第5話 初めてのお仕事は
ギルド登録を終えた俺は、どうせだからとついでに見習いの仕事をすることにした。担当は引き続きマリーさんだった。彼女が俺に斡旋してくれた初業務は、ギルド所有の薬草畑での農作業、肉屋での解体作業、食堂での薪割りかそこの給仕の四種類だった。
これを聞いて俺は、見習いは仕事を選べず、ギルドから直接斡旋してもらう理由が何となくわかった。まず薬草畑での作業、これは実際に薬草に触れることで、その取り扱い方や見分け方がわかるようになる。肉屋での解体は、動物や魔獸を解体させることで、その体の構造を知り、弱点や狙っていけない固い部位などの把握、そしてお金になる希少部位の解体方法、そして解体自体に慣れさせることが目的だろう。
食堂の給仕は、その食堂にやってきた人と交流させるのが狙いなのだろうか。先輩冒険者からは冒険者の心構え、魔物の習性や武器の使い方など、商人からは、他国や他の町・村の情報、そして地理や風習など・・・それらを聞こうと思えば、いくらでもそこで聞くチャンスがあるはずだ。例え会話をしなくても、そういった人らの話を聞くことは、きっと将来、自分の血肉になる。
薪割りは筋力・耐久力の強化があげられる。実際ボクシングの偉大なるヘビー級チャンピオン、ジョージ・フォアマンもこの薪割りをトレーニングに取り入れていることで有名だ。
多分、食堂も肉屋も、薬草畑と同じで、冒険者ギルドの息がかかった、協力店なのだろう。こうやって冒険者ギルドは、見習い冒険者にそういった知識を自分で取り込むよう、自然と実地経験させることで、大事に、だけど過保護にはならないように、うまく育てているのだろう。
冒険者ギルドというのは、ギルド会員を大事に育成していると思う。子供の俺にも真摯にきちんと対応してくれていたマリーさんからも、それがよくわかる。俺は初めて冒険者ギルドに来たわけだが、その誠実な態度にとても好感を持った。
さていつまでも冒険者ギルドのことを考えていても、仕方がない。俺は気分を変えて、初仕事に向かうことにした。
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俺は初仕事に薪割りを選択した。選択したといっても、特に意識して選んだ訳じゃない、言葉は悪いが適当にってやつだ。というのも俺の見立てでは、ギルドは見習いの学習のために全種類させるはずで、最終的な結果はどれを選んでも同じになる、そこにあるのは遅いか早いかの違いでしかない。どうせ全部の仕事をやるんだし、どれからでもいいかと適当に選んだ結果が、薪割りだったというわけだ。
さて目的の食堂についた俺は、外から中を覗く。食堂は昼の繁盛期を過ぎて、少し閑散としていた。開きっぱなしの扉を抜けて中に入る。食事をしていたお客が、店内に入ってきた俺に、チラッと視線を寄せてきたが、すぐに興味を失ったのか、また食事に専念しだした。俺はカウンターから見える厨房にいる店主だろう男性に向かって声を掛けた。
「ごめんくださーい、薪割り業務をするため、冒険者ギルドよりこちらにやって参りました。見習いのジェランと申します」
深鍋を緩くかき混ぜていた男性がすぐに俺の挨拶に気付くと、カツカツと勢いよく厨房から飛び出してきた。
「おぉ、そうか。俺はこのドラガン食堂の店主のドラガンだ、よろしく頼む。早速だがこっちに来い」
捲った腕が逞しい、声の大きな普人族の年の頃50才ぐらいの男性店主。ドラガンさんは俺の肩をガシッと掴むと、有無を言わせず厨房の裏にある小さな庭に俺をつれてきた。
「ここが仕事場だ、ここにある丸太を薪にしてくれ」
ドラガンさんが指差した倉庫の中には、まだ薪になっていない山のように積み上げられた大量の丸太が置いてあった。ドラガンさんは両手で丸太を抱えると、薪割り場に丸太を置き、倉庫においてあった手斧を両手で持ち、丸太を割り始めた。
