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その男、規格外につき  作者: しんぷりん
第1章 雌伏の時
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第21話 ダリエ村攻防戦5 マーク・レイヴァン

「兄さん、見えてきました」


高速騎亀を操縦している、私の後ろからそんな声が聞こえた。後部座席に乗っている弟のジェノンが、私の肩に手を置いて、立ち上がっている。私も前方を確認するが、あるのはまっすぐ続く平坦な道だけだ。


「ジェノン、私にはまだ何も見えないよ。本当に君は眼がいいね」


弟は物凄く視力が良い。魔法を使っているのか?と疑うぐらい、遥か高い場所を飛んでいる小さな鳥や、遠くにいる小動物を肉眼で見分けることが出来る。私は視力が良い方ではないので、羨ましく感じてしまう。


「どうも村の入り口で戦闘中みたいですね」


「そうか・・・第2騎士団と亡者鬼だね?」


「そこまでは流石に確認できませんが、おそらくそうなんでしょうね」


「急いだ方がいいか」


この言葉にジェノンが難色を示す。


「いえ、急がなくてもいいです、僕らの役目は戦闘じゃないはずですし、それに足手まといの兄さんが戦場にいたら、騎士団の方々に迷惑がかかります」


「はっきり言うね」


私は弟の言葉に苦笑するしかなかった。だけど自分の戦闘能力が、ほぼ皆無だと認識している私は、全くもってその通りなので、返す言葉もない。


「すみません。ですが、護衛者を手ってり早く守るのは、自分が守られる存在だと認識してもらうこと、危険な場所に行かせないことなので」


ジェノンが悪気もなく、しれっとそう返してくる。うちの弟は、こと戦闘に関しては、遠回しな言い方はせず、駄目なもの駄目とはっきりと言う。こういうところはグラン爺さんとそっくりだ。師弟揃って、戦闘に関することには本当に容赦がない。


「そうだね、私もそう思う。それじゃあこのままの速度を維持して進もう」


「はい」


暫く高速騎亀を走らせていると、弟の言葉を証明するように、私の視力でも分かるぐらい、目的のダリエ村に近づいてきた。目を細めながら見ていると、突然赤い柱が1本また1本と合計3本、数秒間隔で村の方から立ち上がり、夕焼け空を更に赤く染める。だがそれは一瞬のことで、柱は順次すっと消えていき、何事もなかったように空は通常の赤に戻った。



「あれは?火属性魔法の【火柱ひばしら】かな?学校の戦闘訓練で見たことあるけど」


「あれがそうなんですか!初めてみました!」


「火の勢いが【火柱】より強い気がするから、もしかしたら【炎渦えんか】かも知れないけどね」


どっちも見たことないです!と言うジェノンの声が、楽しそうに上擦っている、初めて見た魔法に興奮しているのだろう。火属性魔法は魔物に一番有効な属性と言われているが、その使用には細心の注意が必要な魔法だ。【火柱】や【炎渦】も開けた場所でしか使えない魔法だ。屋内や森などで使用すると、あっという間にそこらじゅうに燃え広がって、大災害になってしまう。


