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その男、規格外につき  作者: しんぷりん
第1章 雌伏の時
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幕間6 素材を探しに行こう

長文ですが、お付き合いよろしくお願いします。

 はぁ、はぁ、はぁ、走る、走る。

息が乱れ、足がもつれ転びそうになるが、なんとか踏ん張り、走り続ける。後ろを振り返ることなく、森の出口に向かってひたすら走る。


「はぁ、はぁ、どうしてこうなった!」


後悔しても手遅れなのは分かっている。やっぱりこの古の森を舐めてはいけなかった。浅い層にっている素材を手に入れたら、すぐに帰るつもりだった。このぐらい楽勝と考え、大した装備も持たず、古の森に入ったのが間違いだった。

 予想に反して素材が見つからなかったので、他の場所を探したのだが見つからず、もう少しだけ探してみようと浅い層から少し奥に入ったのも間違いだった。そこで運悪く魔物の集団に遭遇してしまった。すぐに踵を返し逃走したが、しつこい魔物の集団はどこまでも追いかけてくる。せめてまともな武器のひとつでも持っていれば、まだ戦えたかもしれないが、今持っているのは、小型ナイフひとつだけだ。

 焦っていたのだろうか、いつの間にか帰り道から外れてしまったみたいで、見たことのない景色が一層の焦りを生む。そのせいもあるのだろう、呼吸は乱れに乱れ、自分が出す呼吸音、心臓から発する鼓動がより一層激しく律動を刻む。

 幾程走っただろう、もはや限界だ!進みたくても、足が!体が!動くことを拒否する、もう一歩も動けない。その場にしゃがみこむ。限界を超えて走り続けたのだ。もしかしたら、逃げ切れたかも知れない。一縷の望みを持って恐る恐る振り返ると、視界に我先にとやってくる魔物の集団が入ってきた。

 ははは、恐怖と絶望で思わず乾いた笑いが出る。駄目だ、もう駄目だ。ここで死ぬ。無惨に魔物に喰われて、死んでいく。これも自分自身の軽薄さが招いた結果だろう。斯くなる上は死ぬその瞬間まで、このナイフで1匹でも多く道連れにしてやろう。走り疲れたからだろうか、恐怖からだろうかはわからないが、震える体を心で押さえつけ、ナイフ片手に魔物に向かって立ち上がる。


「さあ、来い!!ただでは死んでやらん!!お前ら1匹でも道連れにしてやるっ!!」


「いい気合いですね、助太刀します。」


私が覚悟を決めたそのとき、子供のような高い声が森のなかに響き、赤い髪をした槍を持った人が音もなく、すすっと私の前に現れた。いつ目の前に現れたか、まったく感じ取れなかった。本当に気づいたら、前にいたという感じだ。私はいつ現れたのかという驚きと、その人自身を見て思わず驚きの声をあげる。


「子供・・・?」


私の前に現れた人は、まだ幼さの残るごく普通の顔をした少年だった。こんな場所、古の森で出会うはずのない存在に、私の思考は混乱し停止する。

いったいどうして古の森にこんな子供が?

私は何がなんだかわからなくなり、とりあえずその少年に声をかけようとしたのだが、その瞬間、少年の体がゆらっと揺れたかと思うと、疾風の如く、魔物に向かって突進して行った。


疾い!!

私の目では追えない疾さだ!


私は目の前に繰り広げられる光景に声が出なかった。このとき私は、人間って本当に驚くことがあると、声が出なくなるんだ、とどうでもいいことを知った。

少年が槍を一閃するたびに、同時に数体、魔物が真っ二つに斬り裂かれていく。突けば正確に魔物の弱点を貫いたのだろう、激しく動いていた魔物は槍の一撃で急停止し、ほぼ同時に数体がその場で崩れ落ちる。槍を一息で何回も突いているのだろうか?私にはその突きが見えないのでわからないが、状況から見てそうなのだろう。少年の槍の前に、魔物はなすすべもなく倒れていく。数十体はいたであろう魔物の集団は、形なき骸となり、魂石だけを残して消えていった。



ーーーーーー


「さて、どういうことで、こんなことになったのですか?」


息も切らさないで、魔物を蹂躙した少年は私を見つめ、詰問口調で問うてきた。その厳しい表情に一瞬気圧される。


「その前に助けてくれて感謝する、本当にありがとう。君がいてくれなければ、私はあの魔物たちに食べられていただろう。」


「えぇ、あれだけフラフラだったのです、体もいうことを聞かなかったのでしょうから、間違いなく死んでいたでしょうね。ですが、数体ぐらいは道連れにしそうな勢いだったですね。気合いの入ったいい口上でした。」


