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その男、規格外につき  作者: しんぷりん
第1章 雌伏の時
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幕間10 ジルオールの疑念と優しい嘘

ジェノンの父親、ジルオール視点です。

 あの会議から数日後、漸く時間の取れた私は、自分の団長室にアルバを呼び寄せた。ダリエ村の報告書に、どうも腑に落ちないところがあったので、それについて問い質すことにしたのだ。


「お師さん、どうかしましたか?」


アルバは私と二人っきりの時は、昔の呼び方に戻ってしまう。その言葉を聞いて私も昔を思い出す。初めてアルバと会ったとき、彼は戦災の影響で食事もなく、死にかけの痩せ細った体だった。だが今にも死にかけのその子供の瞳は、爛々と輝いていた。

私はそのアルバの瞳に、何事も諦めない鉄の意思、生きたいという渇望を感じとり、弟子として育てることにした。あれから長い時間が過ぎた。生意気で子供だったアルバも、今や私の想像を越えて、立派な一人の男になった。


「アルバ、この報告書には、一言もジェノンの名前がないが?」


ジェノンはマークの護衛として一緒にダリエ村に着いていっていたはずだ。マークが怪我をしたとき、ジェノンは何をしていたのか?あの優秀な息子が黙って兄の危急を放って見ているはずがない。きっとそこには何か理由があるはずだ。


「やはり、気付かれましたか?」


「当たり前だ、お前や息子達のこと、私が見落とすはずがないだろ」


「はい、お師さんにはばれると思っていました」


アルバが悪びれずにそう言い切ると、あの夜の全てをお師さんに報告しますと、報告書に記載されていない内容を話始めた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



やがてアルバが一通り説明を終える。成る程・・・倒れていた騎士を助けるため、ジェノンが槍を手放し、座って騎士の介護をしていた。もう一人の騎士マイケルも同じ行動。応援が必要だと話しているのを聞いた村民が、自己判断で応援を呼びに行こうとして、その場を離れた。

そこに突然襲ってきた亡者鬼、完全に不意をつかれたジェノン、村民を庇ったマーク、その亡者鬼を一息で斬ったジェノン、半分になっても動く亡者鬼、救援に駆け付けた第2騎士団・・・。


 状況を頭の中で整理する。ふむ、まず騎士が倒れていた場所に危険を感じて、非戦闘員を置いて見に行くのはいいが、戦闘員2名しかいないのに2名とも行ったのは減点だな。それと守るべき村民に勝手な行動をさせたのも、護衛対象のマークを負傷させたのも減点対象だ。

しかしその後、危険対象を素早く排除したのは素晴らしい。新型亡者鬼は固く速く、手強い相手だと報告にある。ジェノンやアルバじゃなかったら、負けないだろうが、苦戦していたのは想像に難くない。その場合、何かしらの悪影響が起こった可能性が高かっただろう。


「しかし、マークのやつ、私が言うのもなんだが、よく村民を庇えたな」


あいつは生粋の運動音痴だ。そんな素早い行動が出来たとは到底思えない。まさに奇跡ともいえる所業だ。


「それは俺も思いました、あのマークが!と」


そのせいでマークが負傷したのは慚愧に堪えないが、それでも守るべきものを守ったのだ、私はそれが嬉しくて誇らしい。


「亡者鬼5体排除・・・か」


報告書には第2騎士団にて亡者鬼5体排除と記載されている。


「えぇ、5体目に止めを指したのは第2騎士団なので、間違いないでしょう?」


アルバが堂々と言い切る。確かに間違っていないな。


「そういう知恵の回るところは、誰に教えてもらったんだか」


「弟子は師を見て育つのですよ、お師さん」


ニヤリと笑うアルバに頼もしさを覚える。その顔はとても憎たらしく、なんとも頼りになる表情だ。確かに第2騎士団団員でも手こずる新型亡者鬼だ、11才のジェノンがそれを倒したなんて報告書に記載すれば、確実に注目を浴びるだろう。ジェノンはいずれほっておいても、そのうち必ず注目を浴びるだろうが、今はまだ修行中の身、世間など気にせず、そちらに集中させてあげたい。

