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その男、規格外につき  作者: しんぷりん
第1章 雌伏の時
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第24話 ダリエ村攻防戦8 ジェノン・レイヴァン 後編

お久しぶりです。仕事に不幸事と色々なことが重なって、小説を書くことが出来なくなっていました。ですが、これからもボチボチと不定期で書いていこうと思っていますので、お付き合い、よろしくお願いします。

 兄さんの症状は、フローラ姉さんが作った聖水を使っても、治ることはなかった。症状の進行速度を遅らせることが出来たぐらいだ。だがその効果も薬効成分が聞いている間だけで、聖水の効果が切れると、また元の進行速度に戻ってしまった。

 そんな状況の俺と兄さんは今、ダリエ村村長の家にお邪魔していた。村長の家を戦闘指揮所として借りたアルバ団長に連れられてきたのだ。その村長の家の一室で、兄さんはベットに腰掛け、治療を受けていた。


「正直に言います、これ以上は無理です」


そう俺たちを気遣う様子を見せながら、絞り出すようにその言葉を告げたのは、第2騎士団でも異色の経歴を持つ、メディーという女性騎士だった。彼女は第2騎士団で唯一の女性騎士であり、そして団では現代でいうところの衛生兵の役目を担っていた。元々教会で指折りの聖魔法の使い手だったらしい彼女が、何故こんなむさ苦しい、男だけの騎士団に入団したのか、その経緯は知らないけれど、確かな実力と愛嬌の良さで、今では若い騎士団のメンバーから、おっかさんと親しみを込めて呼ばれている。


「おっかさん、本当に無理なのか?」


「団長、あなたまで私をそう呼ぶのですか?私はまだ40才です!こんな大きな子供なんていませんからね!それ以前に独身ですし」


メディーさんがアルバ団長を睨み付ける。この異世界での女性の結婚平均年齢など知らないが、俺が見聞きしている限りでは、10~20代での結婚が多いように感じる。それを考えれば、メディーさんは完全に行き遅れだが、この異世界は魔力量の差が、健康寿命や若さとイコールになっている。凄腕の魔法の使い手であるメディーさんは、魔力量も多いのだろう、その外見はどう見ても20才ぐらいにしか見えない。


「わかったわかった、そうカリカリすんな。今度から気を付ける。それでおっかさん、マークの亡者化は止められないのか?」


アルバ団長、またおっかさんって言ってますよ。本当にいい性格してるな、この人。


「ほんとにもう!ここの子達って、みんな、これなんだから!・・・あ、ごめんなさい。そうですね、私の魔法では、マーク殿の症状を抑えるだけで精一杯です」


 突然始まった、2人の漫才の如き会話を、ぼーと見ていた俺たちに気付いたメディーさんが、少し顔を赤らめ、真面目な顔に戻ると、そう言って兄さんに頭を下げた。

 俺が亡者鬼を斬った後、救援に駆けつけた騎士たちの中に、メディーさんがいた。彼女はマーク兄さんの症状を見るや、すぐに【浄化】を唱えたのだが、俺と同じでやはりその効果は、ほとんどなかった。そして彼女は【浄化】で治らないとわかると、すぐにそれより遥かに効果の高い聖属性【光照らす聖浄】という魔法を使用した。流石に【浄化】よりは効果があったが、進行速度を遅らすだけで、症状を治すことは叶わなかった。それでも症状を治すため、村の入り口から、今に至るまで、様々な聖魔法を使用し、治療を行ってくれた。何度も魔法を使用したため、魔力枯渇になりかけたぐらいだ。まあそれを見た騎士団の人が、慌てて口に魔力回復ポーションを突っ込んで、回復させていたが。

ちなみにあの倒れていた騎士2人だが、彼らも魔力汚染を受けていた。だが彼らは兄さんと違い、【浄化】ですぐに亡者化を完治させることが出来た。そこでわかったのは、どうやらあの新型亡者鬼に噛まれると、従来の方法では、亡者化進行を止められなくなるということだ。彼らと兄さんの違いはそこしかないので、多分間違いないだろう。


「そうか、お前が無理となると、もうこの国での完治は難しい・・・か」


アルバ団長がこう言うぐらいなのだ、本当に無理なのだろう。


「そうですね、少なくても聖魔法で治そうとするのなら、無理だと思います。この国で私と同等の使い手はいても、それ以上の者はいませんから」


この国では・・・か。


「ルーガニア以外の国なら、治せるのですか?」


俺は2人の会話を遮って、気になったことを尋ねた。


「それはわかりませんが、例えば神聖教国ルミエミラルの代々の教皇は、聖魔法の中でも神級と言われている【大いなる神々の祝福】という魔法が使えると伝わっています」


「その魔法は、全ての災厄を取り除き、どんな呪いも病気も治し、欠損部位まで復元させると言われている。一説では死人ですら甦るとか・・・まあ眉唾もんだがな」


アルバ団長がメディーさんの言葉を引き継ぐ。更に話を聞いていくと、どうやら伝説ぐらいの話で、ここ数百年はその魔法を使った教皇はいないとのことだ。現在はその魔法を使うと使用者本人は死ぬとか、1人を助けるのに実は100人の犠牲がいるとか、戦争で死んだ信者が全部生き返ったとか、どう考えても信じがたい噂が、1人歩きしているらしい。