くくくっと少年が笑う。どうやらからかわれているみたいだ。


「いや、お恥ずかしい。そんなにからかわないでくれ。」


「ですが、それは生きているからこそ、ですよ。」


再びその瞳が険しくなる。その通りだ、生きているからこそ、こうして会話をすることが出来る、笑うことも恥ずかしがることも出来る。しかしなんとも不思議な少年だ、あきらかに私より年下なのに、まるで年上の人に諫められているみたいだ。

私は先ほどの少年の質問に応えるため、ポツリポツリと順を追いながら説明を始めた。


 

 私の家はルーガニアの侯爵家の生まれなのだが、我が侯爵家では成人の儀というものがあって、成人した男子はみな、その儀式を受け、初めて1人前と認められる。内容はその毎回違っていて、その都度、当主から内容を告げられる。私の儀式はアガルクスの実を持って来るという内容だった。

私は当主に告げられた、その至極簡単な内容に拍子抜けしたのだが、当主の儀式での言葉は、違わず正確に実行しなければならないということを思い直し、古の森に来たわけだ。

私は学校の戦闘科の訓練で古の森も何回も入ったことがあり、アガルクスの実がっている場所も把握していた。だがどういうわけだか、いざその場所に行ってみると、実は全部無くなっていて、困った私は、違う場所に生っているであろうアガルクスを探すため、彷徨い歩いていたところ、魔物の集団と運悪く遭遇してしまい、逃げている途中に君に助けてもらったというわけだ。古の森でも特に浅い層に生っているのを知っていたので、収穫してすぐに帰るつもりだったし、装備も最低限で問題ないと思っていたのも軽薄な行動だった。

 やはり古の森は恐ろしい場所だったよ、少しの気の緩みで、こんなことになるなんて・・・。

話を続けていると少年の顔が険しくなってきた、今の私の話に何か気に障ることでもあったのだろうか?


「侯爵家の方だったのですね、本当にすみません!そのアガルクスですが、僕が採ってしまったのでなかったのだと思います。」


少年は慌ててお辞儀をし、背負い鞄を下ろし、私に鞄の中身を見せる。私は確かに侯爵家だが、私は自分より立場が下というだけで偉そうになどする気もないし、そもそも貴族とは国と民を守るために存在している、だから公以外のところでは普通に接してもらって構わない。

そういったことを説明しつつ、鞄の中身を確認する。中には大量のアガルクスの実が入っていた。


「成る程、それでアガルクスの実がなかったのか、だが君が謝る必要はない、基本的に素材の採取は早い者勝ちだし、私が迂闊な行動を取ったことに間違いはないのだから。」


少年は責任を感じているのか、バツの悪そうな顔をしている、それが戦っている時とは別人のように可愛らしく、なんとも保護欲を掻き立てられる。


「本当に気にしなくていい、アガルクスがなかった時点で私は一度帰るべきだった、そして装備を見直して、再度アガルクスを探しに来るべきだったのだ。」


少年はそう言った私にどうぞとアガルクスを私に差し出した。


「いいのかい?」


「もちろんです、どうぞ。」


「じゃあ遠慮なく。」


アガルクスを受け取った私に、少年は首を捻り、話しかけてきた。何か思うものでもあるのだろうか?


「あの少しお聞きしたいことがあるのですが?」


「なんだい?」


「この成人の儀ですが、侯爵様は本当に古の森(・・・)でアガルクスの実を採って(・・・)来いとおっしゃておられましたか?」


「ん?どういう意味だい?」


「そのままの意味です、一言一句よく思い出してください。侯爵様はなんておっしゃっておられたのですか?」


私は目を閉じ、その時のことを思い出す。1分はほど思案しただろうか。少年はその間、一言も発せず、静かに私の隣で待っていたくれた。この子ぐらいの年なら、もっと騒いだり我慢できないのが普通なのに、本当に大人びた子供だ。


「そう!思い出した、当主である父は確かに言っていたよ、力を使ってアガルクス(・・・・・・・・・・)の実を持って来い(・・・・・・・・)と。」


そう、だから私は当主でもある父の言うとおりに、古の森にやって来て、アガルクスの実を採りに来たのだ。


「それだけでしたか?間違いありませんか?」


「ん、あぁ。父の言葉は短かったから、ちゃんと覚えている、本当にそれだけだったよ。」


「やっぱりか。」


少年が小声で呟いた、何かを確信したのだろう、その凡庸な顔といえば失礼か、その瞳が鋭く光り、頬が紅潮してきた。


「この成人の儀なのですが、失敗だと思います。古の森にアガルクスを採りに来ては駄目だったのです。」


「え!!そんな馬鹿な!父は確かにアガルクスを力を使って、持ってこいと言っていたぞ?だから私は自分の(・・・)力を使って古の森(・・・)採り(・・)に来たのだ!!」


私は少年の意外すぎる言葉に即座に声を上げ反論する。


「でも侯爵様は一言もおっしゃってないですよね、自分の(・・・)力とも・・・古の森(・・・)採って(・・・)来いとも。」


「え?え?・・ああ、確かに、そう言われればそうだな。でもそれが?」


「儀式での当主の言葉は違わず正確にと、先ほどご自分でおっしゃられていましたよね。」


「あぁ!」


そうだった、確かに父は一言も古の森(・・・)とも自分の(・・・)力でとも、採って(・・・)来いとも言っていない!!

