第19話 ダリエ村攻防戦3 ファイマ領第2騎士団 パトリック
残酷描写がありますので、ご注意ください
おかしい、村に潜入した俺は、すぐさまその異常に気が付いた。村に活気が全くない。活気がないというより、どこにも人が見当たらない。それに朝食の時間帯なのに、どの民家からも炊煙が出ていない。ふと相棒のテオを見ると、やつも俺と同じことを思ったのか、首を傾げている。
「どう思う?」
「朝一番とはいえ、この静けさは異常だな、何かあったとしか思えん」
ふむ、やはりテオも同意見のようだ。
「だな、調べてみるか」
俺はまず村の入り口付近の民家に忍び込むことにした。パトリックを見張りに立たせ、壁伝いに2階に登り、窓の外から部屋に誰もいないのを確認し、そのまま忍び込んだ。忍び込んだ部屋は女性特有の甘い匂いのする部屋だった。俺は寝台に手を触れ、使っていたかどうかを確認する。寝台は冷たく、使用した形跡はなかった。
2階を調べ終え、1階も調べるが、人の気配は全く感じなかった。やはり台所も使った形跡がまるでない。地下室も調べるが、誰もいない。【風耳】で強化された耳でも何も聞き取れないこことから、本当にここには誰もいないのだろう。すべて調べ終わった俺は、そのまま玄関を開け、見張りをしていたテオを家に招き入れる。
「どうだった?」
「誰もいないな」
「そうか、もう1軒調べよう。今度は俺がいく」
テオが踵を返し、玄関から出ていく。俺もテオに続き、玄関から外に出る、テオは辺りをキョロキョロと見渡し、すぐに1軒の民家に目を付けたのか、すすっと足音をさせないでその民家に移動すると、俺と同じように素早く壁を伝い、2階の窓から忍び込んだ。俺は玄関近くの物陰に隠れ、意識を辺りに集中する。しばらくするとテオが玄関から顔を出し、俺を手招きした。
「どうだ?」
「お前と同じだな、誰もいない」
「全員どこかに隠れているのか?」
「そうだといいが、亡者鬼にやられている可能性もあるぞ」
「だがそれだったら、亡者か亡者になりかけの者がいるはずだろう?」
亡者鬼は人間を食わない、仮に亡者鬼に魔力汚染されてしまったとて、どこかに人が残っているはずだ。
「それもそうだな、じゃあお前の言うとおり、どこかに隠れているのかもな」
だとするのならば、村長が決めたのだろう、中々いい判断をする。おかげで村民を安全圏に移動させる手間が省けた。そのかわり、村民を捜し出さないといけなくなったが。
「あぁ、2軒とも人はいなかったし、ある程度纏まって、どこかに隠れていると考えた方が自然だろう。で、この村に隠れられるような場所はあるかということだ」
「さあな、それはわからん。ともかくここにいても、埒が明かない。幸いなことに、この村はさほど広くない。さっさとそれらしいものを探そう」
俺はその意見に頷き、村の捜索を続けることにした。
ーーーーーーー
それでも俺たちは念のため、さらに4軒ほど家の捜索を行った。が、どこも1軒目と同じ状態だった。これで俺たちの考え通り、村民はどこかに移動しているのだろうと判断出来た。
「テオ、もう家の探索はいいだろう、これ以上はどこも一緒だ。大きくて人のいる可能性がある場所、そうだな・・・村長の家、食糧庫、教会などを調べよう」
「あぁ、わかった。少し急ごう。調べるのに、結構時間を使ってしまった。村民が心配だし、団長が来る前に、ある程度状況を把握しておかないと」
「それは想像するだに恐ろしいな」
何の成果もない報告を団長にするなど、命知らずもいいどこだ。
「だろう?そんな腑抜けた報告をしてみろ、また特別訓練という名の地獄が待っているぞ」
テオのその言葉に、俺の血の気がサァと引いていく。騎士団の訓練はただでさえ厳しい。特別訓練はその中でも群を抜いて厳しい。騎士団の鍛え上げた男たちが、2~3日は足腰が立たなくなるぐらいの訓練を課せられる。俺たちを死なせないため、国や国民を守るため、必要なものだとはわかっているが、あれは出来れば避けたい。俺たちを死なせないどころか、その訓練でこっちが死んでしまいそうになるのだ。
「よし、さっさと行こう」
「だから、さっきからそう言っている」
