第2話 武具店に寄り道
黒魔牛の肉串を食べ終え、冒険者ギルドを目指していた俺だが、実はまだ中央区にいる。あまりに数の多い屋台や商店に目移りしてしまい、中々前に進めないからだ。そして今も武具店に寄り道の真っ最中だ。店に整然と立て掛けられた大量の武具を見ていると、まるで自分がゲームの主人公になったみたいで心が踊る。
俺はショートソードコーナーに陣取り、何本かを手に取って造りを確認し、回りに人がいないのを確認し、店主に素振りの許可を貰い、軽く素振りをする。いい造りだ、どれもこれも歪みはないし、バランスもいい。
そんな俺の様子を店のカウンターから、岩人族の店主が興味深そうに見守っていた。岩人族、所謂ドワーフってやつだろう。その見た目も背が低く筋肉隆々、顔には豊かで立派な黒い髭を蓄えていて、俺が知っているドワーフ像とほぼ同じだ。それにしても武具屋にドワーフ、ファンタジーの定番だ、ますますゲームっぽい。
この武具店の武器は今ざっと見ただけでも、そのほとんどが鍛造だった。ひとつひとつに手間隙がかかっており、質が高い。この世界の鍛冶にも大量生産に向いている鋳造と、手間のかかる鍛造がある。俺はグラン先生の指導のもと、そういった武具の勉強も一通り修めている。
武具を扱う者が武具を知らないのは、命に関わるし、恥だと思えとの指導のもと、勉強したのだ。そこで経験したことは、鋳造物の方が切れ味も悪かったし、耐久性も悪かったということだ。そのうえ魔力の通りも悪いときていた。たったひとつの良いところは、価格が安いということぐらいだ。
腕のいい料理人もなまくら包丁では実力が出せないように、腕のいい武人もなまくら剣では実力が発揮できない。だから俺は自分で持つ武器は、それらを全て上回る鍛造物と決めている。手間がかかる分、価格も高くなるが、命に直結する物だし、これだけは譲れない。
ショートソードを見ていて、妙に気になるやつがあった。俺はそれを手に取り、剣身を確認する。俺は質感や重量である程度材質を判断できる。と自慢してもこのぐらいのことは、いっぱしの武人なら当たり前のことなんだけど。
くすんだ赤い錆がびっしりとこびりついた剣身、重量は鉄ぐらいか、見た目は錆だらけで分からないが、感じる質感からも、材質は鉄だと思われる。
鈍重そうで切れ味も良さそうに見えない。その造りも武骨一辺倒、そして俺が気になったのはその形状、反りがある。直剣というより刀に近い、その長さは小太刀ぐらいだ。この店的に判断すると、置いてあるのが何とも不思議なぐらい、とても酷い出来だ。だが俺はこの錆だらけの小太刀が気になる、というかはっきり言って何故か気に入った。
「ほぅ!ソイツを選んだか・・・小僧、面白いな」
今まで俺の行動を黙ってみていた店主が、嬉しそうな顔で少し驚いた声をあげた。
「どうしてソイツを選んだ?」
「どうしてと言われても・・・そうですね、錆だらけなのに、どこか凄みを感じる。何故か妙に気になるんです。はっきり言えば気に入りました」
「そう言われても、ソイツはただの錆びたショートソードなのだがな」
「ショートソードと仰ってますが、そもそもこの形状って小太刀ですよね?」
「お!小僧、よく知っているな、小太刀を知っているのなんて、近頃じゃ刀や小太刀を美術品として扱っている商人か、それを愛でる貴族だけだぞ」
そりゃ知ってますよ、俺の場合は、槍と同じくメイン武装なんですと心の中で呟く。
「えぇ、武具に興味があるものですから」
「そうか、じゃあ知ってるな。刀は扱いづらい武器だから、冒険者や騎士で使うものなんていない。生産国のマドカでさえ、今や使い手は限られている。そんな理由で小太刀や刀は有名じゃないので、知らない者が多い。だから便宜的にわかりやすくショートソードと言ったのだ」
父さんから聞いて知っていたが、本当に使い手が少ないのだな。武具屋がここまで断言するからには、本当に廃れているのだなぁ。元日本人としては非常に残念だ。
「はい、存じてます。残念ながら、そうらしいですね。うーん、でもやっぱり気になりますね。これ、材質は何で出来ているんです?本当にただの錆びた小太刀なのですか?」
店主の話に相づちを打ちながら、手に持った小太刀をもう一度、確認する。この店の武器はどれも指紋ひとつなく、金属特有の凄みある光沢を放っている。俺が手に持っている、この一品だけが、異質の存在だ。
正直、この店にはそぐわないというか違和感がある。それにこの小太刀、質感は間違いなく鉄なのだが、そうじゃないんだと、この小太刀自身が叫んでいる・・・ように俺には感じる。これはなんというか初めて感じる変な感覚だ。
