幕間9 黒の手記 表面化し始めた闇
出勤、登校時の暇潰しにお楽しみください。もちろんそうでない方もお読みいただければ、幸いです。
今回の話はファイマ領領主、レイグリット視点です。
ルーガニア王国歴402年1月19日、この日のことを私は忘れない!忌まわしきルーガニア王国め!この誰よりも才能溢れる侯爵の後継者たる私を、よりによって死罪にするとは!!所詮、凡愚な俗物たちは、あの偉大なる研究が分からないのだ。だからあの程度で死罪!愚かな!本当に無知蒙昧なる愚かなる国よ!
その報いはいずれ国王、国民にいたるまですべてのルーガニア国民が受けることになるだろう。精々今のうちにその脆弱な人生を貪っておけ!!!死がお前らを迎えにくるまでな。
あれから幾年経ったのだろう。実験は相変わらず失敗が多いが、私の熱情は一向に収まる気配はない。むしろあの忌まわしき日を!屈辱の日を思い起こすだけで、絶えることのない感情がうねりよせる。復讐という決して消えることのない炎に身を焦がれ、その享楽に耽る。あぁ、なんと甘美なことか!
待ちに待ったこの時が来た。実験体30号が亡者鬼化した。紆余曲折を得て、この日が来るのを信じていた!やはり生きた人間に魂石を使うことで、亡者鬼は作れるのだ!
必要なのは魂石の粉末、それを与える量、そしてどの魔物の魂石を使うかということだ。魔物が強すぎてもいけない、粉末を与えすぎてもいけない、その見極めが非常に難しい。
だがそんなことより、もっとも必要だったのは絶望、恨み、妬み、怒り、といった負の感情だった。死ぬ直前まで苦しめば苦しむほど、その期間が長いほど、死んだ時に強力な亡者鬼が生まれる。
私の研究はここに今日実った!私はこの偉大なる一歩にて、死の神となり、あのルーガニアに正義の鉄槌を下すのだ!
私はまたルーガニアに戻ってきた。このダリエ村の近くにある洞窟が、私の新しい住み処となる。神たる私には相応しくない場所だが、このみずぼらしい場所から、滅びゆくルーガニアを眺めるのも悪くない。幸いことに、この村付近で実験体を3体同時に手に入れることができた。旅の商人だろう、地の人間でないので、足がつかないのがいい。
どうやら親子のようだ。泣き叫ぶ親子をじっくりたっぷりと時間をかけて痛めつけ、愛情こめて調整してやろう、男の前で女を犯しつくすのもいい、死しても消えない絶望で、未来永劫真っ黒に染めてやろう。
さすればこやつらはさぞや強力な個体になると予測できる。もうすぐだ、このダリエ村からルーガニア王国全土に死者の国を作って見せよう。
私が作った亡者鬼は異性に対する欲求が強い。それは食事としての欲求である。それを示すように、この新型亡者鬼に性別の違う生きた実験体を与えると、貪るように骨ごと噛み砕き、頭から足まで、そのすべてを平らげた。同性であっても、食べ続けるのだが、その食いつき方は異性とは比べるまでもない。
数日、そうやって実験体を与え続けた所、なんと言葉を話す亡者鬼が誕生した!これは私も完全に予想外だった。その知力自体は幼子程度だが、もしかして育て続けることにより、更なる進化が可能になるかもしれない。だがそれには餌が足りない、もっと実験体がいる。
・・・・・・・
・・・・
バタン!
なんだ、これは・・・なんだ!これは!!!