「どうやらあの魔法で戦いは最後だったようですね。戦闘音が消えました」


私には最初から最後まで戦闘音など聞こえなかったが、ジェノンは耳までいいのだろう。目といい耳といい、本当にどうなっているのだろう、我が弟の身体は。


「そうか、じゃあダリエ村に行こう」



ーーーーーーーーー



村入り口の少し手前の村道に、黒い焦げが3箇所出来ていた、先ほどの魔法で焼け焦げたのだろう。そして村の入り口を見れば、騎士が2名、見張りに立っている。


「おぉ、マーク殿、お疲れさまです」


見覚えのある騎士の1人が私に声をかけてきた。


「いえいえジミー殿、騎士団の方々こそ討伐依頼、本当にお疲れさまです。戦闘は大変だったのですか?」


「あぁ、特殊な亡者鬼でね、何もかも異例尽くしだ、まあそこらへん団長に聞いてくれ。村の広場にいるはずだ。ここをまっすぐ進むとすぐに見える」


特殊な亡者鬼?それはなんだろう。私たちの情報にないような亡者鬼だったのだろうか。アルバさんに後で聞いてみよう。


「わかりました、ではその前に亀を停めてきます」


いくらなんでも、騎乗したまま村に入るわけにはいかない。私は亀を置きにいくため、馬繋場に向かった。


「すまないが、ここで待っていてくれ」


私は亀から降りると、頭を軽く撫で、そう言い聞かす。クワァと可愛い鳴き声を上げると、頭を私の手のひらにグリグリと当ててくる。もっと撫でての合図だ。


「兄さん、この子、繋がないのですか?」


馬繋場に連れてきただけで、亀を繋がない私にジェノンが疑問を呈してきた。


「あぁ、この子は私の言葉がある程度わかっているみたいで、自らに危険が迫らない限り、主人が待てと言ったら、そこから動かないんだ」


「ほー、凄く賢いんですね。ところでこの子って兄さんが主人なのですか?」


「んー、それは違う。確かに領主館でよく世話しているのは私だけど、本当の主人は殿下だよ。でも殿下より、いや殿下というより、他の誰よりも私になついているからね、この子は。だから便宜上、私が主人になっているようなものだ」


「へぇ、凄い好かれているんですね。ところでこの子って、名前はないのですか?」


「うん、まだ名前はないんだよ。付けてあげたいんだけど、一応殿下が飼い主だから、私が勝手につけるのもなぁ。女の子だし可愛い名前がいいよね」


私は領主館に帰ったら、殿下に名前を付けてもらうように進言することに決めた。やはり名前がないのは不便だ。


「え!女の子なんですか」


「そうだよ、見たらわかるじゃないか」


「いやいやいや!全くわかりませんが?」


あれ?私はこの子を見たとき、すぐに気付いたのだが、他の人はわからないのだろうか?この子の性別の話など、誰ともしたことないので、気付かなかった。


「そうなのか、私だけがわかる・・・のかな?ジェノンがわからないだけかも知れないよ。まあ取り合えずそれは置いといて、仕事をすることにしようか」


いつまでもこの子を撫でていたい衝動を押さえ、今は仕事を優先することにした。


 私は村の入り口に戻り、騎士の2人と短く言葉を交わし、村内に入っていく。左右を見渡しながら足早に進む。何軒か破壊されている家があるが、そこで激しい戦闘があったのだろう。私は破損状態を確認しながら、修繕にどのくらいの費用がいるか、大雑把ながら計算していく。狭い村なので、そうしているうちに広場に着いた。広場には大勢の不安な表情の村民と、その回りを警護する騎士たちが屯していた。私はその間をすり抜け、アルバ団長の元へ向かう。


「来たか!マーク」


アルバさんが私を見て、その厳しい相貌を崩す。アルバさんは昔、父の教えを受けていた関係で、私が子供の頃、よく我が家にもやってきていた。そのため、その人となりはよく知っている。だが今は、直属ではないが、上司と部下のようなもの、職務中の今は、言葉遣いも態度もきちんとしなければならない。


「アルバ団長、ファイマ領領主レイグリット・ベルナルド・ルーガニアの命より、マーク・レイヴァン、ダリエ村に罷り越しました」


「おぅ、ご苦労さん。それでそっちの子がジェノンか?」


アルバさんの目が鋭くジェノンを射抜く。まるで値踏みをしているようだ。


「はい、そうです。ジェノン、挨拶を」


私は斜め後ろに控えていたジェノンを呼び寄せる。


「ジェノン・レイヴァンです」


ジェノンが左手を胸に当て、右手に持っていた槍の石突きを、軽く地面に打ち付ける。ルーガニア王国騎士団で、槍を持っている場合の正式敬礼だ。アルバさんもそれを見て、左手を胸に当て、右足を軽く上げ、地面を踵で打ち鳴らす。こちらは武器を持っていない場合の正式敬礼だ。短い動きなのに、2人とも物語の一場面を切り取ったかのように、惚れ惚れする見事な立ち振舞いだった。