そんなときだった。俺の耳に女の悲鳴が聞こえてきた。俺はテオを見る、テオも俺を見ていた。そして俺たちは、すぐに悲鳴があった方に向かって、同時に走り出す。そして走りながら確認をする。
「テオ、聞こえたか!?」
「あぁ、女の悲鳴だ!」
確認はそれだけでじゅうぶんだった。俺たちはさらに走る速度をあげる。狭い村だ、俺たちは程無くしてその現場に着いた。村の広場だろう、開けた場所で、そしてそこは一言で表すと惨劇になっていた。
すぐに目に入ったのは、広場中央で、血溜まりの中に倒れている男、そしてその男の首筋に噛みついている男。あきらかに異常な光景だ。そこから少し離れた先に、まだ火がついていない篝火があり、その側で女性が腰を抜かしているのか、地面に座り込んでいる。さきほどの悲鳴はこの女性だろう。
「テオ!俺は男の方に行く!お前は女性を救助しろ!!」
「わかった!パトリック、気を付けろよ」
俺は噛みついている男に向かってそのまま直進、走った勢いのまま、男を蹴り上げる。蹴りは腹に突き刺さり、蹴りの直撃を受けた男は、そのまま吹っ飛んでいき、2・3回地面を転がって停止する。男の腹は鉄のように固く、蹴った俺の方が痛むぐらいの感触だった。俺は転がった男を目の端に止め、血溜まりの男を確認しながら、腰に差しているショートソードを引き抜く。確認してすぐに確信する、あれは駄目だ、すでに死んでいる。首が半分ほど千切れていた。ピクンピクンと震える体が、さきほどまで生きていたことを感じさせる。生前はさぞや男前だったろうその顔が、余計に哀愁と恐怖感を感じさせる。
転がっていた男がゆらっと立ち上がった。目が合う。俺はその目を見て、思わず息を止めた。瞳に光が一切無く、そしてその光無い瞳から、蛆虫のようなウネウネと動く虫が多量に湧き出ていた。肌は傷だらけで真っ白、口元は血塗れだ。白と赤の対比が、さらに凄惨さを感じさせる。クチャクチャと咀嚼音が聞こえる、先ほどの男の肉を食べているのか!
「イヤァァァ!あなた!!」
女性の叫び声が響く。悲鳴をあげ、泣き叫び暴れる女性をテオが宥めていた。
「落ち着いて!ここにいると、あなたまで危ない!」
「イアヤァァア!あなた!あなたぁ!」
恐慌状態の女性に早々に説得を諦めたテオが、女性の首筋に腕を回し、頸動脈を閉めて気絶させた。そしてそのまま、女性を抱き上げる。
「パトリック、女性を避難させてくる」
「わかった、こいつはやばそうだ、早く戻ってこいよ」
俺は男から目を逸らさず、返事をする。
「ガァァァラァァアァ!!」
人肉を食べ終わったのか、男が叫びながら、こちらに走ってくる。歪な走り方だが速い。だが俺はすでに迎撃体勢だ。殴りかかってきた男の腕を斬りつける。固い皮膚に阻まれ、俺のショートソードが弾かれる。男の腕もショートソードに弾かれ、お互いの体勢が崩れる。男より速く体勢を戻せた俺は、追撃しようと弾かれたショートソードを引き戻しながら、男の胴を狙い斬る。俺のショートソードは男の胴に食い込むが、男の固い皮膚の前に傷を負わせることが出来なかった。男は胴にショートソードが食い込んでも、一切気にすることなく、踏み込んで俺の顔面目掛けて殴りかかってくる、俺は寸前で首をすくめてそれを躱す。男がさらに反対の腕を下から振り上げ、殴りかかってくるが、俺はその前に男の横に回り込み、膝の間接部に狙いを定め、上から下に、踏みつけるように蹴りつける。間接部を破壊するつもりだったが、俺の蹴りは全く通じなく、男の体勢を崩しただけにとどまった。
「おいおい、なんだこいつは!?」
剣も蹴りもまったく通じない。接近戦は駄目だ、俺の近接攻撃では男の防御を突破できない。俺はそう結論付ける。残るは魔法しかない。だが、男・・・いやこの魔物が呪言を唱えるのを、許してくれるかどうかだな。
魔物・・・?そういえばコイツ、人間を食っていたな、亡者鬼が人間を食うって情報はなかったぞ。それともこの魔物は、亡者鬼ではないのか?亡者鬼の特徴は、その血の気がまったくない真っ白な肌と、見た目は人間ということなので、条件には合致しているが。まあいい、とりあえずお前、一発魔法でも喰らってみるか!
