第12話 素材を探しに行こう
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それは夕食後のまったりした時間のことだった。最近、この時間帯はマーク兄さんの部屋から拝借してきた色んな書物を、居間で読むことにしている。本の虫の兄さんの部屋には、所狭しと様々な書物が揃っており、その分野は多岐に亘る。今日読んでいるのは、「すべて教えます!薬になる材料の見分け方 初級編」という、なんだか怪しい題名の本だ。
「ジェノン。お勉強中なの?あら、その本、懐かしいわね。」
通りかかったフローラ姉さんが、俺が読んでいる本を見て声をかけた。どうも知っているらしい。
「姉さんは読んだの?」
「えぇ、もちろんよ。私の専門分野だもの。その本はとても良くできていて分かりやすいわよ。」
そりゃそうか、姉さんは薬学士だ。フローラ姉さんは学校で薬学を専攻していた。ルーガニア王国の学校は8才で入学し、国語や算数、歴史などの基礎学科を3年間学習した後、各専門分野を自分で選ぶ。ちなみにダンテ兄さんは騎士科、マーク兄さんは総合学科、フローラ姉さんは薬学科だった。この専門科は4年あり、15才で卒業となる。だが希望すればさらに3年間学校で勉強することが出来る制度があるのだが、大体の学生は15才で卒業する。
それには理由があって、ルーガニアの学校は15才まで学費が無料で、それ以降は高額な授業料が必要となるからだ。優秀な成績を修めた者は、最後まで国が授業料を負担してくれる。我がフローラ姉さんは優秀な成績で学校を18才で卒業、そして卒業後、薬学士の試験に合格し、薬学士という職業についた。薬学士になると、薬やポーションを作り、販売が出来るようになる。逆に言えば、薬学士ではない者が販売するのは、違法になり、禁固刑と罰金刑が科せられる。
そんなわけで姉さんは、今は様々な薬やポーションを作り、それを冒険者ギルドに販売して生活している。売り上げは物凄いらしく、爆売れで品切れ中が多いと、グラン先生が教えてくれた。
フローラ姉さんの美貌はこのファイマ領では有名で、それを知っている男性たちは、こぞってどうせ同じ価格なら美人の方がいいといって、そっちを買っていくのだそうだ。俺も男だ、そいつらの気持ちはわかるが、その対象が自分の姉だと思うと、なんか腹が立つ。
「それでどうしてその本を読んでいるの?」
「将来、薬草とか毒とか薬の素材を知っていた方が、役に立つと思ったからだよ。」
「それなら、姉さんに聞いてくれれば、教えてあげるわよ。」
「いや、姉さん、仕事で忙しそうだったから。」
これは本当だ。姉さんが薬学士になって1年経つが、その間、いつも忙しそうに薬を調合している。
「私がジェノンの頼みを断るわけないじゃない。」
だから言わないんだってばと心の中で応える。この姉さんは俺のどこを気に入っているのかわからないが、子供の頃、いや生まれてからずっと猫可愛がりだ。俺が頼めば忙しくても仕事をほっぽり出して、教えてくれるだろう。そしてその後、依頼をこなすため、仕事量を増やして無理をするに違いない。
「大丈夫だよ、この本でじゅうぶん分かるから。」
この本は絵入りで素材を書いてあるし、その特徴や効果も書いてあるし、図鑑のようになっていて、すごく分かりやすい。しかしこの異世界には当たり前だが、コピー機なんて便利なものはない。だとすると本は手書きで誰かが製本して、その後に1冊ずつ写本して販売しているのだろうか?であるなら、1冊の本の価格というのは物凄く高そうだ。マーク兄さんの部屋には大量の蔵書がある・・・もしかしてこの家で一番資産が多い部屋というのは、マーク兄さんの部屋かも知れない。
「そう、残念。姉さん、ジェノンと薬学の話が出来ると思ったのになぁ。なんだったら将来は、姉さんだけの採取専門家になってくれれば、嬉しいなぁ。」
「将来はちょっとわからないけど、姉さんが今必要なのがあったら、いつでも採取してくるよ。何か足りないものあるの?」
姉さんは首をコトリと横に倒し、思案する。可愛い仕草がよく似合う。
「そう・・ねえ。あっ!そういえば4級身体回復ポーションに必要なアガルクスの実が無くなったわ。」
