第1話 冒険者になります(予定)
ダリエ村のあの忌まわしき事件から、1年が過ぎた。俺は12才になり、かなり背も伸びてきた。母さんは背が低い。俺はその母さん似だったので、母さんに似て身長が伸びなかったらどうしようと密かに悩んでいたが、どうやらそれは杞憂に済みそうだった。
俺にとって今日は大事な日になる予定だ。それは今日から俺が、冒険者になるからだ(予定)
ルーガニアでは、12才から冒険者になることができる。とは言っても実際、12才で冒険者に登録しているような者はあまりいない。
このルーガニアは子供の加護が手厚い国だ。8才からある学校は、15才まで無料だし、貧困家庭には子供が15才になるまで、生活保護も支給されるし、孤児院もあるし、学校には無料の寮制度などもある。だからルーガニアの子供達は15才の卒業の日まで、学校で勉強や戦闘技術などを学び、卒業してから、各々の道に行くことが出来る。それは冒険者だったり、騎士団だったり、警備隊だったり、研究者だったりする。
というわけで、冒険者のような危険な職業に、わざわざ12才で就く者はいないというわけだ。当初の俺の目的でも、15才から冒険者になるつもりだったが、とある理由から急遽予定変更することにした。
その理由とは【次元収納】を手に入れたいからだ。俺はマーク兄さんの左腕を治したい、マーク兄さんの左腕は【快癒の聖光】で小指は再接合されたが、現在も白いままだ。小指といえば、兄さんの小指を持って帰ってきていたのに、報告しなかったせいで、騎士団が探しまくっていたらしく、アルバさんに再度説教&拳骨を喰らった。相変わらず脳天に突き刺さる痛い拳だった。あの人、拳にメリケンサックでもはめているのだろうか?
話がそれたが、とにかく兄さんの白い腕を治すためには霊薬がいる、霊薬を作るためには材料がいる、材料を手に入れるためには、ルーガニアだけでなく、アルガルド大陸中を旅することになる。旅をするには沢山の食材、食器、武器、ポーションを持っていかないと無理だ、それには【次元収納】が必要になる。材料を入れるのも【次元収納】がいる。
そしてその【次元収納】を手に入れるのは、今のところ冒険者ギルドで中級になるか、成人して軍属になるか、商人になって5年以上実績を積むか、の三通りしかない。その中で俺が一番早くなれそうなのが中級冒険者、というよりそれ以外に選択肢はない。何故なら俺は商人に興味はないし、自由のきかない軍人になるつもりもないからだ。
ルーガニア王国ファイマ領ファイマ、そこが俺の住んでいるところだ。ファイマ領最大の都市でもある。ファイマは領主館を中心にして、円形に高さ5mほどの防壁で囲まれている、所謂城郭都市といわれるやつだ。その防壁は二枚あり、外側の一枚は外壁と呼ばれており、入り口が東西南北にある。その外壁の門をくぐり、しばらく歩くと、さらに内壁といわれる防壁があり、外壁と同じく入り口が東西南北にある。
その内壁の内側が中央区と呼ばれている。そしてその中央区のさらに中心、ど真ん中の一画、中心区にマーク兄さんが働いている領主館がある。ちなみに俺の家は外壁と内壁の間の南区と呼ばれるとことにある。
そして俺は今、中央区を軽い足取りで歩いていた。北区にある冒険者ギルドに向かうためだ。実はファイマには北と南にそれぞれ冒険者ギルドがある。俺が何故わざわざ自宅から遠い北区の冒険者ギルドを目指しているのかというと、それにはわけがある。
それは南区の冒険者ギルドが初級の5以上からの高レベル冒険者専用ギルドになっているからである。ファイマの南側には古の森がある。古の森といえば見返りも多いが、その分危険な魔物や生物が数多存在し、別名帰らずの森とも言われる超危険領域だ。
南冒険者ギルドは地理的に、その古の森に関連した難度の高い依頼が多いので、実力のない冒険者はお断りとなっている。
なので俺は北区にある見習い及び初心者用冒険者ギルドに向かっているのである。正直、子供の頃から古の森に入り浸っていた俺としては、南区でもいいじゃんと思っているのだけど、南区では登録すらできない立場なので仕方がない。
中央区は商店が多数存在しており、活気をみせていた。俺は冒険者ギルドを目指す傍ら、連なる商店をウインドーショッピングしている。南地区に比べ、物凄い人の数、美味しそうな屋台、子供の笑い声や物売りのダミ声、多くの喧騒が飛び交っており、俺は心が浮き立つのを感じた。
実は俺もこの中央区に来るのは初めてだ。南地区は子供のときから走り回っていたので、隅から隅まで踏破したのだが、中央区は商業地区なので、走り回れるわけもなく、とんと用事がなかったからだ。