「まあそれは特殊例だとしても、【浄化】系の最上級魔法といえば、先ほどマーク殿に使用した【光照らす聖浄】です。まだ解明されていない石碑や、野良石碑を探せば、それ以上の魔法が存在するかもしれませんが・・・」


存在するかもしれないが、それを探している時間などない・・・か。俺らの話をベットに腰掛け、黙って聞いていた兄さんの左手を見ると、すでに左手首を越え、肘近くまで真っ白に変色していた。【光照らす聖浄】の効果で、進行速度は抑えていて、これなのだ。

 だけどこの【光照らす聖浄】も、フローラ姉さんの聖水と同じように、効果時間が過ぎれば進行速度は元の速さに戻ってしまう。つまり聖水も魔法も、切らすことなく使用し続けねばならないということだ。そしてそれだけのことをしても、少しずつ症状は進んでいく。俺の見立てでは、聖水、若しくは魔法で押さえつけたとして、もっとあと数時間といったところだろう。

どう考えても状況は絶望的だ。このままでは兄さんが魔物、亡者になってしまう。本当はたったひとつだけ、兄さんが助かるかもしれない方法があるにはある。・・・だが俺は正直、その方法を選択したくない。選択したくないが、このままほっておいても状況は悪くなる一方だ、猶予はない。最早背に腹は代えられんなと、俺は腹を括り、賭けに出ることに決めた。そして俺は決意を持った眼差しで兄さんを見つめ、その意思を伝えようとした。だがそれに気付いたのか兄さんは、手で俺に黙るようにと制し、俺ではなくメディーさんに声を掛けた。


「メディーさん、ご迷惑おかけしました。本当にありがとうございます」


「いえ、お役に立てず申し訳ありません」


 兄さんがメディーさんに頭を下げる。それを受けたメディーさんは、とても悔しげな表情でそう返した。聖属性の魔法使いといえば、前世でいうところの医者みたいな仕事を多くしている。本当に兄さんを治せなかったのが、彼女には痛恨の出来事だったのだろう。俯き下唇を強く噛み締めるその表情が、何よりそれを雄弁に物語っている。


「そんな顔をしないでください。本当に助かりました。あなたのお陰でこうしてまだ話すことが出来るのですから」


反対に兄さんの顔に憂いはない。普段通りの兄さんだ。


「実はもう1つだけお願いがあるのですが、聞いていただけますか?」


「なんでしょう?」


俯いていたメディーさんが顔を上げる。


「もう一度だけ魔法をかけて欲しいのです、回復魔法で結構ですので、お願いできますか」


「はぁ、魔力も回復しましたし、そのぐらい問題ないですが・・・」


「じゃあもう少し後で、よろしくお願いしますね」


そう笑顔でメディーさんにお願いすると、兄さんは今度は俺に声を掛けてきた。


「ジェノン、じゃあ頼むよ」


まるでそこの醤油を取ってと言わんばかりの、ごく自然な軽い口調だった。賢明な兄さんには、俺の考えていることなどお見通しというところなのだろう。俺は奥歯を噛み締め、一言了承の旨を兄さんに伝える。


「わかりました」


「全て任せる」


それを聞いて兄さんがニコッと笑う。いつもの優しいその笑顔に、俺は心激しく揺さぶられた。

俺は今から実の兄の腕を斬る。それが俺が悩んだ選択したくない方法というやつだ。この亡者化している部分を斬り落とす・・・。

そうすれば助かる見込みがあるからだ。でもそれをしても100%助かるわけではない。斬っても亡者化が止まらない可能性もある。誰も試したことないから、どうなるかわからない。そしてもし亡者化が止まらなかった場合・・・万事休すだ、もう兄さんを殺すしか方法がない。兄さんの「全て任せる」は、俺のことを全面的に信頼してくれているが、それも踏まえての発言だろう。

今から腕を斬られる、いや斬られる以前に自分が死ぬかもしれないとわかっていて、なお笑えるその精神、俺は兄さんに畏敬の念を抱くしかなかった。それに比べたら、俺の悩みのなんて小さなことか。怪我するわけでも死ぬわけでもなんでもない、ただ人を斬るだけ。

