第16話 兄弟2人旅+亀
ちょっと長めの話になるので、区切りました。
「亡者鬼ですか?」
それはある朝のこと、いつものように早朝の自己鍛練を終えた俺は、食べ物を求め、食堂にやってきた。腹を空かし食堂の椅子に座った俺に、先に朝食を食べ終えていたマーク兄さんが、その話題を投げ掛けてきた。
「そう、亡者鬼、ファイマ領の北東にあるダリエ村なんだが、その村近辺にどうも亡者鬼が現れたらしい。」
亡者鬼、いわゆるアンデットみたいなやつだ。やつらは魔物の中でも特殊な部類に入る。魔物は人を襲い、人を丸ごと食すのだが、亡者鬼は人は食べずに人間の魔力だけを奪う。そして亡者鬼に魔力を奪われたものは、魔力が汚染され、段々と亡者化していき、最終的には亡者となる。
だが初期から中期段階であれば聖属性【浄化】や薬学士が作る聖水で救うことが出来る。だが末期の亡者、又は完全に亡者になってしまった者を助ける手段は今のところ存在しないと言われている。
「それは一大事じゃないんですか?」
「もちろんだよ。だから領主命令により、亡者鬼討伐隊が組まれて、今日の朝出発しているはずだよ。」
「へぇ、ならすぐにでも問題解決ですね。」
このファイマ領はルーガニアでも魔法石碑という重要施設が多くあるし、古の森に隣接している関係から、騎士団のレベルが総じて高い。そのうえ、うちの父さんにいつも鍛えられているのだ、弱いはずがない。それに2つ名を持つ双璧のタイタンさんに疾風のアルバさんもいる。俺はまだ会ったことはないが、父さんやグラン先生の話を聴いていると、どうも相当な実力者らしい。
「うん、まあそうだね、騎士団からはアルバ団長と第2騎士団から何名かが行く事になっているから、そっちは大丈夫と思う、問題は私もそこに行くことになってるってことなんだよ。」
なに?マーク兄さんが?兄さんが現地に行っても足手まといしかならないと思うのだが。その思いがはっきりと顔に出たのであろう、マーク兄さんは苦笑混じりに俺に同調する。
「そう、私がそこにいても足手まといになる可能性が高いのだけれど、被害にあった村の状況や、食料事情や財政状態など確認する人が必要なのだよ。村人とってそれは早ければ早い方がいいからね。」
なるほど、それは確かに騎士団より完全に兄さん向けの仕事だな。
「それでね、話の続きなのだけれども、私の警護をジェノンに依頼したくてね。」
「えっ!僕がですか?騎士団の方がいるのでしょう?」
「それが騎士団は他の仕事も多くて、今回は亡者鬼討伐員を確保するだけで精一杯でね、私の警護はそういう理由で、冒険者に頼むことになっていたのだけれども、私としては弟であるジェノンの方が気兼ねがいらないし、それに私は正直に言って、冒険者よりジェノンの方が頼りになると思っている。」
うーん、頼りにしてくる気持ちは嬉しいのだが、いかんせん俺はまだ11才。普通に考えれば学校にいって、勉強している年だ。決して討伐に参加したり、護衛したりする年ではない。
「僕としては構わないのですが、11才の子供の僕を護衛に連れていって、兄さんが恥を掻きませんか?」
「それこそ今さらだよ、グラン爺さんの弟子でうちの父さんの息子だよ?子供だとはいえ誰も侮ったりしないよ。それにジェノンを侮った人の方がきっと後で恥を掻くことになるって、私は思っているから、何も問題ない。」
「わかりました。兄さんがそう言うのでしたら、お伴します。いつ出発なのですか?」
「ありがとう、じゃあジェノンの朝食後、用意が出来次第、出発しようと思うけど大丈夫かな?」
「はい、構いません。」
「よろしくね、じゃあ私はそれまでに用意するものがあるから、先に失礼するよ、また後で落ち合おう。」
兄さんは笑顔で俺にバイバイとばかりに手を振りながら食堂から去っていく。行くのはいいのだが、現地までの足はどうするんだろうか?馬で行くのだろうか?兄さんが乗馬など出来るわけないし、その場合、やっぱり俺が乗馬するのだろうか?とはいえ俺も馬に乗ったことなどないのだが。
そんなこと考えながら上の空で朝御飯を食べていたら、母さんに怒られてしまった。いや、すごく美味しかったんだけど、それ以上に今回の件が気になって仕方がなかったのです、ごめんなさい。
ーーーーーー
俺は母さんに怒られるというイベントを無事クリアし、背負い鞄に乾パンや干し肉、てぬぐいに包帯など必要になるだろうと思われものを次々に詰め込んでいく。我が家には、常にこういう非常食やポーション、薬等が常備されているので、ちょっと拝借させてもらった。もちろんそれを管理している我が家の執事であるセバスチャンことセバスにはきちんと許可をもらっている。
