだけどね。
「お互いのって、セリアの心情なんて分からないんだけど⋯ていうか、ご主人様じゃないからな」
「私は、普段は無心ですので」
「それは、俺の方が一方的に心を読まれるって事じゃないか⋯」
「うふふ」
はぁ⋯
まぁ嘆いてもしょうがないか⋯話を戻そう。
2人が安全なら取り敢えず大丈夫だ。
セリアも俺の中にいれば安全みたいだしね。
俺が先頭で、集落の中に入っていく。
範囲探索には、数人の反応がある。恐らく村人の生存者だろう。
靄がかっており、少し先でも見えない状況だった。
それでも範囲探索を頼りに、1人の村人の前まで辿り着いた。
まだ子供のようだ。
容体を確認すると、衰弱、麻痺、毒の3つのバッドステータスになっている。
すぐに治癒と状態回復を使用する。
以前として意識はないままだが、ステータス欄からは、状態異常の項目は消えているので恐らくもう大丈夫だろう。
「大丈夫そう?」
心配そうなまなざしで俺の顔を覗き込むユイ。
「ああ、もう大丈夫だ。さぁ、他の村人も助けるぞ」
「うん!」
俺は、その子を抱えて集落の中へと進む。
道中に何人か倒れている人を見つけては、治癒と状態回復を使用して治療にあたる。
相変わらず意識までは回復しないが、大丈夫だろう。
全員抱えて歩くわけにはいかないので、壁にもたれ掛けさせる程度しか出来なかった。
はやく、この原因となっている正体を突き止めないと、本当に死者が出てしまう。
ていうか、今でもギリギリの状態なのだ。
今の所、俺のステータスに変化はない。
クロももちろんだが、ユイも平気そうだ。
「二人とも何か身体に異常があったらすぐに言うんだぞ」
「うん、分かった。今のところは何ともないかな。少しお腹が減ってるくらい?」
「⋯ユイの大物振りには毎度尊敬するよ⋯」
「異常ない」
「おう」
そのまま進んで行く。
やがて範囲探索に反応が6つある建物の前まで来ていた。
外見からするとどうやら教会のようだ。
中へと入る。
中へ入るな否や暖かさと心地良さを感じた。
”結界Lv1を獲得しました”
何かスキルを覚えてしまったが、恐らく獲得したスキルがこのエリア一帯に展開されているのだろう。
そのまま視線を真っすぐに向けると、視界の先に複数の生存者がいることが確認出来た。
この村に入って、意識を失っていない初めての村人だ。
「まだ外に動ける方がおられたのですね。早くこちらへ、この中なら安全ですよ」
名前:リターニア・エストック
レベル:25
種族:人族
職種:聖職者
スキル:治癒Lv2、状態回復Lv2、結界Lv1
この結界の発動者はどうやら彼女のようだ。
しかし、見た目からして、かなり疲労している。
今、この場には俺達を除けば6人いるのだが、かろうじて意識はあるが、皆絶望に伏した顔をしている。
「あんたたち、ミノールの住人ではないわね」
声を発したのは、村人の1人だ。
「ええ、先ほどここに到着した冒険者です。一体この村で何が起こっているんですか?」
「私たちにも分かりません⋯それにこの村に入るともう外に出る事は出来ません、何か強力な結界に阻まれているようです。なので、解決策が分からない以上、いずれ訪れる死を待つだけなんです⋯」
表情と雰囲気でなんとなく状況は理解したが、外に出れないとはどういう事だろうか。
リタさんと、この場にいる村人の話だと、この瘴気が発生したのは2日ほど前だ。
最初はもっと薄かったので、身体に対する害もほんの少しの違和感程度だったのもあり特に気にしていなかったようだ。
最初に違和感を感じた症状は、息切れや目眩等の軽いものだった。
異変に気が付いたのは今朝の事で、瘴気から逃げようと村人が村から出ようとした時に何かに弾かれて村の外に出れなくなっていたのだ。
既に瘴気が発生してから丸一日が経過していた。
時すでに遅く、ほとんど村人がまともに動く事すら出来ない状態だった。
たまたま教会にいた者だけが、リタさんの結界のおかげで、瘴気の影響を受けずに済んでいるらしい。
だいたいの状況は分かった。
しかし、こうなってしまった原因は誰も分からないようだ。
どちらにしても、まだ外で苦しんでいる者がいるかもしれない。原因も追及する必要がある。
俺は、リタさんに魔力注入を使う。
魔力注入は、物に魔力を付与するだけではなく、生き物にも自身の魔力を分け与える事が出来る。
これで、魔力の枯渇は防げるだろう。
「原因を調べてきます」
それだけ言い、教会を後にする。
時は一刻を争う。
幸いこの集落はそこまで広くはない。範囲探索で全て把握するのにそんなに時間は掛からないだろう。
駆け足で生存者がいないか確認しながら原因の調査も同時進行で進める。
ユイとクロには何か不審なものがないか探してもらっている。
探索なら、俺よりもユイたちの方が得意だろう。
そうしてすぐに村全範囲を把握する事が出来たので、倒れている一人一人に治癒と状態回復を施していく。
これだけでどれくらい持つのかは分からないが、今は持ってくれる事を信じるしかない。
その時、範囲探索に妙な反応があった。
赤い点なのでモンスター反応のようだ。
すぐに反応がある場所へと急行する。
そこは、どうやら村はずれの見えない結界の境界辺りだ。
かろうじて、こちらの攻撃は届きそうだな。
名前:魔瘴の玉
鑑定でも名前しか出てこない。
一体目の前の物体はなんだ?
直径2m程の表面がゴツゴツした歪な球体が宙に浮いている。
だが、コイツが瘴気を発生させているのは一目瞭然だった。
時折、プシューという音を出して全方位に向かって何やら噴き出している。
「取り敢えず、考えるのは後だ。消滅させるぞ」
そう思い、天に杖をかざした、まさにその時だった。
高速で近付く反応が2つ。
ハッとすぐに周りを見渡すが、何も見えない。
俺たち以外の姿はなかった。
瘴気のせいで見えないだけだろうか?
「お兄ちゃん!上から何かくる!」
ユイが指し示す虚空を見上げると、そこには上空から飛来し俺たちを睨みつけている存在があった。




