第15話 名前を付けよう
今回はコメディー色強めに仕上がっています。
いつもの半端なく厳しい訓練も終わり、ちょっと時間が余った夕食前のひととき、俺は訓練直後の荒い呼吸を整え、少し前から疑問に思っていたことについて、グラン先生に質問することにした。
「先生、槍の技ですが、名前はないのでしょうか?」
「ん?どういうことだ?」
「言葉通りの意味です、例えばこれとか・・・ハッ!」
俺は短い気合いを発し、槍を中段の構えから、手首を返しながら素早く上下に動かし、そのままの勢いを保ったまま中段突きを入れる。激しく素早く上下に動かされて慣性を残した槍は、蛇のようにしなやかに揺れる突きに変貌する。穂先の重さと柄のしなりを利用した揺れながら相手に向かう槍技である。上下に激しく一瞬で動かすことで、相手に突く場所を悟らせない幻惑の突き技になる。最初習った頃は、使う自分ですらどこに刺さるかわからなかったが、今では誤差なく目標に突き刺すことが出来る。
柄の材質や長さ、そして柄を持つ場所、穂先の重さなど、色々な条件で揺れ幅が変わるので、槍を持ち替えると、目標を正確に突き刺すのがさらに難しくなる。だがこれはいろんな槍を練習で使ったり、柄の持つ場所を何度もずらしたりすることで解消される、慣れてくれば持った感じで瞬時に把握できるようになる。弘法筆を選ばずというやつだ。
無論、覚えるまでかなりの時間を要した。そしてこの技は縦揺れだけじゃなく、横揺れや斜め揺れ、回してから突く方法もあったりする。別に正確に目標を突かなくても大体でいいじゃんと思ったりしたが、グラン先生の槍の教えにそんな中途半端な技術は存在しないし、それでは許してもらえない。故に俺は手の皮が何度剥けたかわからないぐらい練習した。
「こういう技に名前はないのですか?」
「考えたことないな。知ってのとおり俺の槍は独学だ、誰にも教わったことがない。それに槍をきちんと教えるのもジェノンが初めてだから、名前が無くて困ったこともない。」
「そもそも先生ほどの武人がどうして弟子を取ってないのですか?」
「取らないつもりはないのだがな、何人かにせがまれて教えたこともあるのだが、誰も俺の訓練についてこれんのだ。・・・ジェノン、お前以外はな」
グラン先生はため息混じりに苦笑する。そうだった、先生の訓練は厳しい。それは孫のように可愛がってくれる俺に対しても何ら変わりはない。人生の大半が戦場だった先生は、その厳しさを誰よりもよく知っている。だから俺が戦いに耐えられるように死なないように、全てを叩き込んでくれている。だからこそ本当に厳しい。俺もあの赤ちゃんの頃から鍛え続けた、魔力量増量法や身体能力強化法をしてなければ、挫折していたかもしれない。
「だいたい、今の若造どもはどいつもこいつも腑抜け揃いだ、平和な時代が30年ぐらい続いただけで、こんなに軟弱なやつが増えるとはな。戦争しろ無理矢理戦えとは口が裂けても言わんが、習いたいとやって来るものがそんな気概でどうする、もうちょっと根性ぐらい見せてほしいものだ」
だんだん愚痴っぽくなっていくグラン先生。いやいや若い頃、毎日が戦いで生きるか死ぬかの生活を続けていたグラン先生視点で見れば、大体はみんな軟弱になっちゃいますよ。いかん、長くなりそうだ。どうもこの弟子うんぬんの話は地雷だった。俺は愚痴る先生の話の腰を折り、強引に話題を転換する。
「じゃあ、流派名とかも、もちろんないですよね?」
「ん?そりゃあないぞ。そんなもん、いるのか?」
「いるでしょう!」
俺は速攻で応える。何故いるのかって?だって格好いいだろ!何々流とか名乗りたいではないか、例えばグラン流槍術とか。ちなみにこの世界にも各流派が存在する。父さんから教えてもらった刀術はマドカ流刀術という、刀発祥の地、マドカではスタンダードな刀術らしい。
そして父さんが今使っている盾と剣の流派は、ルーガニア王国騎士剣術という流派で、その名の通りルーガニア王国軍で正式採用されている剣術だ。そして槍術もあり、ルーガニア王国騎士槍術という。騎士団ではこのどちらかを必修させられるそうだ。もちろんそれ以外に在野には斧術、細剣術、弓術など色々な流派があるし、他国の流派を教えている道場もルーガニアにはある。
