第13話 槍を始めて5年経ちました
本日もよろしくお願いします!
俺は今、グラン先生と向き合っている、手に持っているのは、両方とも穂先の付いていない棍棒。お互いが同じ中段の構え、俺はピクリとも動かない山の如し先生の、一挙一動を見逃さないように、注意深く観察する。何分経ったのだろうか、いつ動くかわからない先生の動きを見極めるため、俺はただひたすらに注意を切らさないで先生を観察し続ける。
永遠に続くかと思われた時間は突然終わりを告げた。その動作は無拍子、最小限の動作で最大の力を発揮させる、機能的で無駄のない、最短距離で迫ってくる鋭く稲妻のような瞬速の突きが、俺に向かって一直線に伸びてくる!その攻撃を見定めた俺は、遅れること一瞬、自分自身が持てる最高の動作にて、先生の突きを突きにて迎え撃つ。足から腰に、腰から腕へと力が伝わり、その螺旋の動きが棍棒に力を与える。
カン!!!
寸分の狂いもなく棍棒の先端同士がぶつかり合った。俺はぶつかった衝撃で棍棒を落とさないように、両手で握りしめながら、しかし力まないように絶妙の力加減で、棍棒を手元に引き戻し、再び中段に構える。そして再び静寂が支配する。
しかしそれは仮初めの支配だった、静寂も束の間、再びグラン先生が中段突きを放つ、俺はもちろんそれに合わせて先端を合わせにいく。だが先生はその棍棒を素早く引き戻し、即座にもう一度突きを放ってくる。フェイントに見事に引っ掛かった俺、宙ぶらりんになった如く、突き出したままの棍棒は、すでに先端を合わせられるわけもなかった。一直線に向かってくる先生の棍棒を体を捻りながら寸前で躱す。だが捻って躱した棍棒は、そのまま進行方向を真横に変え、唸りをあげて俺に迫ってくる。
「うぉぉぉ!!」
俺は間一髪、手に持っていた棍棒を縦に持ち直し、迫ってきた棍棒を棍棒で防ぐ。カーン!!と拍子木のような小気味良い音が激しく響く。踏ん張るが重量の差で、俺は防御姿勢そのままの体勢で、数メートル吹っ飛ばされる、地面を削り、土煙をあげ、ようやく停止する。
俺は10才になり、グラン先生との訓練も5年目に突入した。内容も段階的に難しくなってきている。今現在行っているこの訓練も非常に難度が高い。どういう訓練かというと、簡単に説明すれば、グラン先生の突きを突きで止めるという訓練だ。ただし、先生の突いてくる棍棒の先端と、自分の棍棒の先端をぶつけて止めなければならない。直径40~50mmほどの先端同士を合わせるのだ、しかもグラン先生はいつ突いてくるかわからないし、突くときもノーモーションで突然突いてくるというおまけ付きでだ。難度が高いなんてもんじゃない、さすがに出来るわけないと思っていたが、俺の能力は自分が思っている以上に高かった。
確かに始めた頃は、流石に自分の棍棒を、相手の先端を合わせるなんて離れ業は出来なかったが、それでもそのまま俺の体に一直線に伸びてくる棍棒はなんとか躱すことが出来た。先生にしてみればそれですら、驚愕に値する出来事だと言っていた。普通の人間は、そのまま腹に直撃、悶絶コースまっしぐらだそうだ。
この訓練を始めてから顕著に感じるのだが、どうやら外的でなく内的な力も相当向上していることがわかってきた。何故かというと、俺は自分の体を意識して集中すればするほど、相対的にその部分が鋭くなっていく感覚があるからだ。魔力量増幅訓練で全身隅々、それこそ細胞の1個まで魔力を行き渡らせていたのが、理由だと思う。
どういうことかというと、聞き耳を立てれば遠くの音も聞こえるようになるし、目に集中すればいつも以上に遠くまで物が見えるようになるし、気配を探ろうと集中すれば、自分には見えない後ろや離れている場所にいる者の存在を関知することが出来し、意識を相手(この場合はグラン先生)に集中すれば、一瞬で静から動に切り替わって、そこから放たれる電光石火の突きも、見定めることが出来るようになった。
俺はこの訓練で、いままでずれていた体の内部と外部が完全にシンクロしていくのを日々感じ始めていた、自分の体が覚醒していくのが分かる。
例えるなら、今まではF1カーを免許取り立ての人が運転していた状態、シンクロしてからはそれがF1の名ドライバーに変わったかのように、自在に体の使い方がわかってきた。全能感というのは、こういうことをいうのかも知れない。
まあだからといって、俺はそれで増長し、基礎を疎かにするつもりはない。必殺の攻撃も突き詰めれば、基礎が土台にあり、それが昇華された結果のものである、それは繰り返し繰り返し、気が遠くなるぐらい槍を振るって手に入れるものだ。結局、戦闘で大切なのは、身体能力もそうだが、それ以上に技術と経験だと俺は思う。どんなに運動神経が良かろうと、筋肉があろうと、そこに技術が伴わらないと、それは宝の持ち腐れである。