俺は怒りに震える手で読んでいた黒色の手記を閉じた。あまりの怒りに全身が総毛立ち、声も出ない。
「ダリエ村の洞窟に隠していたのを見つけました。今回の犯人の手記だと思われます」
アルバの声も硬い。俺の怒りが伝染したのだろうか。硬い声のままアルバの説明は続く。
「誰の手記かわかっているのか?」
「調査の結果、内容から鑑みて、ほぼ間違いなくマモウ・バッドメルドだと」
「マモウ・バッドメルド・・・」
「はい、402年前後から今まで侯爵の後嗣で死罪が確定したのは、マモウ只一人なので間違いないでしょう。その死罪の原因ですが、王都で女性を強姦目的で拐かしたのが原因と資料にあります。事件自体は王都警備隊に直ちに発見され、未遂に終わっております。
その罪で死罪になったマモウですが、刑執行前に牢獄から脱走、それ以降今まで行方知れずになっておりました。そしてその脱走方法ですが、謎に包まれております。
当時の資料によりますと、閉じ込められた牢獄から忽然といなくなったとのことです。徹底的に消えた原因を調査したとありますが、まったくもって原因解明までには至らなかったと記載されております。
ちなみにマモウは学生時代から、一貫して魔物や魂石の研究を専門に行っておりました。今思えば、あの誘拐事件は、強姦目的ではなく、この手記の実験を行おうとしていたのではないかと推測します」
「バッドメルド・・・バッドメルド・・・そうか、あの事件か」
俺もその誘拐未遂事件は覚えている。名門貴族の嫡子が起こした誘拐強姦未遂事件な上に、その脱獄まで前代未聞ときてる。当時の社交界でも何度も話題に上がっていた。
「確かその事件でバッドメルド家自体は侯爵から準男爵まで降格だったな?」
「そのとおりです、付け加えると、正嫡子のマモウがいなくなったので、養子が後を継いでいます」
ダアン!!!
腕組みをして、アルバの報告を聞いていたタイタンが、俺の政務机に自分の右手を叩きつけた。怒りのぶつけどころに選ばれた政務机がメキッと嫌な音をたてる。置いてあった報告書がその衝撃で一瞬宙に浮く。どうやら新しい机を調達せねばならないようだ。
「するとなにか!コイツは人体実験を止められた逆恨みで、我が領内を死者の国にしようとしていたということか!!しかも本来、国と国民を守るはずの貴族が、実験体と称して国民を非道の末、亡き者にしてだ!!!!」
普段あまり話さない寡黙なタイタンが、低いがよく通る声で怒りを表す。タイタンは弱き者を助けるために、守るために騎士になったと公言している男だ。そのタイタンの正義から真逆に位置するマモウの行為は、とても許しがたいのだろう。
「あぁ、手記を見る限りでは、そうなる」
「狂っておるわ!!」
タイタンが再び激高する。その様子をダリエ村の報告会議が始まってから一言も発せず、見守っているジルオール。一番腸が煮えくり返っているのは、ジルオールだろう。なにせ今回は息子のマークまで負傷しているからな。家族思いのコイツには、痛恨事だろう。
「とにかくこの手記に記載されている内容は極秘事項だ。この会議に出ているもの以外で知っている者はいるのか?」
こんなものが世間に広がれば、ただではすまない。生きた人間をそのまま魔物にだぞ。そんなことが本当に可能なのか?俺は自分の今までの常識が、音をたてて壊れていくのを感じた。そしてこの報告書に書いてあるとおりなら、この亡者鬼に感染したら【浄化】や聖水でも症状を止められないときてやがる。
それにこの感じだと、浄化系の聖魔法では、この亡者鬼は殺れんかもしれん。火魔法なら殺れるのは実証済だが、火というだけあって、使用場所が限定されるときた。そのうえ能力が高く、通常の剣では硬くて斬れない。やっかいだ、本当にやっかい極まりない。この亡者鬼を野放しにしたら、本当に国が滅亡する可能性がある。
「いえ、団員は手記の中は確認せず、直接私の所に持ってきました。ですので、ここにいる私たち以外は知る由もないと思われます」
