第22話 ダリエ村攻防戦6 ジェノン・レイヴァン 前編
マーク兄さんと騎士のマイケルさんと3人で路地を歩いていく。兄さんの足取りには迷いがない。先ほどの覚えてきた発言は真実なのだろう。兄さんは以前、自分に運動の才能がないことを嘆いていたが、それと引き換えに、こういった類いの知識や知能を活かす仕事では、他の追随を許さないと俺は思っている。少なくとも俺ではまったく敵わない。
この村は現在騎士団が巡回中で、あまり危険がないことはわかっているが、それでも俺は兄さんに危害が及ばないよう、護衛として常に周囲に気を配りながら付いていく。程無くして兄さんの足がピタリと止まる。そして1軒の家を指差し、ここですとマイケルさんに向かって告げた。
俺は兄さんが指差した家に意識を向ける。家の中からあーうーと言ったくぐもった女性の声が、聞こえてきた。
「いますね、声が聞こえます。なにか猿轡でも噛まされているようですね」
「本当かい?」
マイケルさんが俺に胡乱な目を向ける。その気持ちも理解できる、逆の立場なら俺だって同じことを言う。必滅剛槍のグランの弟子だと言っても、見た目はまだ子供だ。その子供が自分には聞こえない声を聞き取っているのだ、疑って当然だろう。それに俺がここにいることが、すでにおかしいレベルなのだ。
「マイケルさん、弟は特別です。その彼が言うのだから、間違いないです」
マイケルさんは訝りながらも、兄さんの言葉を信じたのか、無言で頷くと扉に手を掛け、中に入っていく。俺と兄さんも無言でその後に続いていく。
「こっちです」
俺は声のする方の部屋を指差す。家は狭く、すぐに声の主は見つかった。年のころは30~40代といったところだろうか、猿轡に手足を縛られ、寝台に寝転がされていた。知らない男性が入ってきた恐怖からか、女性は目を見開き、首を左右に振り、嫌々という素振りを見せ、うーうーと暴れ始めた。マイケルさんが駆け寄り、声を掛ける。
「大丈夫ですか!?ファイマ騎士団です、もう大丈夫です。いますぐ外しますので、動かないでください」
暴れていた女性がマイケルさんの言葉で大人しくなる。騎士団と聞いて安心したのだろう。こちらは任せていても大丈夫そうだ。
「兄さん、2階からも声が聞こえています」
「マイケルさん、2階には私たちが行きますので、ここをよろしくお願いします」
兄さんは俺の話を聞いて、マイケルさんにそう言うと、行こうと俺に合図を送ってきた。遅れてマイケルさんがわかったと短く言葉を返してくる。俺は寝室を出て階段を上がり、声のする部屋に進入する。こちらも先ほどの女性と同じように縛られて、寝台に寝転がされている女性がいた。
女性は一言で言うと艶やかな黒髪が印象的で、顔に殴られた痕はあるが、それでも整った顔の美しい人だった。その人は最初から暴れるでもなく、放心したようにこちらを見詰めていた。こちらというか、正確には俺の後ろにいる兄さんを見詰めていた。
「大丈夫ですか?今すぐ助けますので、お待ちください」
俺はすぐに猿轡を外し、手足のロープを小太刀で切り落とす。取り出した刃物に一瞬ギョッとした表情を浮かべるが、俺が彼女を傷つける意思がないのが伝わったのか、騒がず大人しくしていてくれた。
束縛から解放された女性は、ほっとした顔で、縛られて痺れていただろう、自分の手首を擦っている。そして一呼吸置いて女性は、俺と兄さんを交互に見比べ、口を開いた。
「ありがとうございます・・・あのマーク様ですよね?」
「そうですが?何処かでお会いしましたか?」
女性の発言に首を傾げるマーク兄さん。どうやら兄さんは知らないみたいだ。
「はい、私アリアと言います。ファイマの学校で、マーク様を拝見したことがあります」
「そうでしたか。覚えていただいていたのは光栄なのですが、私はあなたを覚えていません、申し訳ない」
「いえいえ!私が一方的にずっと見ていただけですので・・・」
慌てて両手を振り、否定するアリアさんの顔が、ゆでダコのように一瞬で紅潮した。そして言葉尻はゴニョゴニョと小さい呟きになって消えていった。それを見て聞いて壊れた人形の如く、固まってしまう兄さん。切迫した状況が、一瞬でストロベリーな空間に早変わりしてしまった。そして完全に場違いな俺・・・いやいや、場違いなのはこの2人の方か。それにしてもアリアさん、なんてわかりやすいんだ。兄さんにその気があるのなら、応援してあげたいが、流石に今はそれどころじゃない。