私は愕然とした、こんな簡単なことにまったく気付けなかった!ただ単純にアガルクスの実を採って、父に渡すだけの何てことのない作業と思っていた。衝撃を受けて立ち尽くしている私に少年がさらに追い討ちをかける。


「失礼を承知で申し上げます。そもそも侯爵家の継嗣が古の森に1人で来ること自体が間違っています、何かあったらどうするつもりだったんですか?実際、先ほど死にかけましたよね?成人の儀がどれ程のことまでさせるのかわかりませんが、そんな危険な事を本当に侯爵家の継嗣にさせるのでしょうか?僕はさせないと思います。となると答えはおのずと導かれます、力を使っての意味は、侯爵家の力を使えということ、この場合はお金でしょう。だから冒険者に依頼してアガルクスの実を採ってきてもらい、それを持って来い、又はアガルクスの実を商人から購入し、それを持って来い、というのが正解だと思います。思うにアガルクスの実を持って来いということ自体、成人の儀の目的ではなかったのだと思います、本当の目的はその言葉の意味をよく考えること、侯爵家の継嗣に必要なのは、個単体の武力でなく、言葉を吟味し、裏を読む政治的な力、人を上手く使う方法などではないでしょうか?」


少年はそこまで一気に喋って、はぁと大きく息を吐いた。私は本当に愚かだ、父の気持ちにまったく気づきもせず、自分の力を過信して、死ぬ寸前までいってしまった。もはや浅はかなんて言葉では済まされない。少年の言葉はさらに続く。


「侯爵様はアガルクスの実が古の森でも特に浅い層にあることを知っていて、且つ、あなたがそれを知っていることも全部把握していたのでしょう。だから課題にこれを選んだのです、古の森に何度も足を運んでいて、自信のあったあなたが言葉の意味も深く考えず、ろくに準備もせず、すぐに古の森に向かうに違いないと考えて。この成人の儀、その都度内容が変わるとのことですが、最初簡単だと思わせて行動を起こさせ、そして言葉の意味を気づかせずに失敗させ、そこから反省を促し、それを糧に成長させることこそ、真の狙いなのだと思います。」


私は今度こそ本当に言うべき言葉を見失ってしまった。この成人の儀にそこまで深い意味があったとは。私は自分自身が情けなくて、不甲斐なくて、悔しくて、色んな感情が混じりあって、本当に言葉がでなくなってしまった。


ーーーーー



立ち尽くしたまま、時間だけが経過した。


ガサガサガサ、ガサガサガサ。


突然、静寂が破られる、木々や草が擦れるような音がこちらに近づいてくる。何者かがやってくるみたいだ、私の沈んでいた意識が覚醒していく、もしかしてまた魔物か!


「護衛の方たちが来たみたいですね。」


少年の言うとおり、枝を掻き分けて近づいてくるのは敵ではなく、侯爵家の護衛たちだった。家からずっと隠れて私を警護してくれていたに違いない、彼らは魔物に遭遇し走り去ってしまった私を見失って、いままで血眼で探してくれていたのだろう。


「では、僕はもう行きます。」


護衛を確認すると、少年はもう自分の仕事はなくなったとばかりに、私にルーガニア王国の正式な敬礼をするや、さっと踵を返した。非の打ち所のない美しい所作だった。見とれていた私はハッと思い直し、慌てて去ろうとする少年を引き留める。


「待ってくれ!私の名はギルバード・フィン・ビンセントだ、君の名前を教えてくれ!!」


「失礼しました、ギルバード様、私の名前はジェノン・レイヴァンと申します。以後、お見知り置きを。」


少年はもう一度、私にお辞儀をし、破顔一笑、今度こそ本当に去っていった。私は今までのやり取りで、この少年が只者ではないのはわかっていたが、その名前を聞いて、ようやく腑に落ちるものがあった。レイヴァン!このファイマ領でレイヴァンの家名を持つものと言えば、思い当たるのは1つしかない。ルーガニアの英雄、守護騎士ジルオール・レイヴァン殿だ!少年はあの英雄のご子息だったのか!魔物を軽く凌駕した圧倒的な武威、少ない情報から全てを見通す才知、まさしく稀代の才能だ。


 そういえばレイヴァンと言えば、学校の1学年上に見目麗しいフローラ殿がいたが、彼女も薬学科で非常に優秀との話だった。そうか、あの有名な才媛の弟御でもあったのか。顔はまったく似ていないが、私は何故かあの2人に間違いなく血の繋がりを感じた。

最後までお読みいただき、ありがとうございましたm(__)m

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