「それは不幸中の幸いだな、口の軽いやつが知ってしまったら、消さなくてはいけないところだった。それでこの報告書には亡者鬼5体を排除と書かれているが、間違いないか?」
「相違ありません」
「それはこのマモウの手記に書いている親子、夫婦2人に子供1人、そして村長を含めた4人のことだな、もう1人は誰だ?」
俺の質問にアルバの眉間に皺が寄る。
「それなのですが、誰なのかわかっておりません。洞窟に住んでいた男、つまりマモウかも知れない者が、なんらかの理由で感染して亡者鬼化したのかもしれませんし、まったくの別人の可能性もあります。なにせ亡者鬼どもはすべて塵も残さず、燃やしてしまったので、顔検分も出来なくて・・・。
現場に遭遇したアリア・ミランダ母娘にも聞いてみたのですが、亡者鬼の顔は見ていないとのことで、確認はとれませんでした。現在、マークの記憶を頼りに、5人目の亡者鬼の似顔絵を作成する手はずになっております。それと同時にダリエ村にも洞窟の男の似顔絵作成のため、絵師を派遣しました」
マークの記憶で似顔絵か、ならばかなり信憑性の高い詳細な似顔絵が期待出来るな。あいつの記憶力には目を見張るものがある。あとはダリエ村の似顔絵が、どの程度の精度で完成するか・・だな。
「急いで似顔絵を作成して、マモウの顔を知っている者に確認させろ」
「はい、すでに急ぎながらも正確に似顔絵を作成してくれと、マークと絵師にもそう伝えております。早ければこの会議が終わるころには、完成しているでしょう。それと複写のため、5名の絵師を待機させております」
流石アルバ、こういうところはそつが無い。武力が強いだけでは騎士団の団長は勤まらん。
「完成次第、俺のところにも持ってこい。兄上・・・国王陛下にもお伝えしなければ」
「了解しました」
「アルバ、この事件だが、マモウ単独での犯行だと思うか?」
今まで沈黙を守ってきたジルオールが剣呑な目でアルバに問う。正直、今のジルオールは、目が据わっていて怖い。こりゃ、本気で切れているわ。
「・・・そうですね、お師さん・・・失礼、ジルオール大団長の懸念は誰か協力者がいたってことですよね、この手記を読んだ限りは単独犯のようですが、背景を考えると、実験体と称した人間を大量に拐かし、数多くの魂石を使用しています。時間も金もかかるし、そんな手の込んだことを、一人で出来るとは思えません。
実際、あの洞窟には大量の血痕、大量の魂石、いくつもの散乱し腐乱した死体、亡者鬼の成れの果て、手錠に牢屋、防音壁まであり、それら全部をマモウ一人で作ることはまず不可能でしょう。
以上のことから、出資者や協力者がいたことは間違いないです。それにあの脱獄自体、一人では無理でしょう」
「やはりそうか・・・根は深いな」
そういえばこの2人は師弟関係だったな。戦災孤児だったアルバをジルオールが拾い、鍛え育てあげた。だからアルバは誰よりもジルオールに感謝をし、深く尊敬している。そのアルバは今や我が王国には、なくてはならない必要な人材に育った。ジルオールは武力だけでなく、その知力も優秀だ。
「最悪だな」
協力者がいるということは、これで事件は終わらないということだ。そしてその協力者は脱獄前からいたに違いない。でなければ王都の厳しい警備を掻い潜って脱獄出来るはずがない。その頃からマモウと協力者が暗躍していたとしたら、ジルオールの言うとおり、かなり根は深い。
こちらとしては、マモウ単独の犯行で、そして5人目の亡者鬼が実はマモウで、事件はそれで収束というのが、理想なのだが・・・そう上手くいかんか。
今回は幸いにも発見が早かったお陰で、損害は軽微だったが、次回はどうなるかわからん。早急に対処しなければならない。事態は予想以上に悪い方向に傾いている。
「よし、ルーガニア王国全体としては陛下の判断を仰がなければならないが、今をもって我がファイマ領に緊急事態宣言をを発令する!
