第10話 ジェノンと冒険者
久しぶりにジェノン君が主人公らしい活躍をします。
8才になった。8才と言えばファイマ領の子供は学校に通う年齢だ。もちろん俺も入学する・・つもりはない。何故かというと、外見は8才でも精神年齢は33才、子供たちと話を合わせられないのだ。よく異世界転生物の小説なんかでは、子供のころから親友や彼女候補を2人、3人と作っているが、現実に転生した今となってはとても無理だということが、同年代の子供達と何回か一緒に過ごしてわかった。
やつらはある意味モンスターだ。意味のわからない行動をとるし、同じことを何回も繰り返すし、かと思えば急に飽きて見向きもしなくなるし・・・世話をするというスタンスや、前世の俺に子供でもいれば相手も出来ただろうが、見た目が子供の俺ではそれも無理だ。
幸いファイマ領の学校は行きたくない者は行かなくてもいいというスタンスなので、入学はお断りさせてもらった。両親は少し心配していたが、誠意のある説得により理解してもらった。
そして俺は学校にはいかず何処にいるかというと、朝から1人で古の森にいる。グラン先生に森の浅い層までなら、1人で入ってもいいと許可をもらったからだ。今日は目指す場所がある。実は古の森には魔法石碑がいくつか発見されている。重要な魔法石碑は国や教会、冒険者ギルドが押さえているので、見る機会がないのだが、それ以外の魔法石碑は街道や森、町の中とかにも普通に存在しており、通称野良石碑や共通石碑という。この石碑たちは、まったく同じ種類の魔法が各地に何個もあるので、国も特に管理していない。
今回俺が目指す場所の野良石碑は【暗視】という闇属性の魔法だ。これは言葉の通り暗闇の中で視界を確保する魔法だ。人間は当たり前だが、暗いところでは視界が利かない。この異世界は電灯のライトなんてないうえに、夜の空に輝く月がなかった。そう、この世界に月はない。なので夜は村や町から離れたら星明かり以外の明かりがなく、本当に真っ暗なのだ。そんな中で敵に襲われたりしたら、まともな戦闘など出来るはずもないということで、【暗視】を覚えることにした。
ガンガン!ガシィン!!
そんなことを考えて進んでいると、明らかに戦闘していると思われる声や金属を叩くような音が、少し離れたところから聞こえてきた。俺は耳を澄ますと音の聞こえる方へ駆け出した。数分走っただろうか、段々と聞こえる音が大きくなってきた。あれか!見えた!!
俺は少しずつ速度を落としていき、少し離れたところで止まる、頭は動かさず視線を動かすだけで周囲を確認する。性別はわからないが、金属鎧を来た人が1人倒れている、あと無事なのは男が1人、女が2人、冒険者だろうか?敵も同時に確認する。4つ目熊!よりによってこいつか!
