第23話 ダリエ村攻防戦7 ジェノン・レイヴァン 中編
書いた小説を手違いで消してしまいました、なろう作家さんでまれにそんな経験を書いている方がいますが、本当にショックで気絶しそうになりますね。
外に出ると先ほどまで一面茜色だった空が、少し黒色に変わり始めていた。夕焼け照らす道を、5人で戻り始める。西の入り口に篝火が焚かれており、そこに見張りだろう騎士が2人いた・・・いたと言っても、彼らは2人とも、地面に倒れていた。明らかな異常事態に俺とマイケルさんは、騎士の状態を確認するため、急いで駆け寄る。その際、兄さん、アリアさん、ミランダさんは、騎士の周囲は危険な状況かも知れないので、少し離れた所で待機してもらうことにした。
俺は周囲に異常がないことを確認し、騎士の横にしゃがみこむ。そして騎士に怪我がないか調べる。顔色は悪いが、外見に怪我らしい怪我はなかった。指先を首筋にそっと当てる。触った指先から伝わる冷たい感触、その肌の冷たさと青白さに、一瞬死んでいるかと思ったが、指先がトクントクンと脈動を感じとった。弱まっているが脈はある。よかった、死んではいない。もう片方はマイケルさんがすでに調べていて、こちらも死んではいないみたいだ。
「トム!トム!」
マイケルさんがトムさんという騎士に声をかけているが、彼が覚醒する様子はなかった。
「一体、2人に何が?」
「わかりません。僕が調べた騎士の方は、怪我はありませんが、顔色が悪く、体温が低くて一瞬死んでいるかと思いました」
「こちらも同じような状態だ。とりあえず命に別状無いようだが、起きないのが心配だな」
マイケルさんと状況をお互いに確認する。少し離れたところで、兄さんと女性2人が、こちらを心配しているのか、じっと状況を見守っている。
「とにかくこのままほっておくわけにはいかない、応援を呼びにいかないと」
「じゃあ私が呼んできます!」
マイケルさんの言葉に反応したアリアさんが、元気よくそう言うと、すぐに踵を返し走り出した。
「駄目だ!」
俺は大きな声でそれを制止する。見張りの騎士が倒れているということは、ダリエ村に何者かが侵入した可能性が高い。そんな中、戦闘能力のない人間を、単独行動させるわけにはいかない。走ったことで、少し距離が開いてしまったアリアさんは、俺の大声に驚いたのか、その場でビクッと立ち止まると、こちらに振り返った。
そんな時だった。突然民家の暗がりから、アリアさんに走り寄る者が視界に入った。俺とアリアさんまでは、少し距離が広がってしまい、どう考えても、俺が直接そこに行って、走り寄る者を止めることは出来ない。そのうえ騎士の容態を診るため、槍を地面に置き、しゃがみこんでいる状態だったので、槍を投げて牽制することも出来ない。俺は完全に遅れをとってしまった。
どこかに隠れていたのか?この距離に迫られるまで、気付けなかった。俺の能力なら、もっと周囲の警戒を怠らなければ、例え隠れていても気付けたはずだ。いや、そもそもそれ以前に、俺かマイケルさんのどちらかが、騎士を調べに行って、もう片方が3人の護衛に残るべきだった。そうすればこんな追い込まれる状況にはならなかった。
「アリアさん、逃げて!」
「え!?」
それでも俺はアリアさんに向かって警鐘を鳴らし、間に合わないと分かっていても、槍を投擲しようと立ち上がった。アリアさんは俺の警告が逆効果になったのか、突然の出来事にその場で固まってしまった。駄目だ、もう間に合わない。アリアさんと走り寄ってくる者、2人が混じり合うその瞬間、赤と黒の服を靡かせながら、何者かがアリアさんを突き飛ばした。
「マーク兄さん!」
危機一髪のアリアさんを救ったのは、紅漆黒の外套を羽織った兄さんだった。アリアさんの近くにいた兄さんが、俺の声にいち早く反応していたのだ。兄さんに突き飛ばされ、きゃあと悲鳴をあげながら、尻餅をつくアリアさん。そしてアリアさんの位置に入れ替わるように兄さんが入った、必然的に兄さんと走り寄ってくる者が激突する。その激突で吹っ飛ばされた兄さんは、2回、3回と交通事故のように地面を転がっていった。