ファイマ警備兵の増員、各村々の自警団に警備強化を通達及び護衛を派遣、騎士団による領内の巡回強化、それと斥候の数を増やせるだけ増やして、野に放て。人数の不足分は冒険者にて対処してくれ」
俺の発言にジルオール、タイタン、アルバそれぞれが目線で意思を確認したあと、力強く了解と頷くと、代表して騎士団の大団長、ファイマの軍事の頂点を勤めるジルオールが口を開いた。
「レイグリット様、早速騎士団の編成を行います。それと期間はどうしましょう?」
「当面の間、対応策が出来るまで続ける。後手を取ったが、幸いなことに我がファイマ領の領庫は、古の森のおかげで、資金も潤沢にあるし、騎士団も精強だ。そのうえ質のいい冒険者の数も多い。対応策が出来るまでは踏ん張ってくれ。
それと教会にも協力を仰いでおく、相手は亡者、教会の教義からすると、不倶戴天の敵だ、喜んで協力してくれるだろう」
そう命令しながら、俺は以前マークが作ってきた長期的戦略指標書ってやつを、もっと早めに実用化しておけばと臍を噛む。各村々には大体自警団が存在する、だが自警団といってもその中身は、戦闘訓練など受けたことのない素人の集まりだ。
そこに戦闘指南役を派遣し村民に訓練を課す施策。戦闘指南役以外に、数名の騎士を村に派遣し、そこに住んでもらい、通常時は農作業などの村の仕事に従事、有事の際には武器を持って戦う施策、確か駐屯騎士って書いてあったな、それから斥候2人を夫婦に偽装し、各村に村民として潜ませておく施策など・・・その他いくつもの画期的施策が記載されていた。
本当に信じられない革新的な内容が詰まった書で、間違いなく我が国の重要文書になるだろう。予算を取り、来年度以降から段階を踏んで、いくつかの施策を実験的に行おうと先送りにしていたことが裏目に出た。だから俺は次の悲劇が起きる前に、この緊急事態宣言中に施策を前倒しで実用化することに決めた。
「ご心配におよびません。我らはこういう有事の事態のために、存在しているのですから。怨敵を見つけ次第、必ず抹殺します、任せてください。髪の毛一本足りとも残しませんとも。絶対に生まれてきたことを後悔させてみせますよ。いいな、お前ら」
「はっ!!」
ジルオールの不穏な空気、溢れた殺気に敏感に反応し、直立不動で返事をするアルバとタイタン。殺気にあてられた2人の顔色が悪い、俺も息が詰まり、震えが止まらん。
「・・・おぉ、頼むわ。出来れば生け捕りで、背後関係を知りたいからな・・・それとその殺気を抑えろ、息も出来んわ」
コイツ、普段は穏やかな紳士なのに、家族が絡むと本当に別人になるな。殺すといっているが、関係者を捕まえ、口を割らせ、背後関係を洗う必要性があることは分かっているだろう・・・分かっているよな!
編成を行うため、ジルオールたちが去っていった。俺はもう一度報告書に手に取り、読み忘れがないか、再度確認していく。知能を有し武器を使う速くて固い亡者鬼、アリア・ミランダ母娘を襲い、自ら亡者鬼に成り果てた村長、謎の5人目の亡者鬼、左腕を負傷したマーク、その左腕を切断したアルバ、【快癒の聖光】でくっついた左腕、何度読んでも問題山積みの報告書で、本当に頭が痛くなるな。
しかしマークといえば、この報告書を見ると、負傷したというのに、もう次の日には村の被害調査を行ってやがる。なになに、戦闘行為にて家5軒破損、うち1軒は半壊、柵も15m損壊、怪我人2名、いずれも軽傷か・・・うわっ、荒らされた畑の面積から、作物の被害額まできっちり書いてやがる。
そして今回の全被害補填額、これからの村の防衛の方法、それに必要な経費と・・・短い時間でよくここまでまとめたものだ、本当に有能な男だな。
締め括りに亀に名前を与えてくださいと、わざわざ大文字、それも赤字で書いてやがる。亀といえば、あの献上された亀のことだろうな。しかし一番重要でない亀のところだけ大文字、しかも赤字とは・・・こういう感性がずれたところは、親父そっくりだな。マークがやたらと可愛がっているし、やつに名前を付けさせてやるとしよう。
第一章も残り二話です。




