幕間1 ワシと小僧
客が途絶え、店に暇な時間がやってきた。その時間を有効利用しようと、少し店内の整理でもするかと考えていたとき、その小僧はふらっと店内に入ってきた。
ワシの店、マッカラン武具店は、ファイマでもそこそこ有名な武具店で、祖祖父、祖父、ワシと三代続いている老舗武具店だ。
店の武器や防具は、そのほとんどが鋳造でなく、鍛造で作成しており、鍛冶師の拘りと誇りを込めた、どこに出しても恥ずかしくない自慢の逸品ばかりだが、その分、価格もそれなりにする。
そんな店だから、来店するほとんどの者は、金を稼いでいる一流の冒険者、それなりに名のある武人、若しくは金を持っている貴族や大富豪が多い。
だからふらっとやって来たその小僧を見て、ワシは一目で冷やかしだと思った。のほほんとした優しく平凡な顔立ち、ごくごく初心者の武具、腰にショートソードこそぶら下げているが、とてもじゃないが荒事をしそうな雰囲気は感じ取れないし、金があるようにも見えなかったからだ。
最初入る店を間違ったのかと声を掛けようと思ったのだが、小僧はさっと店内を見渡すと、ワシが声を掛ける前に、ショートソードが陳列された場所に陣取り、ショートソードを手に取り始め、一本一本真剣な表情で確認し始めた。
その顔は先程の平々凡々とした顔とは大違いだ。初心者、しかも子供だろうに真剣に丁寧に選ぶその様に、ワシはこの小僧がすっかり気に入った。このぐらいの年齢の子供は、武器に憧れがあるのはわかるが、扱いは雑だし、回りを確認せずに、ふざけてすぐに武器を振り回したりする者が多い。
だがこの小僧は違う、武器の危険さや造り手に尊敬の念を持っていることが、その行動から分かる。それはワシら、鍛冶師にとって、とても好ましいものだ。
そんなワシの思いを知ってか、小僧は礼儀正しくワシに素振りの許可を求めてから、回りに誰もいないのをきちんと確認し、素振りを始めた。その素振りを一目見て、ワシは驚きを隠せなかった。その素振りは鋭く剣身すら見えなかったのだ。無駄もなくブレもない美しい所作、断じて初心者の動きなどではない、あの小僧が見せる素振りは、もはや只の素振りではない。あれはひとつの技だ、鍛え抜いた武人が見せる技だ。
ワシの目も節穴になったものだ。武具を造り販売する者として、ワシは数多くの武人と接してきた。だから武人の持っている雰囲気で、どの程度の力量が持っているか、商売柄何となく分かる。だがワシは、この小僧の実力をまったく見抜けなかった。ここまで予想が見事に外れたのは初めてだ。
ワシはここにきて俄然、この小僧に興味を持った。一体、この小僧は何者なのだろう?外見や雰囲気は完全にただの子供だ、だがそれとは正反対に大人顔負けの高い実力、どこぞの名のある武人?それとも小人族なのだろうか?だが小人族の身長は100cmに満たないから、この小僧は流石に違うだろう。
そして小僧はそんなワシの胸中など知ってか知らずか、一本のショートソードを手に取り、剣身を確認すると、今までと違う何とも不思議そうな表情を見せたかと思えば、すぐに嬉しそうな表情に変わった。
ワシはその表情を見て、ソイツを選んだのか!と、今度こそ驚きを嬉しさを隠せず、黙って見ているつもりだったのに、思わず小僧に声を掛けてしまった。
「ほぅ、ソイツを選んだか・・・小僧、面白いな」
本当に面白い、今までこのマッカラン商店に来て、あのショートソードを手に取った者は少なからずいたが、誰も彼も、ちらっと確認するとすぐに興味を失う者ばかりだった。それはそうだろう、見た目は完全にただの低品質の錆びた鉄のショートソード、だからこのショートソードに興味を持つものなどいるはずもない。
だがこの小僧は違った、選んだ理由を問うと凄みを感じると、はっきりと気に入ったと言ったのだ。しかもこのショートソードを小太刀と言い切った。
刀はその美しさや斬れ味と引き換えに、重く耐久性が悪い、マドカでしか作られないことから、値段も高いし、壊れた時に修理出来る鍛冶師も少ないという理由で、かなり前から流通が廃れてしまっている。だから刀を見たことがないという者が多い。
今や刀を求める者は、その美しさに魅了された商人や貴族がほとんどだ。本来の武器とは違う目的に使用されるのは、やはり無念ではあるが、例え美術品としても買い手がいるというのは、刀鍛冶師の技術が守られるということで、それは一人の鍛冶師として何とも喜ばしいことだ。
この小僧は本当に武具に興味があるのだろう、何気ない武器を扱っている仕草から、それが分かる。ワシはその小太刀をショートソードと言った理由を教えてやると、小僧はなんとも寂しそうな表情をした。どうもこの小僧は刀に思い入れが強いみたいだ。何か思うところがあるのだろうか?