 俺は確かに強くなった、そこら辺の魔物やチンピラなど、簡単に蹴散らせるぐらい強くなった。でもまだまだだった。精神面では、兄さんには遥かに及ばない。それに否が応でも気付かされた。

強くなってやる、戦いの技術だけでない、心も誰よりも強くなってやる。折れず逃げず、一本芯が通った人間になろう。だからここで逃げるわけにはいかない、何より兄さんの信頼を裏切るわけにはいかない。俺は深く息を吸って、兄さんに声をかけた。


「兄さん、僕が以前よく家で小太刀を振り回していたのを、覚えていますか?」


「あぁ、鞘から抜いたり差したりを繰り返していたね。母に大目玉くらっていたから、よく覚えているよ」


 突然話が変わったにも関わらず兄さんは、それに付き合ってくれた。兄さんの言うとおり、俺は母さんに怒られるまで、よく家中で、所構わず抜刀術の練習をしていた。当時は抜刀術を覚えたくて、夢中になって行っていたが、今考えれば凄く危険な行為だ、そりゃ母さんが怒るのも当然の話だ。


「それで結局あれはなんだったんだい?」


「それを今からお見せしますよ」


俺は決めた。どうせ斬るなら今の俺が持つ最高の技のひとつで、兄さんに苦しみも恐怖も感じさせず、その左腕を斬り落としてやる。一瞬だって痛みを感じさせてやるものか。


「おい、お前ら。この時間がないときに、何を暢気に世間話をしているんだ」


俺たち兄弟の脈絡のない会話を聞いていたアルバ団長が、心配になったのか話に割り込んできた。


「もうすぐ終わりますから、待っていてください」


俺はアルバ団長にそう言って制すると、今度はメディーさんに声を掛けた。


「メディーさん、魔法をお願いします。出来れば【快癒の聖光】で」


【快癒の聖光】とは聖属性の回復系でも上級に位置する魔法だ。その効果は絶大で複雑骨折や、内部損壊などを一瞬で修復してしまう。まあ流石に切断したものを繋げることは出来ないが。【優しき癒し】ぐらいと思っていたのか、メディーさんは大きく目を見開く。が、俺たち兄弟に何か感じるものがあったのか、何も言わず呪言を唱え始めた。


【祈りよ届け 我は願う 聖なる煌めき ここに集え 雲外蒼天 安寧と再生を 紡ぐ生命の環・・・】


メディーさんの心地良くて慈しみ溢れた呪言が、部屋を満たしていく。もうすぐ呪言が完成して【快癒の聖光】が発動するだろう。その呪言を聞きながら俺は、兄さんを斬るために、集中を最大限に高める。スイッチが入ったように集中し始めた俺を見て、兄さんは黙って頷くと、静かに左腕を俺に差し出した。


「お、おい!お前ら、何を考えてやがる!ちょっと待て!」


俺たちのただ事じゃない様子を察したアルバ団長が、俺たちを止めようと動き出す。だけどもう手遅れだ。あと一言で呪言が完成する。


【・・・快癒の】


俺は抜刀体勢に移行、鞘を左手で握り、右手で柄を握る。そして左手に持った鞘に魔力を纏わせる。

魔力を纏わせた鞘は通常の鞘に比べ、何倍も頑丈になる。抜刀術の練習で、鞘走りさせる度に鞘を刃で傷つけ、破損させていた俺は、破損させない方法がないかと、日々悩み研究を重ねていた。そして俺はその研究の結果、鞘にも魔力を纏うという方法に辿り着いた。剣に魔力を纏うと、その切れ味が増すのはわかっていたが、剣でなく鞘に魔力を纏わせるというのは盲点だった。これでいくら鞘走りをしても、鞘が傷つくことはなくなった。勿論、纏わせ過ぎて限界点を超えると、砕け散ってしまうので、細心の注意が必要だ。

この結論に辿り着くまで、随分鞘を犠牲にした。その度に父さんに鞘だけをマドカから輸入してもらい、非常に迷惑を掛ける羽目になった。いずれこの埋め合わせはしないといけないなと思っている。


【・・・聖光】 


メディーさんの呪言が完成、魔法が発動する。兄さんの体が金色の光に包まれ始める。それに合わせて俺は、魔力を纏わせた鞘を、左手で引き抜くと同時に、右手で小太刀を引き抜く。刀身と鞘が互いに逆方向に走ることで抜刀の速度は急上昇、鞘走りを始めた刀身は出口を求め、カタパルトと化した鞘から逃げるように、勢いよく抜け出していく。

