第百十七話:大聖堂の聖女
「サーシャ様!」
開堂前にも関わらず今日も大聖堂で私の治療を待つ数多の人の列が出来ていた。
私は、サーシャ・ユーシェン。
このモルトトの大聖堂で聖女をしている。
当初は、勇者を目指すべく来る日も来る日もその修行に明け暮れていたのだけど、才能がないと分かり、今度は聖女になる為の修行を・・。
そんなこんなで、この地で聖女をしているわけだけども。
軽快にドアを叩く音が聞こえる。
「はい、今行きます」
私はネグリジェから聖女の服装に着替える。
初めの頃は、着替えるのも何をするにも侍女にさせるという風習があった。
誰が自分の着替えを他の人になんて・・考えただけでも恥ずかしい。そんなの私には無理ムリ。
即刻廃止にさせてもらった。
自分の着替えくらい自分でしなさいよね!
そう、聖女になった私はそれなりに権利があるようで、このモルトトの政治にもそれなりに影響を与える事が出来る。
私が聖女になって既に7年の歳月が流れていた。
当時に比べれば、この国の治安は・・うん、だいぶましになったと思う。
でもまだまだ治安は悪い。
私のこの力で、この国を変えたい。
7年前からその気持ちは変わっていない。
しかし、最近はこの私の存在を疎ましく思う連中の仕業で、暗殺者なんてものも何度か送り込まれたりした。
そんな原因を作ってしまったのも私なんだけどね。
私は、勇者の里に生まれた。
幼い頃から勇者になるべく英才教育を受けさせられた。
しかし私には勇者となるべく為の戦闘能力は無かった。
生まれ持っての才能なんてものはもちろんなかったけど、厳しい厳しい英才教育でもそっち方面の才能が開花する事はなかった。
たった一つだけ、私には生まれながらの才能?があった。
それは、癒す能力。
物心つく前から治癒を使う事が出来た。
本来ならば、厳しい修行を経てやっと習得する事が出来るんだけど、私はそれをなんの苦労もなく習得していた。
周りからは、勇者の才能がないと思われてからは方向転換させられ今度は聖女になるべく教育させられた。
来る日も来る日も聖女になるべく、治癒を繰り返す毎日。
総魔力量の底上げ目的で魔力を枯渇寸前まで使う訓練もした。
しかし、その反動で何度も気を失った。
でも当時の私は周りの期待に応えようとただがむしゃらに厳しい特訓に耐えていた。
そんなある日ポッキリと私のやる気という名の糸が折れてしまう出来事が発生した。
離れて暮らす両親の訃報が届いたのだ。
勇者の里は、選ばれし才能を持った者しか暮らす事が出来ない。
当然、実の両親でさえ一緒に暮らす事は出来ない。
私は時折手紙で連絡を取り合っていたんだけど、私が成長していく様を報告するのが何よりの楽しみだった。
その為だけに頑張ってきたと言っても過言ではないほどに。
しかし、その便りを出す相手が居なくなっちゃった。
何もかもやる気が起きなくなっちゃったわけ。
そんな私に再び活力を取り戻させてくれたのは、私の唯一の親友のリンだった。
私たちが親友なのは、同い年で同郷の出だったからに他ならない。
つまり、ここに連れて来られる前から親友だった。
この里は、強くなる為以外の事は何もやらない。
関係ない事は一切行わない。
そんな中で生活していけば、そりゃみんな性格は捻くれもするわ。
同世代の子供達は誰でもしているような遊びの類も一切禁止だった。
そんな暇があれば、修行修行修行だった。
そんな事もあり、当然の事ながら友達なんてものは、結局一人も出来なかったなぁ。
ま、私にはリンが居たからそれだけでいいんだけどね。
私が12歳になったある日、私の聖女としての配置先が決まったとかで、イキナリ勇者の里から連れ出され、このモルトトに飛ばされた。
リンとは、まともに別れを告げる時間すらなかった。
今も勇者の里で修行しているのだろうか?
会いたいな。
でも私はこの国から外に出る事は禁じられている。
聖女って、その国の国宝なんだって。
だから、おいそれと外に出られない。
常に監視の眼があり、何処に行くにしても見張りがいる。
正直うっとおしい。
勇者の里にいた頃に比べれば自由だし、全然ましなんだけど、年頃の女の子だよ?