俺は先生の攻撃を初動から見定めることが出来るようにはなったが、初動前の行動を感じることは出来ないし、フェイントなどをかけられると、さっきのように対処が間に合わなくなる。だがグラン先生は、俺が攻撃する前から、俺の動作を最初からわかっていたかのように、対処してしまう、身体能力だけでいうなら、俺はもう、グラン先生を超えているだろうが、俺の攻撃がグラン先生に当たることはない。先生に理由を聞いたところ、俺が攻撃する前からどこを狙っているか、どう攻撃してくるか、どう防御するか、どう躱すのか、手に取るように分かるらしい、これが経験の差、技術の差というやつだろう。本当に武の道というのは奥が深い、そしてそれを極めた人は本当に恐ろしい。
さて、この訓練だが、大きく分けて3つの意味がある。
1つ目は相手の動きをよく観察し、その呼吸、その目線、その表情、腕や足、筋肉、体全体の動き、それらから相手のすべてを察知する訓練。目で見るのではなく感じとることを主体にしている訓練で、まさに今の俺に足りない物を補う訓練だ。
2つ目、自分の思い通りの場所に、1mmの狂いもなく正確無比に突きを放つ訓練。面や線でなく点での攻撃こそ刺突武器の最大の武器で、殺傷力も一番高い。最高の攻撃とはとどのつまり、相手をいかに簡単に素早く殺すことが出来るかということだ、槍の場合、正確に急所を突き刺すことこそ、それにあたる。
3つ目、集中力を鍛える訓練だ。先生がいつ攻撃してくるかわからないので、集中を切らすわけにはいかないし、棍棒を先端に合わすにも極度の集中力がいる。
観察力、正確力、集中力、この3つを兼ね備えた訓練が今行っているこの訓練というわけだ。
グラン先生は槍を誰に教えてもらうことなく、そのほとんどを戦場にて鍛え上げた真正の武人だ。だからだろうか、その槍に関するは考え方は思想的でなく、恐ろしほど冷徹で合理的だ。先生の教えは、殺しの技術、正にこれに尽きる、いかにすれば効率よく人や魔物などを壊す・殺すことが出来るのか、この一点に集約されている。だから先生の指導は、ここを突き刺せば、骨に当たらず急所に届くとか、鎧のこの場所は強度が弱いので狙い目だとか、ここは骨が固い場所で当たると刃が欠けるから狙うなとか、その教え1つ1つが物凄く合理的だ。そしてそのためにこう斬る、こう刺す、こう叩くといった実技も1つ1つ指導してくれる。
俺は5才からこの指導を受け続けているが、ふと自分の常識で照らし合わせてみると、異常そのものだと思う。年端もいかない子供に、合理的に生き物を殺す方法を教え続けているのだ。それともこの異世界ではこれが普通なのだろうか?まあそれを教えてくれと頼んだのは俺なので、異常だと思ってはいても、何の文句などはない。
それはともかく、先生の教えというのは全てにおいて合理的で、それは訓練にしてもそうだ。俺の成長に合わせて段階的に訓練内容も変わり、難度も上がっていく。まるで教練書があるかのように、淀みなく様々な経験をさせてくれる。
「違う!ジェノン、まだお前は俺の動きだしを確認してから、棍棒を合わせに来ている、常人離れの反射速度がそれを可能にしているが、それでは駄目だ、というかそれが駄目だ、目に頼りすぎている、自分でもわかっているだろう?だからお前は牽制にあっさりと引っ掛かってしまう。俺が動く前にその兆候を感じ、さらにそれが本物か偽物の攻撃かを一瞬で確実に感じとれ。いいか、生き物は動くとき、なにかしらの事前動作を必ず行う、そういうものが必ずある、何度も繰り返しこの訓練を行うことで、それにすぐに気づくようになる。わかったか!話は以上だ、訓練を続ける!」
グラン先生は俺が10才になったころから、ジェノ坊とは呼ばなくなった。成長した俺を子供扱いしないようになった。世間一般でいうなら、この世界でも日本でも子供なのだが、もうすでに一端の大人扱いをしてくれる。認めてもらったのがわかるので、俺としても嬉しく思う。だがそのぶん、訓練も過酷を極めていく、気を緩めようものなら、一瞬で大惨事を招く事態になる。
「はい!お願いします!!」
俺は再び先生と対峙する。そして何回も何回も飽きることなく、挑戦していく。
実はこの訓練は段階があって、今俺がやっている訓練は、この訓練ではまだ初級段階だ。どういうことかといえば、初級は対面同士でお互い動かない状態、そして先生は中段突きしかしないという条件の下で訓練を行っている。これが中級になると上段、中段、下段突きが増え、上級なんて先生は何の制限もなしで自由に動きながら上・中・下段突きを放ってくる。最終的にはその上級を棍棒でなく、穂先の付いた槍で行うと言う。そんなこと出来るのですか?と先生に聞いたところ、いや俺も出来るし、ジェノンもそのうち出来るだろと真顔で言われてしまった。穂先同士なんて数ミリの世界なんですが・・・そうっすか、出来るんですか。
まあそのうちがいつかはわからないが、初期段階もクリア出来ない俺にとっては、そんなことまだ遥か先の話だろう。だが、今は遠すぎて見えないその大きくて偉大な背中、必ず捕まえ、絶対に追い越してみせる。それが俺を指導してくれるグラン先生に返せる恩の1つだと俺は思っているから。
お読みいただき、ありがとうございました。ついで評価してくださると、作者が小躍りして喜びます。