だがそれよりもワシが気になったのは、小僧の一言だった。材質は何か?と・・・小僧は確かにそうワシに問うた。
その瞬間、ワシはとうとうこの小太刀の価値がわかる人物に出会った喜びに、心の中で喝采をあげた。実はこの小太刀、見た目は錆びた鉄だが、その材質は鉄ではない。青龍の牙で造られた、世にも珍しい幻の小太刀だ。その価値は計り知れない。
青龍、アルガルド大陸に住む者なら誰もが知っている、神の遣いとも言われている伝説の神獣、噂ではその牙と爪はどんな固い物でも砕き、その息吹きは、一息で千の魔物・人間を屠ることができるという。
そしてこの小太刀にこびりついた赤い錆は、実は錆などでなくその正体は青龍の血だ。青龍の血痕がびっしりとこびりつき、それが錆に見えているのだ。青龍の血というのは液体の状態だと薬にもなり、毒にもなり、噂では霊薬の材料になるとも言われている。まあそこは専門分野でないので、ワシも詳しくは知らないが、わかっていることは、どんな方法を用いても、この乾いた血の痕を消すことは出来なかったということだ。
研磨すれば血痕も落ちそうなものだが、流石に龍の血といったところか、その研磨すら難しい。これでもワシが先代から譲り受けてから、大分研磨して血の痕を減らし、研いで切れ味を高め、ここまでの出来に仕上げた。
しかもこれはワシだけの力でない、先々代から先代、そして三代目のワシと、長い時間掛けてようやくここまで仕上げたのだ。
とはいってもまだまだ売り物にならないぐらいの酷い出来だ。だから小僧にいった魔銀との対比に使っていると言うのは、ある意味本当のことだ。だが本当の真実は、それは盗難防止の為だ。この見た目が悪い青龍の小太刀でも、後生大事に金庫にしまっておくと、盗みに入った者からすれば、金庫にしまってあるぐらいだから、なにかしらの価値があると思い、盗んでいくだろう。
だがそれが店の陳列棚に堂々と置いてあるとどうだ、錆びた剣の回りに光輝く鍛え上げた剣が山ほどあるのだ、盗賊なら誰しも錆びた剣には目もくれず、そちらを盗むだろう。わざわざ出来の悪いこの青龍の小太刀を持っていく者などいないということだ。
そして目敏くこの小太刀が陳列されているのに疑問を持った者には、大抵先程の話をして煙に巻く。すると誰しもが納得して、興味を無くしてしまう。
だがこの小僧は違った、あれだけ話を逸らしたのに、価値のない小太刀だと言っているのに、おいくらですか?と言ってきたのだ。
見た目も重さも質感もほとんど鉄、同業者でも気づく者はいなかった。ワシですら親父に指摘されるまで、屑鉄扱いをしていて、その価値に気付かなかったのだ。どうして小僧はここまでこの小太刀に拘るのだろう?まさか気付いているのだろうか?それとも、もしかして小太刀がこの小僧を選んだのだろうか?