4つ目熊とは、その名の通り4つの目が横一直線に並んでおり、そこから名付けられた名前だ。その4つ目のせいか4つ目熊は視界が広い。動きはそう早くないのだが、体毛が分厚く固く並みの武器では弾かれてしまう。それに力が強く鋭い爪は普通の人間なら一撃で殺してしまうぐらいのものだ、古の森の浅い層では最強を誇る魔物である。
まずいな。あの冒険者たち、腰が引けているし、足も震えている、完全に4つ目熊の殺気に飲まれてしまっている。あれでは勝てる相手にも勝てない。
「くそぅ!なんだよ、こいつ!!!剣が当たってもぜんっぜん斬れない!!」
男が剣を握りしめながら叫ぶ。女の1人が弓を番え、矢を射ようとするが、震えている上に焦っているためか、矢がうまく番えないみたいだ。
「ダメ!弓が!弓がうまく番えない!」
本当は今すぐでも助けに入りたいが、俺はもう少し様子を見る。それは他人の戦闘行為中は出来るだけギリギリまで助けてはいけないというグラン先生の教えがあるからだ。
人は死線を乗り越えることで成長する動物だからというのが1つ目の理由、かなり少ない確率だと思うが、もしかしたら彼らは奮起して4つ目熊を倒し、成長する可能性ある。その可能性を奪うわけにはいかない。
もう1つはすぐに介入すると、助けてもらう必要はなかったと言って、魔物を倒した後に残る魂石の取り合いになることがまれにあるからだ。そんなヤツいてるのか?と思ったのだが、グラン先生いわく、本当にそういう意地汚いヤツがいるらしい。
4つ目熊は立っている3人を威嚇しながら、金属鎧を来た人間に口を開き、牙をたてようとしていた。その状態でも3人は動かない。一番後ろにいた女は地面にへたりこんでいる、腰が抜けたみたいだ。これは流石にやばいな。このままではこの人たちは間違いなく食い殺されるだろう、傍観もここまでだ。
もはや是非もなし。
介入を決めたが、走っても間に合わないと悟った俺は、牙をたてようとしていた4つ目熊の左肩に向かって槍を投擲、すぐさま4つ熊目指して一気に加速。3人を一瞬ですり抜け置き去りにし、4つ目熊に肉薄する。勢いよく放たれた槍は狙い通り、4つ目熊の左肩に刺さっていた。本当は4つ目熊の弱点の目の付近を狙いたかったのだが、顔面は倒れている人に当たる可能性が捨てきれなかったので、安全を取って大丈夫な部位を狙ったのだ。
肉薄しながら小太刀の鯉口を切る。迫る俺に気づいた4つ目熊は、怒りの目を俺に向けると立ち上がり、右手を振り上げ、殴りかかってくる。だがそれは悪手だ、俺は振り上がっている4つ目熊の右脇を走り抜けながら、右手で小太刀を引き抜き、居合い胴斬り、斬った勢いを利用し右足を軸に回転、4つ目熊に向き直す。
まだ背中を見せている4つ目熊にそのまま息を吐くことなく、正眼突き。4つ目熊の背中に小太刀が抵抗なく突き刺さる。4つ目熊が怒声を上げながら、後ろにいる俺に向かって裏拳を放つ。俺はすぐに小太刀を引き抜き、そのまま後ろに跳躍、4つ目熊の手の届く範囲外に逃れる。ここで深く息を吸う。傷だらけの4つ目熊と相対する。槍は4つ目熊の左肩に刺さったままだ、あれでは左手は使えまい。4つ目熊の動きも制限されるだろうが、俺もメインウェポンがないのでお相子だ。
俺の武器がどうしてこんなに簡単にやつに通用するのかというと、それには理由がある。俺は自分の魔力を自由に動かせるが、その魔力を武器に纏わすことで、切れ味を増すことが出来る。これは歴戦の武人が何度も死線を乗り越え、やっと覚える秘術なのだそうだが、俺は普通に使うことが出来る。
グラン先生にこれを見せたときは、本当に気絶するぐらいにビックリしてたっけ?
それでも彼らが魔力を纏わせられるのは、一瞬一瞬のみで俺のように戦闘中ずっと纏わせることなど出来ないみたいだ。
これは魔力量云々の問題でなく、魔力径絡を鍛えていないからだと俺は考えている。逆に言えば魔力径絡もまったく鍛えていないのに、よく魔力を一瞬でも外に放出できるようになったもんだと、俺的にはそっちの方がよっぽどビックリな話だ。いったい全体どんな戦いを続ければ、そんなことが出来るようになるんだろう。
だが、この魔力を纏う方法は諸刃の剣でもある、魔力を込めすぎると武器が壊れてしまうからだ。武器それぞれに臨界点みたいなものがあって、それを超える魔力を込めると武器が砕け散ってしまう。なのでその見極めが非常に重要になる。俺はなまじ魔力量が多くて径絡が鍛えられている分、人より余計に繊細に扱わないと直ぐに武器を砕いてしまう。実際に慣れるまで何個も練習用の武器を砕いてしまった。
安全にいくなら、このままヒットアンドアウェイで勝てるだろうが、それでは時間がかかる。倒れている人が心配だし、そろそろ決着といこう。4つ目熊と俺の距離がじりじりと近づいていく、小太刀ではやつの首は切り落とせそうにないし、狙うは魔物の弱点である魂が集合している場所、人間で言うと心臓の位置。4つ目熊の場合は、4つの目のど真ん中にある。
俺は心は落ち着かせ、されど体は熱く血を巡らせ集中する。
勝負!
