幕間11 抜刀術と魔法の真実
第一章最終話です。話自体は幕間10からの続きで、同じくジルオール視点で書いております。
「それよりお師さん、俺も聞きたいことがあります。あのジェノンの小太刀の技、お師さんが教えたのですか?」
アルバは自分から話は終わりだと言っておきながら、ジェノンの技自体には興味があるのか、そう私に尋ねてきた。私も武人の端くれ、そういった技の話に興味があるので、アルバの誘いに乗ることにした。
「ん?どれのことだ?」
確かに私はジェノンにマドカ流刀術の手解きをした。息子は誰よりも優秀で、乾いた砂に吸い込まれる水のごとく、私の教えをあっという間に理解し、覚えていった。あいつこそまさしく武の天才というやつだろう。
今のところ、模擬戦で負けたことはないが、内容でいうと紙一重の勝利だ。今は父親としての意地と、実戦経験の差から私に軍配が上がっているが、ジェノンがこれから順当に経験を積めば、数年後、純粋な武器のみの1対1では敵わなくなるだろう。
「鞘から小太刀を高速で抜刀させる技です」
あぁ、あれか。ジェノンがルシアに怒られた曰く付きの技だな。
「あれはジェノンが独自に編み出した技だ、抜刀術という名前らしい」
「自分で・・・ですか。そうですか。化け物の息子はやっぱり化け物ということですか」
アルバはかなりの衝撃を受けたようで、うーんと唸っている。しかし私のことまで化け物呼ばわりとは・・・失礼なやつだな、まったく。本当の化け物はグラン殿のような人物を指すのだぞ。
「正直、11才の子供が考えたなんて、信じられません。あの抜刀術ですか、まさに革新的で恐ろしい技です。もしあれを知らないで間合いに入られたら、この俺でも躱すことは出来ないでしょう。何をされたかわからない間に殺られます」
私もあの抜刀術の鍛練を見ていたが、最初は子供のお遊戯ぐらいにしか思ってなかった、まさかこれほどまでに成長する技だとは思わなかった。今ならわかる、あれの本当の真価は速さではなく、納刀状態からのいきなりの抜刀だ。刀が抜けないほど接近した間合い、それはつまり刀で攻撃出来ない間合い、故に刀に意識がいかず、油断する。その油断した状態の時、いきなり抜刀・斬りつけが超高速で繰り出されるのだ。
それにあの抜刀術は、ある程度太刀筋を自由に変えることが出来るらしい。読めない間合いに読めない太刀筋、まさに究極の不意打ちだ、所見ではまず躱せまい。それに鞘を起点にして一気に力を解き放すあの抜刀術は、威力も半端がない。それこそ生半端な防具なら軽く断ち切る程だ。あれを人の身が受けると、即死は免れないだろう。
しかしジェノンが真に恐ろしいところは、主武装が刀でなく、槍だということだ。しかも大陸最強、生涯不敗、必滅剛槍とまで言われるグラン殿直伝の槍だ。槍に刀、そのうえ私はジェノンにルーガニア王国騎士剣術も叩き込んでいる。教えておきながらだが、11才という年齢で数種の違う武器を、達人近くまで扱えるなど、ただ事ではない。
「しかしジェノンが抜刀術を見せたというのは、珍しいな」
ジェノンもそうだが、基本武人というのは自分専用の、必殺の技を他人に見られるのを嫌う。優れた武人ほどその傾向が強い。それは相手にその対処法を考えられてしまうからだ。
実際、ジェノンの抜刀術を知っている私からしたら、ジェノンが柄と鞘を握った時点で、抜刀術が飛んでくることを疑い、速攻で間合い外に退避する。それが叶わない状況なら、抜刀をさせないように、逆に連撃で抑えこむという選択肢もあるし、利き手の反対側、柄の持つ手の方に回り込むという方法もある。
「そうですね、それはきっとマークのためかと思います」
そう言われて私は気付く。私たち武の世界で生きている者でも、あれは初見では何をされたかわからない。マークのような運動音痴では斬られたことすらわからないだろう。それにジェノンはメディーの【快癒の聖光】が発動した瞬間を狙い、一瞬で左腕を斬り落としている。
マークはきっと【快癒の聖光】の回復効果で、痛みすら感じなかっただろう。それ以前にジェノンが刀を抜いたことすら、気付いてない可能性がある。成る程、ジェノンが人前で抜刀術を使ったのは、マークに斬られることの恐怖や苦痛を感じさせないためだったのだな。
それにしても斬られる覚悟を決めたマーク、その想いに応えたジェノン、本当に我が息子たちのその誇り高き行為に尊敬の念を覚える。
「私の息子たちは本当に素晴らしい男たちに育っているな」
「はい、俺もそう思います。ですがもっと回りに配慮が出来るよう、後先を考えることが出来るようになってほしいですね。今回も斬る前にせめて一言、相談してくれればと思いました。心配を掛けた罰として、あの二人には鉄拳制裁を科しました」
幼少から私に育てられたアルバにとって、マークとジェノンは弟同然に等しい。その弟二人が自分の目の前で、止める間もなく、相談もなしにあれだけの行動を起こしたのだ。