【風よ 一筋の刃となり】
「おわっ!」
呪言を唱えた瞬間、さらに動きが速くなりやがった!俺は突然両手を振り上げ、突進してきた亡者鬼を避けるため、横っ飛びして地面に転がることで、何とか緊急回避に成功する。駄目だ、接近戦で魔法は使えなさそうだ。
タッタッタッタ タタタタタタ
緊急回避から立ち上がったとき、微かな音だが、それは聞こえてきた。強化された状態でなかったら、聞こえなかっただろう。複数の近づいてくる足音が、俺の背後から聞こえてきた。これはいつも聞いて知っているテオの足音じゃない。振り向いて確認したいが、前に亡者鬼がいる状態では無理だ。敵か味方かわからないが、とにかく至急、確認しないと。そう思った俺は、目の前にいる亡者鬼に一気に近寄る、案の定、馬鹿の一つ覚えみたいに、腕を振り上げ、襲いかかってくる亡者鬼の脇をくぐり抜け、背後に回り込み、後方から来たものを確認する。
50メートルぐらい離れた場所だろうか?そこに一体、亡者鬼がいた。こっちに向かって来ている。肌は真っ白で傷だらけ、今まで対峙していた亡者鬼とまったく一緒だ。違うのは性別だけ、ソイツは女だった。
「うそだろ」
俺は思わずそう呟く。俺が驚いたのは、その女じゃない。いや、その女にも驚いたのだが、その女の向こう側にもう一体、亡者鬼がいたのだ。女の身長の半分にも満たない少女だった。その子の肌は真っ白で傷だらけ、眼窩に目玉が見当たらず、その暗闇の眼窩からポロポロと落ちる蛆虫が、得も言われぬ恐怖を助長する。生前はきっと可愛かったろう、あの少女も抹殺しないといけないのか、なんと嫌な任務なんだ。しかし、これは不味い、1体だけでも手強過ぎるのに、亡者鬼が3体か。
タッタッタ
また俺の後ろから何かが走ってくる音が聞こえる。だが俺はその音を聞いて、今度は安堵した。これは俺の知っているテオの足音だ、間違いない。俺の予想通り、テオの声が後ろから聞こえてきた。
「パトリック!」
「テオ!」
「待たせたな、すまない。女性は近くの民家の地下室に置いてきた、あそこだったら大丈夫だ」
テオがそこまで言うのなら、きっと大丈夫なのだろう。これでひとつ心配事が減った。
「撤退するか?このままじゃこっちが殺られてしまう」
「俺も撤退したいが、コイツらを好き勝手させるわけにはいかない」
俺の隣に到着したテオを一瞥して、俺はそう返事を返す。もし1体でも村民のいる場所にでも行かれたら、最悪の悲劇になる。それだけは絶対に避けなければならない。
「そうだな、やっぱり逃げるわけいかないよな。だが俺らの武器も通じないし・・・仕方ない、コイツらをこの村で釘付け、出来れば誰もいないことを確認し終わっている、村の入り口に誘導して、そこで防御中心で時間稼ぎをしよう、そして隙あらば魔法を叩き込もう」
「魔法って言ってもなぁ、呪言唱えた瞬間、コイツ超加速して襲ってくるからなぁ」
「だから魔法は隙あらばって言ってるだろ」
「まあ結局、団長らが来るまで、付かず離れず戦って、時間稼ぎしとけってことね」
「そういうこと。あっ、それとコイツらに触られるなよ。魔力を奪われるし、汚染するぞ」
「お前ね、それ無茶苦茶厳しいこと言ってるって、自分で分かってる?」
「分かってるわ!じゃあパトリックはコイツらに触られて、亡者になってもいいんだな?」
ふぅ、俺はその答えをため息だけで返した。まったくやっかいな任務だ。いますぐ帰って酒を飲みたい。
俺たちは、亡者鬼を正面に見据えたまま、距離を取るため、村の入り口へ誘導するため、背後を見せることなく後進する。そこでまた異変を目にしてしまう。首の千切れかけた男が、ふらっと立ち上がったのだ。頭が体から垂れ下がって胸の位置にあり、逆さまになった真っ白な顔面が、その胸の前で左右に揺れ、異常さを際立たせている。そして千切れかけた首からは、骨や血管が剥き出しになっているのが見える。
「なあ、亡者になるの、いくらなんでも早過ぎないか?」
「あぁ、どう考えてもさっき殺られたばかりだもんなぁ」
亡者になるには、普通数日掛かる。この速度は明らかに異常と言っていいだろう。
「参ったね、こりゃ」
その声が合図になったかは知らんが、3体の亡者鬼と亡者が俺たち目掛けて走ってくる。俺たちは顔を見合わせ、今度は背を向けて一目散に駆け出した。
「なあ!どっかの民家に逃げ込もう!やっぱり4体同時に相手にするのは無理だ!」
「こんな村の家の扉なんてすぐに壊されるぞ!だが考え方は悪くない。時間稼ぎは出来る。だけどコイツらは生物が持っている魔力で、居場所を識別するから、家に隠れてもすぐに見つかるぞ、逃げ切るのは無理だ!」
「【惑いの闇】も効果無しってやつだな。しかしテオ、お前忘れてないか?そもそも逃げ切ったら、駄目だろーが。コイツらは俺らの目の見える範囲にいてもらわないと」
「忘れてないし、パトリックに言われなくても分かってるわ!」
心底心外だという顔のテオ。ちらり後ろを振り返ると、4体の魔物たちは、きっちり俺たちに付いて来ている。戦っても勝てず、だからと言ってここから逃げるわけにもいかず、触れられた時点で終わりだなんて、本当になんてやっかいな任務なんだ。
お読みいただきありがとうございました