俺は小太刀を左手に持ち替え、4つ目熊の間合いに恐れることなく一気に侵入、そのまま4つ目熊の左肩に向かって跳躍、それを見た4つ目熊は空中で動けない俺に勝ったと思ったのか、避けることなく右手を振り上げて跳躍中の俺に殴りかかる。
甘いな、それはプラフだ。殴りかかられる直前、俺は右手で4つ目熊の左肩に刺さったままの槍を掴み、それを軸にそのまま4つ目熊の背中に飛び乗り、左手に持った小太刀でそのままヤツの顔面、4つ目の真ん中に迷いなく小太刀を根本まで突き刺す。4つ目熊はビクンと一回大きく脈動すると、壊れたオモチャのようにそのまま崩れ落ちる。俺は小太刀を引き抜き、倒れた4つ目熊の背中から降りる。もちろん槍も引き抜いておく。小太刀でなくこの槍があったら、もっと早く決着がついていたのだけどなぁ、と言っても今さら詮無きことか。
完全に息の根が止まった4つ目熊は大地に溶け始め、魂石だけがそこに残った。戦闘などなかったかのように、森に静寂が戻ってくる。俺は呆然とこちらをみている彼らの方へ向き、声をかける。
「倒れた人は無事ですか?」
彼らは一瞬ハッとした顔をすると、慌てて倒れた人に向かっていく。
「おい、ギーグ、大丈夫か!?」
「息がある!生きているわ!!」
さきほど腰が抜けていた冒険者の女が脈や呼吸を調べてそう叫ぶ。
そしてすぐに右手をかざし、呪言を唱えた。
【かのものに小さき安らぎを与え傷を癒せ 優しき癒し】
おぉ、聖属性の【優しき癒し】か。
そんなに効果は強くないが、切り傷や打撲、軽い内部損傷ぐらいなら数回唱えることで治すことが出来る。
地球なら全治数週間の怪我をすぐに治しまうんだから、やっぱり魔法って凄い。
ギークさんと言ったか、どうやら彼は助かりそうだ、彼を見ると金属鎧が4つ目熊の攻撃が直撃したのだろう、胸の部分が完全にへしゃげている。あれを装備してなかったら、死んでいただろうなぁ。
しかし、参った。今日の予定が狂ってしまった。急がないと昼御飯に間に合わなくなって、母さんに怒られてしまう、それだけは避けたい。しかしまだやることが1つある、魂石の始末をつけておかねばならない。俺はリーダーっぽい冒険者の男に声をかける。まだ若い、年の頃は15ぐらい?かな。茶色の髪に鳶色の瞳、革の鎧はまだ綺麗で新しい。手にはバスタードソードを持っている。力任せに斬ったせいだろう、数ヵ所ほど刃が欠けている。
「あの、4つ目熊の魂石ですが・・」
「それは君のものだ、ヤツに傷の1つもつけることはできなかった俺たちに権利はない。」
よかった、まともな人たちだ。よし、これで問題はすべて解決だ。俺は無言で頷くと魂石を拾い、一言別れの挨拶をする。
「では。」
時間がない、俺は意識を切り替え、野良石碑に向かって駆け出した。遠くで彼らの声が聞こえたが、止まることなく走ったことで、彼らの声はすぐに聞こえなくなり、変わりに風切り音だけが耳を通り過ぎていった。
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