そして2人の視線が絡み合う。すると周囲の空気が、先ほどの爽やかな秋空を感じさせる雰囲気から、突然重苦しいものに変貌した。私はその息苦しさに耐えられなくなり、思わず後ずさる。だがアルバさんがニヤっと相貌を崩すと、それは一瞬で霧消した。


「ファイマ領第2騎士団アルバだ。いいな、いいぞ。俺の威圧を直接受けても、息をするように自然に受け流すとは。それにいい面構えだ。とても11才のガキとは思えん。流石はグラン様の秘蔵っ子と言われているだけはある」


私にはわからないが、2人の間には何か通じ合うものがあったらしい。武人同士の意思疎通といったところだろうか?出来ればこういう試し合いは、私のような普通の人がいないところでやっていただきたいものだ。恐怖で息が止まってしまうところだった。

アルバさんはジェノンを気に入ったようだ。その表情にはっきり喜色が出ている。ジェノンは最初の挨拶から変わらず、何事もなかったかのように、物静かにそこに立っていた。アルバさんの言葉を聞いて、ニコリと笑うジェノン。大物だな、弟よ、その前に立っているアルバさんは、今やルーガニアの騎士の中でも、5指に入るかという実力者だぞ。


「団長、報告します!」


騎士の1人が私たちの会話に割ってくる。


「聞こう」


「はっ!食料庫の地下に隠れていた161名、全員広場に集め終わりました」


「よし、ご苦労」


ん?161名?私はその報告に疑問があったので、騎士の方に尋ねることにした。


「よろしいでしょうか?」


「なんでしょう?」


「私の記憶だと、村民の方々は165名のはずですが?」


「それは間違いないのか、マーク。今回の件で亡くなった者が1人、そして体調不良で休んでいるのが1人、合計しても163名だぞ」


アルバさんが急き込んで尋ねてくる。


「昨年の資料だったので、変わっているかも知れませんが、こちらに来る前に、領主館でダリエ村の村民の人数や名前、家族構成、職業、地図などは覚えてきましたので、間違いないはずです」


「相変わらず、お前の頭の中はどうなってんだ?普通、そんなこと覚えられんぞ・・・まあいい、それでマイケル、家の中は全部確認したのか?」


私は記憶の良さだけは、誰にも負けないと自負している。だけどこの記憶力も活かせなければ、それはただの飾りでしかない。だからこんな時ぐらい役に立たなければと、大急ぎで覚えてきたのだ。資料を持ち運べたら覚える必要もないのだが、ああいった類いの物は、どこで悪用されるか分からないので、基本全て持ち出し禁止になっている。まあ幸いなことに小さな村だったので、覚えるのは楽だった。


「いえ、確認しておりません。てっきり全員食料庫に隠れていると思っていたので」


騎士の方、マイケルさんは、アルバさんの質問に恐縮そうに答えた。


「全戸確認してこい」


アルバさんがそう指示したとき、村民の方が1人、私たちの元にやって来た


「あのぅ、すみません。その話なのですが」


我々の話を聞いていたのだろう、その村民の話を聞いてみると、どうやら食料庫に隠れた後に気付いたとのことだが、村民2名がいなかったらしい、そしてその人たちは、今もいないとのことだ。


「その方たちのお名前は?」


「アリアとミランダです」


私は頭の中の記憶から、今聞いた名前を引っ張り出してくる。


「確か東の入り口に住んでいて、母と娘2人で暮らしている方々でしたね」


このダリエ村は東西に延びており、村の入り口は東と西に1箇所ずつある。騎士団が亡者鬼と争っていたのは、西の入り口の方だ。


「あっ、はい。そうです」


村民の方が何度も頭をコクコクと縦に振る。


「見てこい、マイケル」


アルバさんがそれを聞いて、直ぐに指示を出す。


「では私が案内しましょう、幸いなことに家の場所もわかってますし」


「わかった。すまんな、マーク」


アルバさんは一瞬、思案したがすぐにそう応えた。


「騎士団の方は、警備や周辺調査で動ける人は少ないでしょうし、それにダリエ村は今、非常事態中だから村民に案内させるわけもいきません。私が行くのが一番合理的なだけです、なのでお気になさらず」


私はそう告げると、マイケルさんとジェノンを連れて問題の家へ向かうことにした。

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