伝説の武具は、使い手を選ぶという逸話が鍛冶師には伝わっている。例えば必滅剛槍のグラン、彼の愛槍は神鳥と言われる鳳凰の素材が使われていて、グランが使用するときのみ、炎を纏うという逸話がある。それに守護騎士ジルオールが持つ盾は、その素材こそ知られていないが、ジルオールが使用するときのみ、広範囲に味方を守る効果を発揮すると聞いたことがある。
ワシの手元にあるこの青龍の小太刀にも、もしかすると意思があり、何か力が眠っているのかもしれない。だが今はまだ未完成、小僧が仮に武器に選ばれていようとも、今はまだ渡すわけにはいかん。
そういう言えない事情から売れないことを小僧に伝えると、小僧は肩を落とし、残念がった。初めてこの小僧の子供らしさが垣間見えたが、すまんが売れない物は売れんのだ。
しかしここまで真っ直ぐこの青龍の小太刀に興味を持ったのは、ワシの知っている限り、小僧一人。ワシはそんな小僧がことのほか気に入った。心配せずとも完成した暁には、間違いなく小僧、お前に譲ってやる。
ワシはそう心に秘めて、無用に残念がらせた代わりといってはなんだが、小僧に魔銀のダガーナイフをやることにした。青龍には劣るだろうが、ワシが精魂を込めて造った自慢の逸品だ。小僧は生意気にも中々受けとらんかったが、強引になんとか受け取らせた。
ワシが小僧に先行投資と言ったのは半分は本当のことだ。素振り一つで人を魅了することが出来る小僧だ、将来きっととてつもない大物になる、その時ワシの武器を使っていることが広まれば、ワシの店は必ず繁盛するだろう。そう考えたら、魔銀のダガーぐらい、安いものだ。
そしてもう半分、ワシが本当に望んでいること、それはワシの手で伝説の武具を作り、ワシが認めた英雄にその武具を使ってもらうこと、それこそが鍛冶師としてのワシの夢だ。この小僧なら、きっとその夢を叶えてくれる。何の確証もないのに、何故かワシはそんな気がしたのだ。
だからあのダガーは、宣伝だけでなく、ワシの夢を叶えてくれるであろう小僧と縁を得るための必要経費でもあった。あのダガー、使えばきっと気に入ってくれるはず、ワシにはその自信がある。そしてダガーを気に入れば、ワシが作る違う武器にも興味を持つはずだ。そうやって、小僧がワシの店を訪れやすい環境を作ったのだ。それにダガーを使えば研ぎも必要になってくるしな。
頭を下げ、店を去っていった小僧、店内は静寂に包まれたが、興奮冷めやらぬ熱が、体に残っている。そのせいだろうか、いつもより武具が光輝いて見える。
それにしても久しぶりに胸が熱くなり、久しく感じたことのない楽しい時間だった。短い時間にこれだけ興奮したのは、初めてかもしれん、小僧に感謝しないとな。
あっ!そういえば小僧の名前を聞くのを忘れていた!!・・・まあいい、小僧が今度来たとき、その時に名前を聞くことにするか。
そして小僧のこともそうだが、ワシの夢を叶えるためには、まずは青龍の小太刀を完成させないとな。こちらはワシの能力に懸かっている。だが残念なことに今のワシの腕を持ってしても、完成させることなど夢のまた夢。ならどうするか?・・・ワシは誰もいない店内で一人思案に耽り、やがてひとつの可能性を見出だした。
「ブラングロント」
ワシの思いが言葉になって溢れる。そしてその溢れた言葉は波紋のように、ワシの全身に急速に広がっていく。そうだ、ブラングロント!ブラングロントだ!それは岩人族の故郷にして、鍛冶の国として有名な国の名だ。
そこでなら、ワシが知り得ぬ鍛冶の知識や技術があるはずだ。そしてそれを知れば、きっと切っ掛けが見つかるはずだ。それにワシは岩人族だが、生粋のルーガニア生まれで、ブラングロントに行ったことがない。鍛冶だけでなく同じ岩人族として、ブラングロントに並々ならぬ興味がある。
決めた、ワシはブラングロントに行く。だが今すぐというわけにはいかん。小僧の名前もわからんし、それに店のこともある。幸いなことに、ワシの息子もワシと同じく鍛冶師の道を歩んでいる。今はまだまだだが、才はあるし、経験を積めば、きっと腕のいい鍛冶師になるだろう。そして息子が一人前の鍛冶師になったその時こそ、店を息子に任せ、ワシはワシの夢のため、ブラングロントに行こう。
だからまずは・・・鍛えよう、息子を。これまで以上に徹底的にな。