足を広げ、腰を落とし、背はまっすぐ、その体勢から両手で手斧を振り上げ、体全体を使いながら、ふっ!と息を吐きながら一気に振り下ろす。振り下ろされた手斧が勢いよく丸太に食い込む。カツッ!と心地よい音が響く。食い込んだ手斧を引き抜き、再び振り上げ、勢いよく振り落ろす。それを数度繰り返すことによって、丸太が真っ二つに割れた。その片割れに再び同じ作業を繰り返すドラガンさん。
段々と手際よく丸太が、薪に変貌を遂げていく。ドラガンさんは、その細かく切り分けられた薪を、倉庫の空いているスペースに放り投げていく。
「やり方は覚えたか?もう一度やろうか?」
その問いに俺は大丈夫ですと応える。
「そうか、手斧はそこに三種類ある、自分の体力にあったのを使え。何かわからんことがあったら、厨房にいるから聞きに来い。じゃあ俺は仕込みがあるから厨房に戻る」
ドラガンさんが指差した先に、手斧が二本、立て掛けられてあった。ドラガンさんはその横に自分が持っている手斧を置くと、かき混ぜていた鍋が気になるのか、足早に店内に戻っていった。
一人残されは俺は、さてやるかと呟き、まず丸太を薪割り場に運ぶと、次に手斧を選ぶことにした。俺は手斧を順に手に取り、その中で最重量の手斧を選んだ。重いのを選んだのは、そちらの方が威力が高いので、その分仕事も捗るだろうと思ったからだ。
だが高重量な程、振り上げるのも、狙い通り手斧を振り下ろすことも難しくなり、体力の消耗も激しくなる。だけど俺の膂力・体力は、自分でいうのもなんなのだが、常人を遥かに上回る。実際、ここで一番重い手斧でも、俺にとっては片手で楽に振り上げられるレベルだった。
とりあえず俺もドラガンさんに倣い、丸太割りから始めることにした。手斧を両手で持ち、丸太に振り下ろす。振り下ろした手斧は丸太を容易に切り裂くと、ドカン!と激しい音を立てて、その下にある薪割り場に深々と食い込んだ。
そして二つに割れた丸太が、その衝撃で勢いよく二手に別れ、物凄いスピードで左右に飛んでいった。やべぇ!軽くやったつもりなのに、想像以上に勢い余ったようだ。もっと弱くやらなければ。
真っ二つに飛んでいった丸太を拾った俺は、再度薪割りに挑戦することにした。俺の場合、もっと優しく降り下ろさないと駄目なんだ。先程の失敗からそれを学んだ俺は、今度は力を抜いて軽~く手斧を降り下ろした。するとそれが功を奏したのだろう、カツッと小気味良い音を立てて、手斧の刃先部分が丸太に食い込んだ。
よし!成功だ!このぐらいの強さが妥当みたいだ。力加減を掴んだ俺は、次々に薪割りを始めた。一心不乱に倉庫に積み上げられていた丸太を薪に変えていく。半分ほど丸太を消費し、薪を大量に作ったところで、俺は手斧を倉庫に立て掛けた。
手斧を手放したのは決して休憩ではなく、ちょっと試してみたいことを思い付いたからだ。俺はその思い付きを試すべく、先程武具屋でもらった魔銀製のダガーを鞘から引き抜いた。引き抜いたダガーの刃身は、摩銀の特徴である緑銀色の光沢があり、とても美しかった。
俺はその魔銀のダガーに魔力を通す。魔銀は魔法の発導体にもなるぐらいだから、魔力との親和性がとても高い。それを証明するように俺が魔力を通すと、抵抗もなく魔力が刃先にまでスムーズに行き渡った。これが鉄や銅ならこうはいかない。魔銀とは違い、魔力を通そうとすると、押し返すような抵抗があるのだ。
そして俺はその魔力を込めたダガーを、軽く丸太に押し当ててみた。刃が何の抵抗もなく、丸太に沈んでいく。力など込めてないのに、ダガーと腕の重さだけで、そのまま丸太を切断した。魔力を通したせいもあるのだろうけど、それにしても恐ろしいほどの切れ味だ。武具屋の店主の腕が一流であることがよくわかる。
俺はダガーで切った丸太の切断面を確認した。ささくれもないサンドペーパーで磨いたように滑らかな断面だった。俺の実験は大成功だ、手斧で一回一回丸太を割るより、こちらの方が仕上がりもいいし、作業速度も格段に早い。というわけで、残りはダガーでやることに決めた。
問題は魔力を使うということだが、俺の場合、魔力が有り余っているし、その上、この程度なら、魔力を失うスピードより回復するスピードの方が早いので、何ら問題がない。俺は手っ取り早く作業を終わらすため、ダガーで薪割りを始めることにした。