「お、おぅ、そうか。・・・じゃあ全部お前に任せる」
若干引きぎみの先生、先程の言葉に興奮して突然大声で詰め寄った俺に驚いたみたいだ。だが俺にとっては先生の発言の方が、それより余程驚くべき出来事だ。
「えぇ!任せるって?僕が決めるんですか!?」
「そうだ、俺はそういう七面倒くさいことは好かんし向かん。そういうのはお前に任す。いい名前を付けろよ」
これは大任を命じられてしまった。まさか全部放り投げてくるなんて思いもしなかった。技も流派も俺が名前をつけるのか。これは・・・・うん、楽しいじゃないか。なんとワクワクする話だ。自分で名前を付けられるのか。まず流派はグラン流槍術にしよう。そんな俺の考えを読んだか読んでいないかはわからないが、先生が先手を打ってきた。
「ただしグランの名前を使うのだけは禁止な」
「!何故です?」
「自分の名前が入った流派なんて、恥ずかしいに決まってんだろうが!」
「え~~、折角グラン流槍術って流派にしようと思っていたのに」
「やっぱりか、それ絶対駄目だからな、つけたら今日で破門な」
心底嫌そうな顔で言ってくる。そこまで嫌なのか、仕方がない、俺も流石に破門は避けたい。グラン流槍術は諦めよう。しかし技名はそれっぽいのを考えるとして、流派はどうしよう、諦めるって決めたばかりだが、グラン以外浮かばないぞ。
「先生、正直に言いますと、流派はグラン流槍術以外浮かばないのですが」
俺は思ったことをありのまま先生に伝える。
「駄目だ、違うのを考えろ。・・そうだ、お前の親父の名前にしたらどうだ?」
いかにも名案を閃いたという顔をした先生が、そう提案してくる。
「いやいや、無理に決まっているでしょう!」
俺は即座にそれを否定し、そんな無茶苦茶な話あるか!と心の中で突っ込む。父さんはそりゃもちろん槍も使えるけど、それはルーガニア王国騎士槍術だし、しかもメインウェポンは槍でなく剣だし。
「無理か。難しいな、ほら、やっぱり面倒くさいじゃねーか。もういっそのこと、ジェノンの名前にしたらいいんじゃないのか?」
な・なんだと、流派を俺の名前にする、だと・・そんな・・・
「そんな恥ずかしいこと出来るわけがないじゃないですか!」
「ほ~ら、さっきの俺と同じこと言ってるぞ」
ニヤニヤと笑ってこっちを指差すグラン先生。くっ!ここでまさかのブーメラン攻撃とは。
「いや、僕の場合、僕が作った槍術じゃないのに、そんな厚かましいこと出来ないという意味で恥ずかしいと言ったのですよ」
「俺にとっては槍は槍、それだけだ。だから名前なんてどうでもいいんだよ。どうせ俺の槍術、全部ジェノンが継ぐんだから、もうお前の名前で決定な。ジェノン流槍術にする」
そんな馬鹿な、どこの世界に開祖の名前でなく弟子の名前をつける流派があるというのだ。そんな無茶を言う人間いないだろ・・・あっここにいたわ、1人。これはやばい、あの目付きは完全に本気だ、急いで阻止しなければ!
「先生、再考してください。そんな馬鹿な話ないでしょ!そうでしょ!どこの世界に」
先生はそんな俺の必死の言葉に、無情にも言葉を被せてくる。
「いーや!俺は決めた!もうこれに決定にする。ジェノン流槍術、中々いい名前じゃないか。俺はこれからはジェノン流槍術のグランと名乗ることにする」
先生はそう言って槍を突き上げ、堂々と見得を切る。俺は縋り付いて頼み込んだが、先生の意思を変えるには至らなかった。そしてここにジェノン流槍術が誕生した・・・・・。
って、そんなわけにいくか!
俺は後日、母さんに泣きつきながら事情を説明、母さんという先生にとって最大の弱点を利用することにより、無事先生を説得することに成功する。が、結局それでも俺の名前は使われることになり、グラン先生と俺の名前を足して、ジェラン流槍術がここに難産ながら、誕生することになった。
俺が槍を始めて6年後、11才の時の出来事である、どうしてこうなった。
今日もお付き合い、ありがとうございました。また遊びに来てください。