だがいまの話だけでは、ジェノンの名前を隠す理由にはならない。ジェノンの名前を出したとて、注目を浴びるだろうが、それは数年早くなるというぐらいで特に影響はない。寧ろ子供なのに、それだけの活躍をしたのだと、ジェノンに箔がつくに違いない。

そんな状況でもアルバは、ジェノンのことを隠そうとした。だからこの報告書には、もっと重要な虚偽があるはずだ。ジェノンのことを隠したい真実、すでに私はそれはと思うものに気付いている。私はそれをアルバに問い質した。


「マークの左腕だが、報告書ではお前が斬ったと書いてあるが・・・違うのだろう?」


アルバはバツの悪そうな顔をする。そのアルバを見て私は私の予想が当たっていることを知った。やはりこれだったか!これこそがアルバが隠そうとしたことだ。ではアルバでなかったら、誰?がマークの左腕を斬ったのか・・・それはジェノンしかいない。

ジェノンとマークは非常に仲がいい。互いが互いに尊重しあい、信頼しあっている。亡者化が止まらないマークが、ジェノンに命を、その全てを預けたのだろう。そしてその思いを察したジェノンが、兄の信頼に応えた、といったところが真実なのだろう。親の私にはそれが手に取るようにわかる。

だがこの話をそのまま報告書に記載すればどうなるか。報告書にはそんな兄弟の絆など記載されはしない。ただ弟が兄の左腕を切り落とした、とだけ記載されるだろう。それは悪意を持ったものが解釈すれば、ジェノンは兄の腕を斬った情け容赦のない非情の弟ということになる。

そしてそいつらはそのことを面白おかしく言い触らし、一生ジェノンに悪名を背負い続けさせようとするだろう。私はそれが手に取るように分かる、貴族はそのぐらいのことは平気でする生き物だ、それがたとえ子供だろうと、自分の利益の為なら、一切容赦をしない、そのことを私は経験上よく知っている。


「ジェノンの未来のため、私たち家族のため、君が斬ったことにしてくれたのだろう?本当に感謝する」


アルバは兄斬りの汚名をジェノンに着せないため、あえて自分が斬ったことにしたのだろう。そして報告書からジェノンを完全に消すことで、アルバは万が一にも、誰もそのことを気づかないように細工したのだ。

そしてその細工はジェノンのことだけではない、もしこのことが他の悪意ある貴族に知られたら、我がレイヴァン家も醜聞にさらされただろう。アルバはそれをも見越していたのだ。すべては私たち家族を守るため、なんと優しい嘘だろう、なんて懐の大きい男なのだろう。私はそんなアルバの心遣いに、素直に深く深く頭を下げる。


「や・止めてください!お師さん。頭をあげてください。私が今まであなたにいただいた恩に比べたら、このぐらいどうってことありません」


「それでも・・・だよ、アルバ。君に感謝を」


私はもう一度アルバに感謝を述べる。


「もう本当に勘弁してください、俺がここにいるのは、今日まで生きていられるのは、すべてお師さんのおかげなのですから」


アルバは照れ臭そうに鼻の下を指で擦る。彼の子供の時からの変わらない癖を見て、少年の頃だったアルバの顔を思い出し、私は思わず口元が綻んでしまう。


「あの場にいたマーク、ジェノン、メディーにも俺が斬ったことにしろと口止めしています。ジェノンは人のせいにしたくないと嫌がりましたが、ジェノンが斬ったことで、今後起きる問題を説明すると分かってくれました。

マークは、この話を始めてすぐにジェノンのためになると判断したのか、自分から口を噤むと俺に言ってきたので問題ないです。

最後にメディーですが、女性特有の口の軽さはないし、何より子供に甘い。ジェノンのためだと言えば、何があっても誰にも話さないでしょう。ですので、この件はこれで終わりです。いいですね?」


これ以上、この話は無用だとばかりに、アルバが話をそう締め括った。アルバがくれた優しい想いを、無下にするわけにはいかない。私は大きく頷き、心の中でもう一度ありがとうと感謝した。

次で第一章完結です。

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