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程なくして倉庫にあった丸太が全て薪に変わる。仕事を終えた俺は、大きく伸びをし、中庭から厨房に戻る。厨房ではドラガンさんがフライパンで何かを炒っていた。腹に響く炒める音と香りが、作業が終わって空腹になった俺を刺激する。
俺は調理の邪魔をしないよう、厨房の隅で終わるのを待つことにした。カシャカシャとフライパンを前後に振る度、食材が勢いよく空中でひっくり返る。激しい動作だが、食材の取りこぼしなどは一切なかった。
そのミスのない機械のように正確な動き、素晴らしい手際のよさに、ドラガンさんが腕利きの料理人であることがよくわかる。
やがて料理が出来上がったのか、ドラガンさんがフライパンから皿へと食材を盛り付けた。どうやら野菜炒めらしい。色とりどりの緑黄色野菜が、タレに絡められ、ツヤツヤに輝いている。俺はその美味しそうな見た目と香りに、思わず唾を飲み込んだ。
「ジェラン、薪割りはどうした?」
俺に気づいたドラガンさんの顔が険しい、声は叱責のような厳しい声だった。
「もう終わりましたよ」
「何!?まだ始めたばかりだろーが!そんなわけあるか!それにお前、途中から薪を割る音もしなかったじゃねえか、嘘つくならもっとましな嘘をつけ」
「嘘つきよわばりとは心外ですね・・・見ていただけたらわかると思います」
ドラガンさんの顔が険しい、どうやら俺が途中で仕事を投げ出してきたと勘違いしているみたいだ。
「よし、確認する。着いてこい」
「えっと、それはいいのですが、この料理はどうするのですか?」
「おっと、そうだった。サーラ!料理が出来たぞ。ここに置いておくから、持っていけ」
ドラガンさんはカウンターに料理を置くと、テーブルに座っていた女性に向かって、カウンター越しから、料理を取りに来るように指示をした。俺がここにきたときはいなかったので、その後に来た客だろう。テーブルにはもう一人、女性が座っていて、ドラガンさんの行為に仕方ないなぁといった表情で頬杖をついていた。
「はいはい、じゃあ貰っていくわよ」
それを聞いたドラガンさんは、いくぞと俺に向かって声をかけると、中庭にツカツカと歩き出した。俺も無言でその後に続く。
「馬鹿な・・・信じられん」
中庭で丸太が全て薪になったのを確認したドラガンさんは、驚きにより呆然自失になったのか、それだけ言うと固まったまま、しばらく動かなくなってしまった。俺はそんなドラガンさんに向かって、静かに声をかける。
「信じてもらえましたか?」
「お、おい!ジェラン。お前どうやってこんな短時間で薪割りを終わらせることが出来たんだ?」
「どうしたと言われても、普通に薪を割っていただけですが」
「うーむ、どうやったらこんな短時間で終わるのか?・・・しかも全部とは・・・信じられんが、目の前でこれを見たら、信じざるをえんな」
まあ普通にって説明したけど、実は途中で空中に丸太を投げて、地面に落ちるまでに何回切れるかという遊びをしていた。そのせいで思っていたより、時間がかかってしまった。ちなみに空中切りの記録だが、十四回まで切ることが出来た。これがすごいかどうかはわからないけど、地球ならギネス記録になるだろうと思う。
「すまん、本当に終了していたのだな。疑って悪かった」
ドラガンさんが俺に向かって、頭を下げる。それを見て俺は、この人は良いも悪いもまっすぐな人だということがわかった。
「いえ、別に怒ってませんし。信じてもらえてよかったです」
「そうか、そう言って貰えると助かる。詫びといってはなんだが、俺の飯を食っていけ、無論奢りだ」
「いいんですか!」
俺はお腹が減っていたので、その提案に飛び乗った。
「おぅ、もちろんだ、何か希望はあるか」
「そうですね、肉を使った料理がいいです」
「肉・・・か、よし、任しておけ」
俺のリクエストを聞いて、空中に視線を移し、少し思案していたドラガンさんが、何か自慢の肉料理を思い付いたようで、自信満々に俺に向かって力こぶを見せた。




