第3話 槍を始めました
俺は前世で病気のせいで辛い思いをし、今世でもキツい辛いトレーニングをしている。
たまにそこまで自分を追い込まなくてもと思ったりするが、
俺の夢のために必要なことだと毎日続けている。
前世でやりたくても出来なかったことを全部してみたい、それが俺の夢だ。
剣道や柔道、フェンシングとかもやってみたかったし、
野球選手、アメフト選手などにもなってみたかったし、
テレビで世界遺産をみては、直接行ってみたい、
グルメ番組を見ては食べてみたいと常々思っていた。
まあアルガルド大陸では野球やアメフトなんてないだろうけど。
とりあえず目下の目標として成人したら、
足の向くまま気の向くままアルガルド大陸を旅しようと思う。
この異世界は地球と違って危険が一杯ある。
魔物と言われる人類の敵もいる。
俺はまだ見たこともないが、やつらはにとって人間は食料らしいので、とても忌み嫌われている。
それに盗賊や強盗も多いみたいだし、それらを対処するにも強さがいる。
というわけで、地球より命の軽いこの世界で、生きていけるように、今日もまたトレーニングをするというわけだ。
俺は5才になり、トレーニング内容が増えた。
なんと槍の練習が今日から始まるのだ!なぜ剣でなく槍かって?
そんなの決まっている、俺は剣より槍の方が好きだからだ。
神話にあるブリューナクとかゲイボルク、グンニグル、
その性能だけでなく、名前だけでも俺の琴線をビンビンに震わせてくれる。
それに基本、武器とはロングレンジであるほど有利だからだ。
剣と槍、どちらが強いと言われれば、まあ状況次第というのもあるのだろうけど、
普通は間合いの差から槍が有利になる。
戦国時代の武将たちの近接武器のメインウェポンが槍だったことを考えても、間違いないはずだ。
まあ本当に殺傷目的だけを主眼においたら、弓になってしまうのだろうけど、
弓は覚えるのも難しいだろうし、5才の俺では弦を引くのも無理だろう。
とはいってもいずれは弓も剣も覚えるつもりでいる。
男爵である父親のコネを使い、槍をメインで使う人を紹介してもらった。
剣が得意である父親は剣を習えとごねていたけど、剣もそのうち習うからと言って認めてもらった。
父親が紹介してくれた人は声も体も大きくて、
俺が普通の子供だったら漏らしていたぞってくらいの偉丈夫だった。
赤銅色の肌にロマンスグレー、顔に腕、足に傷跡があり、まさに武人という感じがする。
「お前がジェノンか。今から槍を教えるグランだ。俺のことは先生と呼べ!」
「はい!グラン先生!」
俺は勢いよく返事をする。
ビックリしたような顔をするグラン先生。いったいどうしたのだろうか?
「先生、どうかしましたか?」
「ん、ジェノン坊、お前は俺が怖くないのか?」
そりゃ怖い怖くないっていったら、怖いに決まっている。
どう見ても身の丈2mぐらいあるし、目付き鋭いし、全身傷跡だらけだし。
正直やくざと喧嘩した方が100倍ましだと思うほどの威圧感だ。
だが俺は中身が大人なので耐えられるし、
それにグラン先生には怖さだけでなく、
よく見ると目の奥には俺を気遣うような優しさもかいま見える。
まああれだ、第一印象で損をする典型的なタイプだ。
「いや、怖くないですよ」
「なんだと!珍しいやつだな。ふふふ、そうかそうか。」
俺の言葉を聞いて心底驚いたという顔をした後、思いっきり破顔した。
なんかめちゃくちゃ嬉しそうだ。
「どうしました?」
「ゴホン!いや何もないぞ。よし、ではまずこれを使え。」
先生は咳払いをすると俺に先が尖った木の棒を渡す。
受け取った木の棒は俺の身長よりちょっと長いぐらいだ。
子供用に削ってくれたのだろうか?やっぱり優しい人だ。
持ってみると以外に重い。
「よーし、では早速やるぞ。まずは基本の突きを見せる!よく見ておけ!」
中段に構え、裂帛の気合いと共にまっすぐに槍を突き出す。
そして構えて突くを数度繰り返した。
無駄のない構えから、まったくぶれない槍筋、突きはとても鋭くて速い。
武人の動きというのは一種の芸術だと思う。
動作一つ一つがとても美しい、思わず見とれてしまった。
《達人レベルの槍の動きを確認 強化知識に取り込みます》
!なんだ、これ!?
また急にアナウンスが流れる。びっくりして思わず辺りを見渡してしまう。
これ急だから本当にびっくりする。
「こら!ちゃんと集中せんか!」
「すみません!」
おっと、怒られてしまった。すごく気になるが、今は時間がない。
とりあえず俺の能力のことは後で考えよう。
こちらに集中しないと、指導してくれている先生に失礼だしな。
「まずはこれだけでいい、この突きを覚えろ。基本が出来んやつはなにも出来んからな。」
先生は俺に槍の構え方、突き方を懇切丁寧に指導してくれる。
魔力枯渇のせいで、動きは遅いし、体もいうことを効かないけど、
さきほどの先生の動きをイメージして、一回一回丁寧に槍を突いていく。
「その感じだ。その感覚を忘れるなよ。」
「はぁはぁ、はい!」
「よし、今日はこれまでにする、俺も忙しいからそう見てはやれんが、上達したかったら毎日繰り返しておけ。また時間出来たら見に来てやるからな。」
「はい、わかりました!ありがとうございました。」
息も絶え絶え、槍で体を支えないと立ってもいられないけど、俺は笑顔で応える。
楽しい!体を使うことってこんなに楽しいんだ。
俺は今、生きていると実感している、転生してよかったと心から思えた。