俺の旅衣装だが、腰帯を巻き、その左側に小太刀を差し、そして革ベルトも腰に巻く。革ベルトには小さな鞄が備え付けられており、俺はその中に4級身体回復ポーションを3個入れておく。このポーションだが、実は形がそのまんまソーセージだった。俺も知らない動物の腸で作られていて、その腸を加工し、その中にポーションの中身が詰め込れている。使用するときはそれをそのまま食べたり、割って薬液を傷口に付けるそうだ。使用したことのない俺にはわからないが、少なくとも美味しくなさそうな雰囲気が漂っている。だって色が真っ青で本当に青!ってぐらい青を自己主張してるのだ。
さて防具の方だが、両手に籠手、胴に鎧、両足にすね当てといった出で立ちだ。材質は超重量になる黒魔鉄じゃなくほとんどが革製だ。遠征するのに超重量の黒魔鉄はふさわしくないからだ。だが左手の籠手だけ黒魔鉄を使用している。俺の戦闘スタイルだが、防御は全て躱すことを基本にしている、だが避けられない攻撃や受けなくてはならない攻撃があることを想定して、盾がわりに防御出来るようにこれを装備している。そして最後に槍、もちろんこれは俺のメインウェポンなので必携だ。
準備を終えた俺にタイミングよくマーク兄さんが声をかけてきた。
「そっちの準備はどうだい?」
「たったいま終わりました。」
俺は兄さんを見る、いつもの麻や綿といったラフな服装でなく、今日はちゃんとした戦闘用の出で立ちだった。厚手の黒と赤を基調にした外套を羽織った兄さんは、非常に似合っていて、その男前にさらに磨きがかかっている。
「兄さん、似合っていますね。」
「まあ、衣装だけなら私はそこそこ背も高いから似合うのだろう、中身は伴ってないが。この紅漆黒の外套は今回の仕事に際して私に支給されたものだよ、まったく殿下も思いきったものだ。」
そうか、これが紅漆黒の外套か。マーク兄さんが着ている外套は、黒紋赤蜘蛛という蜘蛛の糸から作られた、非常に軽量なのに、防刃・防火・耐衝撃に強いという優れた逸品だ。ただし高性能ゆえ、価格もかなりする。
「まあ、それだけ期待されているということでしょう、いいじゃないですか。」
なにも期待していない人間にそんな高級品を支給する上司なんていないだろう。若しくはその装備が必要なぐらい危険度が高いということだろうか。どっちにしろ、マーク兄さんの無事を願ってのことに変わりはない。
「そうだと願いたいね、じゃあそろそろ行こうか。」
「兄さん、ところで現地までどうやって行くんですか?」
「それは外に出たらわかるよ。」
フフフと自慢げに笑う兄さんの後に続き、俺は玄関に向かう。外にでると、緑色の巨体が目の前に鎮座していた。なんだ、コイツ?亀?甲羅に四足、そして顔は亀、おぉやっぱり亀だ!デカいな、その大きさは3メートルぐらいはありそうだ。ちょっとした軽四並みではないか。見れば甲羅の上にソファーのようなものが設置されている。しかも前後2台、4人ぐらいなら楽勝、詰めれば6人は座れそうだ。見送りに来た母さんとセバスも目を見張っている。
「兄さん、これは?」
「これは高速騎亀だよ、聞いたことないかい?」
「まったく聞いたことありませんでした。」
「そうか、ルーガニアより南方にあるティティエ国近辺では騎馬の変わりにこの騎亀に乗るんだよ、向こうは湿地帯が多いので、馬よりこの子の方が移動が速いらしい。先月、ティティエ国の関係者がファイマ領に来ていてね、その際に殿下に献上されたんだ。今回はこの子を使って向かうことにしたんだ。」
向かうことにしたんだって・・・、誰が運転というか、操縦ならぬ操亀するんですか?亀はあくびしてるし、大丈夫なのか?そもそもここは沼地ではないのですがね。
「ところで、コイツ、誰が動かすのですか?」
「この子、素直ないい子でね、なんと私でも扱うことが出来るんだ!領主館からここまでだって私が乗って来たのだから、大丈夫だよ。」
ニコニコ爽やかイケメンスマイルで答えるマーク兄さん。馬に乗れなかった運動音痴のマーク兄さんは、亀とはいえ、生き物を乗りこなせたのが相当嬉しいのだろう。いつもより顔が上気している。
「さぁ、早速行こうか!」
マーク兄さんはそう言って亀に乗り込み、手綱を掴む。俺は無言で恐る恐る亀の甲羅に上がり、兄さんの後ろのソファーに座る。
「ジェノン、ちゃんと座ったかい。よし、じゃあ行ってきます!出発!」
俺がソファーに座るのを確認し、手綱を引くマーク兄さん。先程まであくびをしていて、いかにも亀という鈍重そうな感じで鎮座していた高速騎亀は、すくっと立ち上がったかと思うと、思った以上の速度で動き始めた。速い、速いぞ、コイツ。そして結構揺れる。ふと振り返り家の方を見れば、執事のセバスと母さんが大きく手を振っていた。しまった、タートルショックのせいで、行ってきますの挨拶を忘れてしまったじゃないか。俺は慌てて大声で行ってきますと叫び、母さんたちに手を振りかえす。振っている合間もどんどん小さく遠ざかっていくセバスと母さん。やがて2人は豆粒のように小さくなり、見えなくなった。
俺はソファー深く座り直すと、しばし流れる風景を楽しむことにした。
そうして俺はマーク兄さんと高速騎亀と共に、ダリエ村に向かうことになった。
次回もお付き合い、よろしくお願いします。