「だっはっは!ソイツはな、そこに置いてこそ意味があるのだ。ほら見てみろ?ソイツのお陰で、その横に置いてある魔銀のショートソードが、より一層映えて見えるだろ」
俺は店主が言っているであろうショートソードに目をやる。魔銀鉱石と言われる鉱石で作られた、眩いぐらい緑銀色に輝くショートソード。魔銀、それは特に魔物に対して高い威力を発揮する、ファンタジーの定番、ミスリル銀みたいな性能を持つ鉱石で、魔法の発導体にも使用出来る汎用性にすぐれた鉱石だ。
金属としての硬度は柔らかい方に分類されるので、加工は容易なのだが、鉱石自体が少ないので、非常に高価らしい。
その魔銀がふんだんに使われたショートソード、目も眩むような値段だろう。その上、鍔も柄も金と銀の彫金、宝石がふんだんに使用された宝飾がなされており、とても贅沢な拵えになっている。見映えは一目瞭然、圧倒的に魔銀のショートソードに軍配があがる。もはや神々しく輝いてさえ見える。
なるほどなぁ、ここの店主はこの錆びた小太刀とショートソードを対比させることで、魔銀のショートソードが目立つようにし、その存在価値を上げているのか。
「実際、これで売り上げが上がったのですか?」
「お陰さまでな、好評だ」
ホクホク顔の店主の表情で判断するに、本当に売れているのだろう。だが俺はこの派手さが下品とは言わないが、どうにも気に食わない。武器に飾りなどいらない、武骨であるべきだ、そこにあるのは機能美だけでいい。
「そうなんですか、でもこれ派手すぎません?武器に飾りはいらないと思うのですが」
「まあワシも個人的にはそう思うが、今は派手な方がよく売れるのだよ。特にその魔銀のショートソードのように、派手な飾りを付ければ付けるほど、金持ちが通常より高い価格で買っていってくれる。だがこういう彫金や宝飾が付いた物は流行物だから、早いうちに全部売ってしまいたい。だからソイツと一緒に置いて目立つようにしてある」
ふーん、武器にも流行り廃りがあるのか。飾りが凝っている分、余計に手間隙がかかっているだろうし、売れ残ると赤字になるんだろうな。
「まあ魔銀自体は魔物に有効だし、軽くて良い金属ですものね。値段が高くて少し柔いのが欠点ですけど」
と言っても、このショートソードは金持ちの飾り、見栄の一品になりそうだから、魔物を斬ることもないのだろうなぁ。武具は使ってこそ価値があるのだと俺は思うけど、金持ちの場合はそうじゃないのだろう。マドカの刀のように美術品のひとつという考え方なんだろうな。
「まあ本音を言えば、武器は使ってこそだが、それは持ち手が決めることだ。客の欲しがる物を提供するのが、我々の仕事だ。ワシは鍛冶屋だが商売人でもある、作ったものを売らないと生活もままならんからな」
「世知辛い話ですね」
「まあな、でもそれが生きるってことだからな」
ここでも世知辛い話を聞くことになろうとは。現実、造りたい物だけを作ったり、気に入った者だけに武具を提供するといった、小説や漫画なんかに出てくる職人などいないということだ。仰る通り、そんなことしてたら、すぐに生活が破綻するもんな。
さて、世間話もほどほどにして、本題に入るとしよう。
「話は変わりますが、この小太刀、いくらですか?」
「おいおい、そんなもの買う気か?回りを見てみろ。もっと切れ味が良くていい品が揃っているぞ」
この店主はまだ何か隠している。俺はこの小太刀の材質は何かと尋ねたのに、それに一切答えていない。それどころかはぐらかすように高笑いをして、魔銀のショートソードに話をすり替えた。
この店主は武具を作ることに誇りを持っている、それはこの店を見ただけでわかる。錆びたままの武器をいくら商売のためだからといって、そのまま置いておくなんて、俺には考えられない。やはり何かある。
「いえ、僕はこれが気に入ったので」
「本当に変わった小僧だな、だが悪いが、それは人様に売れるような物じゃない」
予想通り、やっぱり売ってくれなかったか。
「えぇー!これから冒険者になる予定だし、気に入った武器を使いたいよぉ・・・何とかなりませんか?」
チラリと上目使いで店主を見る。
「駄目だ駄目だ、こんななまくらを使ったら、余計に力が入って、腕が悪くなるぞ。新人こそよく斬れる武器を持つべきだ」
子供の甘え攻撃も、まったく通用しなかったか。フローラ姉さんや父さんなら、これでイチコロなんだけどなぁ。まあこの店主が言うのも正論だ。使いなれてない人ほど、怖がらず鋭い切れ味の武器を持つべきだ。