「兄さん」
俺は嗜めるように、軽く兄さんに声を掛ける。ゴホンと咳払いをし、エンジンが再稼働するかの如く、動き出す兄さん。
「アリアさん、すでにご母堂も救助しました。何故こんなことになっているのか、辛いかもしれませんが、理由をお話しいただけますか?ですがその前にこれを」
兄さんはそう言って、ポーションをアリアさんに差し出す。
「よかった!母も無事だったんですね!本当によかったです」
心底安堵した表情を浮かべるアリアさん。少し鳶色がかった瞳から憂いが消え、双眸に光が灯る。そして差し出されたポーションを見て、こんな高級品を貰うわけにはいきませんと突っ返そうとするが、兄さんがそれをやんわりと止め、経費だから大丈夫ですよと、ポーションをアリアさんの手の平にそっと置いた。
「美味しい」
ポーションを食べたアリアさんは一言そう呟いた。そうか、ポーションは美味しいのか。あの毒々しい青色のポーション、色味からとても食べる気はおきないが、美味しいとなれば話は別だ。機会があれば食してみよう。ポーションを食べ終わったアリアさんの顔から、スーと青あざが消えていった。どうやら殴られた痛みや、ロープに縛られた痛みも消えたらしい。
涙ぐみながら、今までの状況を語るアリアさん。どうやらこの凶行に及んだのはこの村の村長だった。突然やって来た尊重は、寝ていたアリアさんを、ロープで縛ろうとしたらしい。それに気付いたアリアさんは抵抗したが、何回も殴られて意識が朦朧としているうちに、縛られてしまったとのこと。話の途中にやって来た母親のミランダさんも、アリアさんとまったく同じような状況だったと本人が教えてくれた。
「しかしなんのためにこんなことを?」
「村長が死んでしまった今となっては、永遠にわかりませんなぁ」
兄さんの疑問に、とんでもないことをさらっと言うマイケルさん。
「えっ!亡くなった方というのは、村長だったのですか!?」
アリアさんとミランダさんも驚いたのか、口をあんぐりさせている。
「えぇ、そうです。亡者鬼に襲われて、亡者に成り果ててしまったので、第2騎士団で処分しました」
「村に魔物が!」
立て続けに入ってくる情報に、呆然とする2人。
「襲われて数日待たずに亡者ですか・・・成る程、特殊な亡者鬼とはこのことだったんですね」
「まあそれ以外にもあるんですけどね、これ以上はちょっと・・・」
チラリと俺と女性陣を見るマイケルさん。機密事項ってやつだろうか、兄さんだけならまだしも、俺も彼女らも、民間人だからなぁ。話せるわけないか。
「わかりました、この話はここまでにして、とりあえずアルバ団長のところに戻りましょう。あまり遅くなると乗り込んできそうだ」
「ですなぁ、ようやくこれで村民164名揃ったのですし、マーク殿の出番ですね」
確かに兄さんの仕事はこれからだ、村民の聞き取り調査や、被害状況の確認などやることは多いだろう。
「あら?村民は亡くなった村長を含めると、全部で166人ですわ」
兄さんとマイケルさんの話を傍観していたアリアさんが間に入ってきた。それを聞いて兄さんが眉をひそめる。
「確かですか?」
「はい、村には直接住んでいないのですが、今年始めぐらいから、村の外れにある洞窟に住み始めた方がおられます。その方はたまに村にふらっと来ては食材を買っていかれるんです」
「そうでしたか、そんな方がいらっしゃるのですね。しかしそれにしてもよく人数を覚えておられましたね」
「えぇ、村長夫人に頼まれて、税務官に渡す報告書のお手伝いをしていたものですから」
成る程、それで覚えていたのか。しかしこんな小さな村でも、ちゃんと税務報告書を申告しているのか、魔法があるファンタジーな世界と言っても、そういうことは地球と同じなのだなぁ。
「その件も合わせてアルバ団長に報告しましょう」
「そうですな、では行きましょうか」
そうして俺たちは、アルバ団長の待つ広場に戻ることにした。