助かる手段がそれしかなかったとしても、いくら誇り高き行為であっても、心配した故に怒るのは当然だ。それが家族ってものだと私も思う。きっとあの場に私がいても、2人に怒りの雷を落としただろう。
「あとはマークの左腕が繋がった件ですが・・・」
そうだ、まだ疑問が二つ残っている。そのひとつ、マークの腕はなぜくっついたのか?【快癒の聖光】で、切断された部分が再生することはないとされている。だが今回、その例外が起きた。もちろん私には嬉しい誤算というやつだが。
「理由はわかっているのか?」
「憶測になりますが、構いませんか?」
「ああ、話せ」
「聖魔法の【快癒の聖光】を使うとき、それは大怪我をした時と決まっているのですが、手が千切れていたり、足が千切れて欠損してしまった状態などで使用しますよね。つまりもう怪我し終わって、欠損部分を失った状態から【快癒の聖光】を発動させるわけです。誰も怪我をする前に使用したものはいなかった」
「確かに・・・そうか!」
今のアルバの話通りだ。通常負傷をしていない健康な者に聖魔法、それも上級の回復魔法を使う馬鹿などいない。それは魔力の無駄遣いだし、意味をなさないからだ。だからそれに誰も気付かなかった。
ジェノンが今回それを行ったのは、腕を斬られたマークに痛みを与えないためだったのだろう。そのお陰で、【快癒の聖光】に隠されたもうひとつの効果に気付くことになった。
「えぇ、マークに【快癒の聖光】がかかっている状態の中、ジェノンはマークの左腕を切断しました。本来なら切断されたはずの左腕ですが、【快癒の聖光】の効果中の出来事だったので瞬時に接合・・・したのではないかと」
「そうなると、千切れた欠損部位を拾ってきて繋ぎ合わせてから、【快癒の聖光】を使用すると、再接合するかもしれんということか」
「はい、再生はしませんが、欠損部位さえあれば再結合する、その可能性は高いですね」
なんということだ!もしそれが真実なら、私たちは【快癒の聖光】の本当の効果を知らなかったというわけだ。脚や腕を失い、そのせいで騎士や冒険者を引退せざるえなかった者たちの、怪我だけでなく、その人生をも救えたかもしれないということか!
「もっと早くに知りたかったな」
「お師さんの気持ち、痛いほどわかります。俺ももっと早くそれを知っていればと」
私の言葉が肺腑にしみたのだろう、アルバもその通りだと同意を示す。そうだな、アルバも今や、このファイマ第2騎士団の団長だ。無念にも負傷して騎士団を去っていく騎士たちを大勢見送っている。この魔法を知っていればと思うのは、当然だろう。
「だがこれからは違う。欠損部位さえ失わなければ、再接合出来る可能性があるのだからな」
「まあまだ可能性の話ですけどね。試そうにもこればかりは・・・なにせ一度体のどこかを切断しなといけないわけですから。マークの失った小指が残っていたら試せたのですが、どこにも見当たらず・・・申し訳ありません」
そうか、マークの小指は戻らずか。非常に非常に悔しいが、アルバのことだ。辺り一帯、徹底的に捜索したのだろう。それで無いのなら仕方がない。マークとジェノンが無事帰ってきてくれただけで、私はそれだけで満足だ。
満足だが、マークを傷付けたマモウ、それに関連したやつらは絶対に許さん!見つけたら、塵ひとつ残さず、必ず殺してやる、そう必ずだ。
・・・おっといかん、怒りで殺気がただ漏れになっている、目の前のアルバの顔が蒼白になっていた。
「すまんな。別にお前に怒りを向けたわけでないから、気にするな」
「お師さん、しゃれになんないっすよ。真剣に殺されると思いましたよ」
「本当にすまんな、マモウのことを考えただけで、怒りが漏れてしまった。私も修行不足だな」
「お師さんのは殺気は、冗談抜きに怖いんですから・・・ふぅ、久しぶりに死ぬかと思った。この人は家族が絡むと本当に恐ろしい」
アルバが額から大量に吹き出した汗を手で拭っている。コイツこそ修行不足じゃないか?ちょっと殺気が漏れたぐらいで、あんなにビビるかね?もう一度鍛え直すか?まあ今はそれよりマークのことだ。私はアルバを鍛え直すことを頭の片隅に入れ、話を変える。
「マークで試して小指がくっついたというのが、一番理想なのだが、無いものはいかんともしがたい」
「人体実験も出来ませんしね」
ルーガニア王国は人体実験など絶対に許さない国だ。もちろん私もそんなこと絶対に許しはしない。そんなことをする国なら、私はとっくの昔に、この国を見捨てているだろう。人を愛し、国民を大事にする国だからこそ、私もその命をこの国に捧げているのだ。
「当たり前だ。そんなことすれば、マモウと同じ人間に成り下がってしまう。例え死罪が決まった犯罪人であろうとも、人体実験など許されることではない・・・そうだな、このことはレイグリット様に報告しておく。あの人ならきっといい風に考えてくれるだろう」