「うぉぉ!」
俺は兄さんを吹き飛ばした相手、最早まごうことなき敵に向かって、力の限り槍を投擲した。俺の人並み外れた膂力から全力投擲された槍は、目にも止まらない速度で飛来し、吸い込まれるように敵の胸部に突き刺さった。そして槍は敵を串刺しにしたまま、勢いを止めることなく飛んで行き、民家の壁にドカン!と轟音を立てて、敵ごと突き刺さり、その勢いをようやく止めた。これで敵を殺ったかどうかはわからないが、しばし猶予が出来た。あんなやつより、今は兄さんの方が先決だ。
「兄さん!!」
俺は滑り込むように、兄さんの元にしゃがみこみ、擦り傷と土埃にまみれた兄さんを抱き抱える。うぅっと小さな呻きをあげる兄さん、良かった!朦朧としているが意識がある。俺はベルトの鞄から4級身体回復ポーションを取り出すと、有無を言わせず、兄さんの口にそれを捩じ込んだ。兄さんの喉仏が上下に動く。喉を通ったポーションがすぐに効力を発揮したのか、苦痛に歪んでいた兄さんの顔が、いつもの穏やかな表情に戻っていく。焦点の会わなかった目線も、落ち着きを取り戻した。
「ジェノン、アリアさんは無事か?」
復活した兄さんの第一声はこれだった。自分の心配より、まずは他人の心配。俺はその言葉を聞いて、兄さんは確かに戦闘能力はないが、弱きを助けるその精神は、誰よりも武人に近いなと感じた。
アリアさんを見ると、突然のことに腰を抜かしたのか、地面に座り込んでいた。だが兄さんが身を挺したおかげで怪我はないみたいだ。マイケルさんがそんなアリアさんを助け起こしていた。
「はい、兄さんのおかげで傷ひとつないです」
「そうか、それは良かった・・・それとジェノン、心配かけてすまないね。君の声を聞いて、思わず飛び出してしまったよ」
「すまないはこちらの方です。ごめんなさい、兄さん。護衛の僕が不甲斐ないばかりに」
「まあ私も無傷じゃないけど、みんな無事だったし、良しとしよう。しかしジェノン、見ていただろう?どうだ、私の運動神経も捨てたものじゃないだろう?」
「そういう問題じゃないです、僕がもっと周囲に気を配っていれば」
俺を気遣ってか軽口を叩く兄さんが、尚も謝罪を続けようとした俺を左手で制した。俺はその左手を見て、絶望の表情を隠すことができなかった。
「兄さん、指が!」
兄さんの小指が無くなっていた。噛み千切られたように根本から欠けていたのだ。手にはまだ、乾いていない血痕がベットリと付着している。怪我自体は先ほどのポーションで塞がっているが、失った小指は戻ってこない。そして兄さんの左手に、もうひとつ異変が起こり始めていた。無くなった小指の方から、肌色の手が白く変わり始めている。その白は確実に左手を侵していくように、急速に広がっていく。
まさか!まさか!この症状は!
「亡者化しているのか?」
自分の左手を見つめながら、低い声で呟く兄さん。確かにこの肌が白くなっていくという症状は、亡者化の初期症状だが、俺が知っている亡者化に比べ、あまりにも症状の進行が早すぎる。このペースで症状が広がっていくと、数十分ぐらいで全身に症状が回ってしまう。
落ち着け・・・亡者化は聖属性【浄化】で解除出来る。俺は幸いなことにその魔法を覚えている。俺を兄さんの左手を取ると、聖属性【浄化】の呪言を唱えた。
【聖なる力よ 我の願いにより 悪しき物を取り払え 浄化】
これで亡者化症状は消えるはず・・・だった。だが兄さんの左手は変わらず白いままで、症状の進行は多少遅くはなったが、以前止まることなく、ジワジワと広がり続けている。再度俺は呪言を唱える。
【聖なる力よ 我の願いにより 悪しき物を取り払え 浄化】
駄目だ!まったく変わらない。どうなっているんだ!?【浄化】では亡者化を治すところか、その進行ですら抑えることが出来ない。どうする?どうする?