私だって一度くらい人生を謳歌したいわけで。
見張りは、この国で一番強いとか威張ってるオジさんだし。どうせなら白馬の王子様・・は高望みしすぎか。王子様が聖女を護るのもおかしな話だもんね。
そんなわけで私のストレスは日々溜まる一方なんだよね!
私は扉を開ける。
待っていたのは、侍女のエインさんだ。
私より10歳年上の姉さん的存在のキレイな人。
「おはようございますサーシャ様」
エインさんは、深々と頭を下げている。
私も挨拶で応える。
「おはようございます、エインさん」
「今日もたくさんの方がお見えになってますよ」
「うーん、毎日毎日何十人も治療しているのに一向に減らないですね」
「サーシャ様が来られてからというもの、噂を聞きつけた人々が些細な怪我でも直してもらうべく集まっているのですよ」
「うん、私頑張るね」
「元はと言えば、サーシャ様がどんなケガでも治癒しますと公言なされたのが原因でもあるんですよ」
「だから頑張るって!」
元々は、聖女自らの治療は、命に関わる案件だけだったんだけど、より多くの人を救いたいじゃない?
どんな事でも、最初って突っ走っちゃったりしない?
だから、法改正しちゃったわけなんだけど、その日以降毎日捌ききれない程の人々が大聖堂に押し掛けてる。
この大聖堂には他に治療にあたっている聖職者の人が3人いる。
みんな使える治癒のレベルは1なので、簡単な治療しか出来ないのだけど、たくさんの人達を治療しなければならないこの状況は、それこそ猫の手も借りたい程。
ちなみに私が使える治癒のレベルは4。
最大レベルは5らしいんだけど、治癒Lv5を使える人なんて見た事がないし、たぶんだけど存在しないんじゃないかな?
誰もが知っている大聖女と呼ばれていたミハエル様でさえ治癒レベルは私と同じ4だったらしい。
だから私が使える治癒が今のこの世界での最高レベルの治療なんだと思う。
でも相応に魔力を消費するんだよね。
だから、些細なケガなんかで高レベルの治癒なんて使ってたら魔力がすぐに枯渇しちゃう。
症状に応じて使い分けてるんだけど、2時間治療して1時間の魔力休憩をして、これを1日3回繰り返す。
私には消費魔力を半減させる効果の魔導具を渡されている。
そのおかげで普通の人よりも多くの治療が出来ている。
大聖堂内はいつもと変わらない。
用意されたいつもの場所のいつものイスに腰掛ける。
その前にはたくさんの人の行列。
いつもと変わらない光景。
さて、今日もお仕事頑張ろう。
私は一人一人順番に治療を施していく。
「聖女様ありがとうございます」
お礼を言われるのは嬉しい。
だけれども就任当初は、今まで感謝される事なんてなかったので、何処か気恥ずかしさを感じていた。
でも感謝されるばかりではない。
私にも治療出来ない人はいる。
重い病で既に死に瀕している人や部位欠損など。
指先だけなら治す事は可能だけど、腕や足全部となると治せない。
精々止血がいいところ。
そういう時は、罵声を浴びたりしている。
だって私は神様じゃないんだもの!
治せないものは治せないんだよ!
最初は恐怖心もあった。でも今ではもう慣れっこだ!
どんなやつでもかかってきなさい!
朝から夜まで治療のお仕事。
治療の日はそれ以外の事をする元気は残っていない。
かなりのハードワーク。
正直すぐに慣れるよ。なんて甘く考えていた私。
うん、慣れたよ?
でも余裕が出てきたら結局その余裕分まで頑張っちゃうんだもん。捌ききれる数がどんどん増えていくだけで結局いつもヘトヘト。
終わるとベッドへ倒れ込む生活を何年もしている。
今日もいつものように疲れ果ててベッドでスヤスヤ寝ていたら誰もいない部屋の中で物音が聞こえた。
私は物音で目を覚ました。
目の前に複数の影が見えた。
「誰?」
「起こしてしまったか。まあいい。大人しくしていろ。悪いようにはしない」
「普通なら叫ぶところなんだけど?」
「俺達にはお前が必要だ。願いを聞いてくれたらすぐにでもないの解放する」
うわ、なんか誘拐の常套句言われたよ!
どうしよう。口を塞がれるよりも先に叫ぶくらいは出来ると思う。
だけど、この人直感だけど悪い気がしないんだ。
取り敢えず、コクリと頷き言う通りにしてみることにする。
うん、分かってる。
自分がドが付くほどのお人好しだって事を。