「そうですね、最早この件はファイマ領だけでなく、国家水準の話でしょうし」
「まあな。それと最後の疑問だが、マークの腕は本当に問題ないのか?」
もうひとつの疑問、それは繋がったマークの左腕だ、いまだにマークの左腕は白いままなのだ。もしかしたら、亡者化が再発するのではないかという不安がある。
「それなのですが、メディーの話では、今後様子は見ていきますが、問題はないとのことです。これも予測なのですが、一度切断された左腕は、その時点で死んでいるということですよね。その時点で左腕の生命を食い荒らした亡者の毒は消え去った、と考えられます。
そしてその後にまた繋がった。だからこれ以上、亡者鬼化はしないだろうというわけです。残る白いままの左腕ですが、これは浄化されたのではなく、一度切り離してくっ付けた、つまり亡者化が終了した後に、繋がったということになる。だから白いままの状態で残ってしまったと。そしてマークの左腕ですが、実は生命の流れがある可能性があります」
「本当か!?」
「えぇ、マークの左手が動くことからでも、生命の流れはあるはず。実際に触るとマークの左腕が温かいことが、何よりの証明です。また予測になるのですが、【宿魂の眼光】では亡者化した部分の生命の流れは見えないのではないかと。
だから生命の流れがあっても、この魔法では見えない、分からないということになります。こう考えるとすべて辻褄が合います。以上のことが、数日あらゆる可能性を考えて、議論を尽くし、メディーや魔法分野の研究家が出した結論です」
そう、アルバのいうとおりなら、小指は欠けているが、状態としては本当に白いだけで、何も異常はないという状態だ。魔法というのは本当に奥が深く、謎に満ちているのだな。今回のことでそれを痛感した。まだ我々が知らない効果が隠されている可能性もあるということか。
「そうか、手間をかけたな」
「いえ、これが俺の仕事ですから」
聞きたいことは全部聞いた。疑問は全て解消した。この数日、騎士団はマモウ対策で忙しい。私も家に帰れず、仕事漬けの日々だ。あぁ、ジェノンに会いたい、会って頭を撫でたい。マークも心配だし、フローラにも会いたい。ルシアを抱き締めたい。家族に会いたくて、仕方がない。いかん、私はもう限界だ!
「アルバ、私は一回家に帰るぞ!」
「ははは、お師さん、やっぱり限界が来ましたか。構いませんよ。とりあえず今、お師さんの仕事は、もう落ち着いてますし」
「よし、じゃあ後は任せたぞ。息子よ」
「お任せあれ」
仕方ないなぁというもう一人の息子の笑顔に見送られ、私は足早に団長室から出ていく。
その後、家に帰った私は、かけがえのない家族との楽しい団欒中に、ジェノンがマークの小指を持って帰っていたことを知る。そりゃアルバがいくら捜索しても見つからんわけだ。私は今は我が家の執事で、私の戦友でもあったセバスチャンに【快癒の聖光】をかけてもらった。
固唾を飲んで見守っていたが、そんな一縷の望みをかけたとばかりの、私の決死の思いとは裏腹に、あっさりとマークの小指は本当に再接合した。これでメディーたちの予想は完全に証明されたわけだ。
この発見は私たちのように、負傷が避けられない仕事に従事しているものにとって、希望の光となる世紀の大発見だ。なにせ欠損部分さえ失わなければ、四肢欠損を治すことが出来るのだから。後は【快癒の聖光】を使える者自体が増えれば、さらに助かる者が増えるのだが、只でさえ使用者の少ない聖魔法に上級魔法だから、中々に難しいだろう。これは今後の国家としての課題だ。
残った憂いは、マークの白い肌なのだが、私が必ず治してやるつもりでいたのだが、残念ながらその方法が思い浮かばなかった。だが、その治る可能性をジェノンとフローラが示してくれた。霊薬、まさかあの伝説の特級ポーションを作るつもりとは・・・本当に我が子たちはみんな、逞しく育ったものだ。
そんなジェノンが霊薬の素材を集めるんだと、元気一杯に私に話してくれた。兄を傷つけたことで、本人も深く傷ついただろうに、そんな素振りは一切見られない、私の大好きな息子の表情だった。
きっとフローラが何かしら、手を差し伸べたのだろう。あの弟大好き一直線のフローラが、ジェノンの心情に気付かないはずがないからな。
もちろん私も手伝えることがあれば、何でもするつもりだとジェノンとフローラに伝えると、二人はお願いしますと力強く私に抱きついてきた。おぉ、なんと可愛い我が子供達よ!私に任せておきなさい!お父さん、頑張っちゃうぞ!!私たち家族で、必ずマークを治そうじゃないか!
遅い投稿に拙い小説にここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。第二章現在執筆中ですが、投稿は当分先になると思います。ご理解よろしくお願い致します。