アグルクスか。あれは確か古の森、浅い層に生っていたな。ところでこの異世界にはポーションが存在する。ファンタジーの定番なので、その存在を知って、嬉しくなったのは余談だ。ポーションには大別して2種類あり、身体回復ポーションという傷や骨折などを治すポーションと魔力回復ポーションという、名前の通り魔力を回復させるポーションがある。両方とも1~5等級でピンキリがあり、5級がキリで1級がピンだ。4級クラスなら、使えば切り傷や打撲ぐらいなら、数分程度で治してしまう。例外で1級の上に特級というポーションもあるが、素材を手に入れるのもまず無理だというぐらい入手難度が高く、そのうえ作成も非常に困難を極めるらしい。だがその効果は絶大で、傷を治すだけでなく、すべての病気を癒し、欠損した部位まで再生させるという、なんとも規格外な効果がある。
この便利なポーションだが、実は欠点もある。それは連続使用は出来ないということだ。連続で使用するとポーション中毒という症状になってしまい、数時間ほど酩酊状態になる、酷い場合は失神までしてしまう。そしてもうひとつ、値段が高いということだ。
ルーガニアの通貨だが、実は金貨のみだ。金貨の大きさのみで貨幣の価値が決まっている。通貨の単位はガラドで、1ガラド、5ガラド、10ガラド、100ガラド、500ガラド、1000ガラド、10000ガラドとある。1ガラド金貨の大きさといえば、1円玉の4分の1ぐらいの大きさで、5ガラドでその倍の大きさぐらいで、10・100と段々と大きさが大きく、重量が重くなってくる。それでどうやって売買するかと言えば、もちろんそのままで使用する。だが偽金貨防止のため、各家庭から屋台、食堂、雑貨店等に秤があり、重さを確認してから売買するのが普通だ。金貨偽造は罪が重く、偽造した場合は死罪である。このガラド金貨システムはアルガルド大陸のほとんどの国が採用しており、国を渡るごとに外貨を考えなくてもいいので、各国を旅をするつもりでいる俺には、とても助かるシステムだ。
ここでポーションの価格に戻るが、4級身体回復ポーションは1000ガラドで冒険者ギルドで販売されている。初級冒険者が1ヶ月に稼ぐ金額は、平均300ガラドぐらいと言われているので、約3ヶ月分超のガラドが必要になる。ちなみに5級で600ガルドだ。
「わかった、じゃあ明日、取ってくる。」
「えっ、でもあれって古の森にあるから、危ないわよ。」
「大丈夫だよ、姉さんも知っての通り、6才からずっと通っているから。」
「でもそれってグランのおじいさまも一緒よね。」
「ううん、最近は浅い層までなら、1人で入ってるよ。」
「えぇっ!そんな危ないことしていたの!?」
「うん、先生の許可が出たからね。」
フローラ姉さんの顔がどんどん険しくなってくる。しまった、そういえば1人で入っていること、言ってなかった。小声で姉さんが何か言っている。
「おじいさま、ジェノンになんて危ないことを・・・許せないわ、許せないわ・・・」
うわっ、グラン先生に飛び火してしまった。これはヤバイぞ。このままグラン先生に突撃しそうな感じだ。なんとかしないと、フローラ姉さんをいたく可愛がっている先生のSAN値がやばいことになる。しかし美人が怒ると普通の人より怖く感じるのは俺だけだろうか?
「だ、だ、大丈夫だよ!浅い層って、凄~く弱い魔物しかいないし、ね、姉さんが思っているより危険はないんだよ!」
もちろん嘘である。確かに浅い層で俺に敵う魔物などいないが、それでも大量に魔物が襲ってきたり、中層の強い魔物が何かの拍子に出てきたりしたら、危うい勝負になるだろう。それに場合によっては人だって襲ってくる可能性もある。この世に絶対などないのだ。
「本当に?」
じっとこちらを見るフローラ姉さん。基本、姉さんは俺には優しいし、俺の言うことは信じてくれる。
「うん、ホントホント。さっくり明日採取してくるよ。」
「やっぱり駄目よ。ジェノンにもし何かあったら、姉さん、きっと気が狂ってしまうわ。アガルクスはいつもどおり、ギルドに依頼するわ。」
「ははは、姉さんは心配性だなぁ。任せてよ、こう見えても僕、結構強いんだよ。」
俺は袖をまくり、腕を曲げ、力こぶを見せる。見事に盛り上がる上腕二頭筋。生まれたときからずっと鍛え続けてきたのだ。伊達や酔狂で槍や小太刀を振り回しているわけではない。
「本当に大丈夫なの?」
「うん、任せて。僕も大好きな姉さんの役に立ちたいし、ね。」
姉さんの顔が心配顔から急に笑顔に豹変する。やっぱり姉さんにはこの殺し文句が一番効果があるな。しかし俺はこのまま成人して旅に出ることが出来るのだろうか、凄く心配になってきた。このままでは間違いなく弟離れ出来ないフローラ姉さんが最大の障害、ラスボスになりそうだ。早く彼氏でも作ってもらうか、結婚でもしてもらわないと。
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