「ジェノン、私はフローラ特製の聖水を持ってきている、もしかしたら効果あるかもしれない。試してみよう」
兄さんも焦っているのか、いつもと違う早口そう言うと、懐から聖水を取り出した。外見は身体回復ポーションと同じようなソーセージタイプだが、中身は青色でなく、ウイスキーのような綺麗な琥珀色だった。兄さんはその聖水を半分噛み切り、数回咀嚼するとゴクンと嚥下した。そして残り半分を左手全体に刷り込んでいく。粘度の高い琥珀色の、ドロドロのゲルみたいなものに包まれていく兄さんの左手。俺は固唾を呑んで、治るかどうかを見守る。そんな時だった。突然、辺り全体に絶叫が響き渡った。
「グリャアァアアアアア!マズィ!マズィィィィ!!!」
ちっ、奴め、まだ生きていたのか。気を失ったかどうか知らないが、俺の槍に磔にされたまま、動かなかった敵は、その胸に刺さった槍を引き抜こうと、急に暴れ始めた。それと同時にヤツの口から、何か小さいものが吐き出された。それは小さな肉塊だった。噛み砕かれたせいで、白い骨が飛び出ている、そして先っぽに爪が見えた。それが何か分かった瞬間、血液がすべて沸騰するかのような怒りが、俺の体を一瞬で駆け巡った。
指だ!あれは、兄さんの小指だ!コイツ、兄さんの小指をまるでゴミのように、吐いて捨てやがった・・・この野郎!ぶっ殺してやる!!
(怒るな!怯むな!感情は邪魔だ!戦いの心構えは神色自若、不動心こそ極致なり)
怒り狂いそうになった俺に、グラン先生の教えが頭に響いた。怒りや怯えといった感情は、冷静さを失い、判断を誤らせる。冷静で顔色も変えず驚かず、他人によって動かされることのない揺るぎない精神、それこそが戦いに際して必要な心構えなのだと、先生は教え導いてくれた。
俺はその教訓を思い出し、怒りを静めるため、大きく深呼吸をする。肺に新鮮な空気が入り込む、そして吸い込んだ息を、怒りも出ていけとばかりに、体外にゆっくりと吐き出す。次第に心が澄み切っていく。深呼吸したことで、どうにか落ち着いた俺は、まず敵を観察することにした。幽鬼のように真っ白な顔、どう見ても正常とは思えない虚ろで狂気を感じる目、口はだらしなく半開きで、そしてそこから濁った液体が垂れ流れている。そんな顔からは年齢は判断できないが、性別は男だ。それにしてもコイツが亡者鬼?なのか?実物を見たことがない俺には判断がつかないが、これまでの状況的に、ヤツが亡者鬼であることを示している。
「ワカイィィ!クワセロ!ヨコセ!!オンナ!!」
若い女を食いたいと言っているのか?それでアリアさんに脇目も振らずに走り寄ってきたのか。それにしても人語を話し、肉を食べる亡者鬼か・・・新人類ならぬ新魔物ってとこか。
「ジェノン、私は大丈夫だ。それより今はあれをどうにかしないと」
俺はチラリと兄さんの左手を見る、フローラ姉さんの聖水は【浄化】より効果があるみたいだ。広がっていくスピードが目に見えて、遅くなっていた。だが、それでも完治したわけじゃない。亡者になるまで、しばらく猶予が出来ただけだ。
「兄さん、ですが」
「ジェノン、いいかい?今あれを逃がすことは絶対に許されない。ここで逃がすと、大勢の王国民に被害が及ぶ。私は戦えないが、これでも軍属だ。民を守らなければならない。だから今は私のことより、あれを優先してくれないか?」
兄さんの鋼のように硬く、誰よりも気高い志を持った決意が、俺に伝わってくる。
「わかりました、だけど兄さんは戦えないわけじゃない。兄さんの護衛である僕は、言うなれば兄さんの盾であり、武器のひとつです。見ていてください。あの程度の相手、僕にとって敵ではないってことを、証明して見せます」
そうだ、俺が兄さんの傍に居たって、出来ることはない。精々頑張れと励ますぐらいだ。ならば今、俺が出来ることをやろう。護衛主を守るのは当然として、迫る危険を速やかに排除すること、期待に応えること、それも護衛の仕事の一環だ。
「あぁ、任したよ」
「えぇ、任されました」
そう言ってニヤリと笑い合う俺たち。さぁ、行ってくるか!