切れない剣を使うと、切ろうとして力みが増して、無駄な動きが多くなり、悪い型を覚えてしまうし、余計な疲労も増える。
「ちぇ、残念。じゃあ売れるようになったら、絶対僕に売ってくださいよ」
わかっていたけど、こっちも買えたら儲けものぐらいの気持ちだから、大人しく諦めるとするか。素材を追及してもいいが、どうせ教えてくれないだろうし、かなり後ろ髪を引かれるが、ここいらが引き際だろう。せめて他の誰でもない、俺が買うという意思を示せただけでもよしとしよう。
「わかったわかった。まあそうぼやくな、代わりにほら、これをやろう」
店主は笑いながら俺の前まで来ると、手に持ったダガーナイフを差し出した。剣身はキラキラと輝く緑銀色をした飾り気のないダガーナイフ、力強さと精巧さが組み合いながらも、実用性一辺倒を思わせるそれは、明らかに新人冒険者が持つようなダガーナイフではない。
「これ、魔銀製でしょ。こんな高いダガーナイフを渡されても、とてもお金払えませんよ」
「ふん、ワシはやると言ったのだぞ」
「それこそ貰う理由がひとつもないのですが」
「冒険者になった祝いだ」
「いえまだ冒険者になっていませんが」
「これからなるんだろ、その前祝いに貰っておけ」
「いやだから貰う理由が」
「えぇい!子供が何を遠慮しとるんだ、ワシがお前を気に入ったんだ、黙って受けとれ」
おおぅ、店主、顔が真っ赤だ。照れるおっさんドワーフ、珍しいものを拝見出来たが、全然可愛くないぞ。店主は恥ずかしさを誤魔化すように、ダガーナイフを鞘に納めると、無理やり俺の手に捻りこんだ。鞘は朱色か、おれの髪の毛に近い色だ、漆塗りみたいな感じの塗装が格好良い。
「ワシの目利きでは小僧、お前はきっと大物冒険者になる。だからこれは先行投資だ。将来大物になった時、ワシの店を宣伝してくれ」
なんかよくわからんが、どうやら気に入られたみたいだ。ここの武具はどれも高品質だ、紹介するのはこちらとしてもやぶさかではない。
「過分の心遣い、ありがとうございます。じゃあお言葉に甘えます」
「おう、取っとけ取っとけ」
ようやく受け取った俺に、ダハハと豪快に笑う店主。俺が大物になるなんて全然確証もないだろうに、こんな高価な物を惜し気もなく子供に渡すとは。前言撤回しよう、小説や漫画に出てくるような職人は、ここにいた。
ダガーナイフの鞘は、ベルトに通すことが出来る仕様になっていたので、俺は貰ったダガーをその場でベルトに装着する。
「おっ!よく似合っていじゃないか」
俺の今の状態は、左腰にショートソード、右腰に貰ったダガーナイフ、防具として初心者レベルの皮の鎧、そしてブーツのみを着用している。黒魔鉄の籠手は着けていない。あれは新人冒険者には過剰装備だからだ。
そして槍と小太刀は家に置いてきている。小太刀は使い手が少ないことから、悪目立ちするし、人が多い中央区を通るのに、ゴツい槍は邪魔だし必要がないからだ。
だけど俺も武人の端くれ、どんなときでも装備一つ持たずに外に出ることなど、あり得ない。幸いなことに俺は父さんに刀だけでなく、ルーガニア王国騎士剣術も仕込まれているので、ショートソードも苦もなく扱える。なのでショートソード一本だけぶら下げてきていた。
そしてここにダガーナイフが加わった、問題はそのダガーナイフだ。俺はダガーのような短い得物での戦闘訓練をしたことがないので、折角もらったダガーだが、使い道がない。強いて使い方を考えるなら、魔獣の皮を剥ぐときぐらいか?何とも贅沢な話だ。
だけど折角いい物を頂いたことだし、この機会に時間を見つけて、自分なりにダガーの戦闘訓練をすることにしよう。一番早いのは、達人の動作を《強化知識》で全てコピーすることなんだけども、ダガーを扱う達人がそう都合よく見つかるわけないもんなぁ。
「そうですか?ありがとうございます。でも今はこのダガーを持っていても、僕では上手く扱えないし、宝の持ち腐れです。ですがきっと腕を磨いて、このダガーに相応しい男になってみせますよ」
「ダハハハ!おぅ!期待しているぞ。だが焦ってはいかんぞ、若いもんは無茶が過ぎるからな。特に冒険者は一瞬の油断が命に関わる」
「ご忠告感謝致します、では僕はこれから冒険者ギルドに向かいますので、ここで失礼させていただきます」
「あぁ、気を付けてな。武具で何かあったら相談に乗るぞ、いつでも来い」
「はい!」
俺はその力強い言葉に大きく頷き、頭を下げ感謝を示し、冒険者ギルドに向かうべく武具屋を後にした。