そして鞘から切先が抜けた瞬間、解放された刀身が、普通の抜刀ではありえない速度で飛び出す、その飛び出した刀身は、右腕の肘をバネとし、もう一段加速する。俺はその何段階にも超加速した抜き身の刀身を制御しながら、今度は瞬時に魔力を刀身に纏わせ、兄さんの左腕、亡者化している部分のみを、寸分狂わず狙い斬った。肌色と白色の境目に一条の線が入る。


チン


静まり返っている部屋に、小太刀の納刀した音が響く。その音で反応したのか、兄さんを優しく包んでいた金色の光も淡くなり、やがて消えていった。


「兄さん、体調はどうですか?どこか痛むところはないですか?」


「えっ!?まさかもう終わったのかい。何も感じなかったのだが?」


「えぇ、終わりましたよ」


 兄さんがまだ繋がっている自分の左腕を見て、驚きの声をあげる。そしてニギニギと白いままの指を動かした。それを見て今度は俺が驚く番だった。なんだと!指が動いている!?どういうことだ・・・指が動くということは、まだ神経が繋がっているということだ。だが俺は確かに間違いなく兄さんの左腕を切断した。指が動くはずがない、一体何があった?おっと、いけない、今は自分の思考に耽る前に、兄さんの容態を確認しなければ。


「メディーさん!兄の容態を確認してください!今すぐに!」


「え、えっ!あ、はい!」


メディーさんは俺の声にハッと我に返ると、兄さんの手を取ると、呪言を唱えた。俺は黙ってそれを見守る。


【宿る 生命の息吹を 魂の輝きを いま我が瞳に写せ 宿魂しゅくこんの眼光】


聖属性【宿魂の眼光】、この魔法を使用した者が、人の体を視ると、病気とか怪我、呪いや魔法がかかっているかどうかなどわかるらしい。


「白くなった左腕部分は、生命の流れを感じないわね・・・【光照らす聖浄】の効果は切れてしまっている・・・あら?」


「どうした!」


アルバ団長が俺と兄さんの声を代弁するかのように、疑問を呈したメディーさんに続きを急かした。


「いえ・・・どうも亡者化が治まっているみたいなんです」


「なんだと!確かか!!」


「はい!【宿魂の眼光】で確認しまいますし、間違いありません。それに治まっているだけでなく、亡者の毒といいますか、そういうものもきれいさっぱり消え去っています」


俺はその言葉を聞いて、安堵のあまり腰が抜けそうになった。


「つまり、これ以上は亡者化することはないということですね」


「そういうことになると思います。ですが、今回のようなことは、前例もありませんので、まだ確信が持てません。とりあえず今夜は再発しないか、こまめに確認した方が良いでしょう」


相談の結果、メディーさんともう一人の聖属性魔法の騎士、この2人で兄さんの容態を交代で診ることに決まった。


「さて、マーク、ジェノン。お前らには言っておきたいことがある」


アルバ団長が低い声で静かに俺らにそう言った。怒りのせいか、全身が震えている。


「馬鹿か!お前ら!!!」


アルバ団長の怒声が部屋一杯に轟いたと同時に、俺たち兄弟の頭に拳骨が落ちた。あまりの痛みに目の前で火花が散った。本当に強烈な一撃だ。兄さんは痛みで言葉も出ないみたいで悶絶している。俺は避けようと思えば避けられる一撃だったが、アルバ団長の心配が痛いほど伝わってきたので、甘んじてその一撃を頭に受けた。


「もう一度言うぞ、馬鹿か、お前ら!」


もう一撃加えようとするアルバ団長を見て、兄さんが抗議の声を上げる。


「ちょ!ちょっと待ってください!左腕を斬らないと亡者化が止まらないのは、アルバさんだってわかっていたでしょ!」


「だからといって、相談もなしにいきなりやるやつがいるか!」


「いや、しかしですね・・・」


「あ?もう一撃喰らってみるか?今度は手加減せんぞ」


怒りで額に浮かんだ血管をピクピクさせながら、怒気を放つアルバ団長。その姿を見てこれは本気だと感じた俺は、即座に謝ることにした。


「「すみませんでした!」」


兄さんも同じこと感じたのだろう。見事に言葉がハモった。




ーーーーーーーーーーーーーー



コケッコッコー!!


 夜が明け、朝日が顔を出し始めた。ダリエ村で飼育している鶏が忙しなくその訪れを告げている。悶々と一夜を過ごした俺は、太陽光を全身に浴びながら、村長の家の玄関で大きく伸びをする。

結局、兄さんの亡者化が再発することはなかった。だけども今現在も左腕は左肘まで白いままだし、再び亡者化が進行する可能性もある。心配事は尽きないが、今は兄さんが助かったことを、素直に喜ぶとしよう。


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