アリアさんたちは、篝火の傍に移動していた。俺が兄さんを介護している間に、マイケルさんが移動させたのだろう。魔物の中でも亡者鬼は特に火を嫌がる、まさに基本に則した行動だ。アリアさんは腰を抜かしたままなのか、今だ地面に座り込んでいる。現在篝火の傍には、未だ倒れている騎士2人、ミランダさんとアリアさん、マイケルさん。そしてそのマイケルさんは、少し手前でみなを守るように立っていた。
「ジェノン君、気を付けろ!ソイツはただの亡者鬼ではないぞ。やたら頑丈で速い。救援が来るまで、防御してやり過ごそう」
俺が亡者鬼に向かう気配を感じたのか、マイケルさんの心配した声が俺に届く。
「心配してくださって、ありがとうございます、でも大丈夫です。あの程度なら僕1人で十分です、マイケルさんはみなのこと、守ってやってください」
俺は笑顔でそう返す。あっけにとられた顔のマイケルさん。本当に大丈夫ですよ、マイケルさん。俺はアイツから強者の気配なんて微塵も感じない。槍を引き抜いた亡者鬼は、俺の槍を持ったまま、迷うことなくマイケルさんたちの方に向かい始めた。やはり!コイツ、火を怖がっていない!篝火の傍で倒れていた騎士たちを見て、そう感じていたが、予想通りだった。
「でも、そっちには行かせないぜ」
俺は疾風の如く亡者鬼に迫り寄る。それに気づいた亡者鬼は、槍を俺の顔面に突きつけてきた。成る程、速いな。マイケルさんの助言通り、俺が噂に聞いていた亡者鬼より速い動作だった。それに驚きだな、武器を使う知能も有しているのか・・・だけどそれだけだ。腰も入ってない、基本も何も出来ていない、児戯に等しいただの突きなんぞ、そんなもの俺に通じるものか。
俺は勢いを殺さず、左手で顔をガードしながら半身で突っ込む。眼前に迫る穂先を、黒魔鉄製の籠手で、少し左に逸らし、籠手を穂先から柄へと滑らしながら、亡者鬼の間合いを一気に詰める。
間合いを詰めた俺は、滑らせていた左手で、槍を透かさずかち上げた。かち上げたことで、槍を持っていた亡者鬼の両手が上がり、胴ががら空きになる。
(兄さんの指をまずいと言ったな、だったらお前の大好きな魔力をやるよ、たっぷりと喰え!)
俺はそう思いながら、小太刀に魔力を纏わせ、そのがら空きになった亡者鬼の胴に、抜き打ち片手逆袈裟を放つ。篝火の反射で赤に煌めく刀身が、亡者鬼の左腰から右脇まで一気に駆け抜ける。時が止まったかのように、急停止する亡者鬼。そして数秒後、槍が地面に落ちてカランと音をたてた。それが合図になったのか、斜めに切り裂かれた上半身が、滑り台に乗ったように、抵抗もなく地面に滑り落ち、下半身もガクンと膝が抜け、そのまま崩れていった。
俺はその様子を、残心のまま確認する。まだ気を抜いちゃいけない。普通の亡者鬼ならここで土に還るだろうが、コイツは普通じゃない。まだ動く可能性がある。そして俺の予想通り、亡者鬼は絶叫を上げ始め、切り裂かれた上半身と下半身が、モゾモゾと芋虫のように動き始めた。
「なんてしつこいんだ、コイツ」
呪いのような意味不明の言葉を発し、地面を這いずり、それでもなおアリアさんに近づいていこうとする亡者鬼。ホラー映画真っ青の光景だ。火を怖がらなくても、火自体は苦手だろうと考えた俺は、火魔法の【灯火】ですべて燃やすことに決めた。今のコイツはほとんど動けないし、【灯火】でも十分に焼き殺せることだろう。そう思い、魔法を使おうとしたそのとき、俺の耳に複数の金属音が聞こえ始めた。声も聞こえる。どうやら救援が来たらしい。
俺は人前で2属性の魔法を使うことに、躊躇いがあったので、亡者鬼の後始末は騎士団に任せることし、再び兄さんの元に戻ることにした。自分の元にやってくる俺に気付いた兄さんが、俺に向かって親指を立てて、サムズアップのポーズを送ってきた。戦い終わった俺も、満面の笑みでサムズアップを返す。そしてふと空を見上げると、茜色が稜線に消え、夜の帳が下りようとしていた。
もう少しダリエ村の話は続きます。お付き合い、よろしくお願いします。