そのうえ俺は生まれて12年、ほぼ毎日ひたすら修行の日々だった。まあ俺にとってはそれが一番楽しいことだったので、何も問題ないのだが、冷静に考えれば普通の子供なら問題だらけ、かなり異常な子供だろう。
「おぉ、そこの坊や、串肉一本如何?美味しいぞ」
そんなことを考えながら歩いていると、ふと目があった屋台のおっちゃんが、そう言って俺に焼いている串肉を指差した。肉の焼けたいい香りが鼻腔をくすぐる。牛人族の男性の特徴である短い角が頭髪の間から見える。牛人が肉を売りますか・・・そんな益体もないことを考えながら、おっちゃんに聞き返す。
「それって何の肉ですか?」
「これか?これは黒魔牛だよ」
おぉ、黒魔牛か、我が家でもよく食卓にあがる、一般的な魔獣の肉だ。味は甘味が特徴でとても美味い。俺も大好物だ。魔獣とは魔物と違い、魂石がない。魔物は死ぬと肉体は消滅し、魂石だけが残るが、魔獣は肉体そのものが残る。
これは何故かと言うと、魔獣は犬や牛といった普通の獣が、魔に魅入られ、魔物になるからだと言われている。その過程はいまだ解明されてはいないが、わかっているのは、力、凶暴さ、体格、賢さが増し、危険度が跳ね上がる。
その危険な魔獣だが、その分実入りがいい。その肉はより旨味が増えるし、その皮や骨は丈夫なことから、武器や防具の素材などに使われている。魔物と並び、冒険者の討伐依頼も多い。
さて俺はそんなとても美味しい魔獣の肉を目の前にして、よだれが落ちそうになるを感じながら、グラン先生の教えを思い出す。
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「いいか、ジェノン。お前はこの先どんどん強くなる。だから覚えておけ。人から食事をもらうときは常に毒を疑え」
「え?」
「一般の者や我らより弱い者が剛の者を殺す手段、それは大抵が毒だ。親しい顔して毒を食事に混ぜてくる。俺も何度かそれをやられたことがある。それと女性の誘惑、これも多い。この二点、絶対に忘れるな」
「でも、そんなこと見破れるのですか?」
「もし食べ物をもらう場合、食う前に回りの者の表情をよく確認すること。笑っていても目が笑っていない、暑くもないのに汗をかいている、毒の入っている食材を見つめている、どこかに通常と違う状況や表情がそこに混じっている。それを見破れ、でないと死ぬぞ。女の方もそうだ、やたら甘えてきたり、すぐに助けを求めてきたり、涙を見せたりするものは、下心があるものが多い」
「世知辛いですね」
「だがそれが真実だ」
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と先生は仰っていたが、生憎と俺に毒は通じない。細胞全部まで魔力が行き渡り、大量の魔力量を誇る俺の体は、毒物が体内に入ると、瞬時に魔力が体内を駆け回り、その魔力が一瞬で毒物を駆逐するからだ。魔力量が多いほど、健康で病気にも強くなるというのは、つまりこういうことも含まれるのだ。
だが毒物をワザワザ体内には入れたくないので、先生の金言は忘れないようにしている。問題は女だが、これは12才の俺にはまだ関係ない話だろう。
「おーい!坊や、食べないのかい!」
屋台のおっちゃんの声で現実に帰る。まさかこの屋台の肉に毒が入っているとは考えられないし、小腹も空いたし、いただくとするか。
「あっ、一本貰います。いくらですか?」
「ひとつ2ガラドだよ」
2ガラドか、ファイマの一般家庭の平均月収といえば大体1000ガラドぐらい、日本円に換算すると20万ぐらいだろうか。なので2ガラドだと400円、まあ妥当な値段かな。俺は2ガラド払い、肉串を受け取る。
おっちゃんの顔は変わらず笑顔だ。そこに他の感情など見えない。これでもし毒が入っていたら、俺はこの先きっと一生、人間不信になるだろう。
「はぐ、はぐ」
口一杯に魔黒牛の肉を頬張る。一気に口の中に広がる肉汁にひと噛みしただけで、溶けて消える肉。美味い!炭焼きした黒魔牛に塩を軽く振っただけの簡単な調理なのに、これほど美味いとは!
前世時代にテレビで見た、学生が買い食いするシーンが頭に浮かんだ。彼・彼女らもとても楽しそうに美味しそうに買い食いをしていた。
俺は物心ついたときから病気だったので、固形物をほとんど食べられなかったし、こういうのに憧れがあった。俺の初買い食い、ひとつの小さい夢が叶った瞬間だったので、旨さもひとしおだ。
「ありがとう、おじさん。美味しかったです!」
俺は食べ終えた串をおっちゃんに渡しながら、お礼を言う。
「おぅ!そうか!それは良かった。また食べに来てくれよ」
「はい、また来ます。それじゃあ失礼します」
俺の心からの賛辞におっちゃんは嬉しそうに笑う。俺はおっちゃんにさようならと手を振ると、冒険者ギルドを目指して再び歩き出すことにした。




