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SHOKO 2

「運転していたのは地元の鮮魚店の息子さん。入院中の父親に代わって慣れない仕入れに出かけ、早朝だったということで居眠りしてしまって道路を横断中のショーコちゃんに気づかずにはねてしまったの」


「ショーコちゃんは足を骨折して入院したわ。高3での入院は受験生としてはもっとも不幸なアクシデントなはずだけどやっぱりショーコちゃんは無表情だった。加害者の男性に対しても感情をあらわにするでもなく淡々としていた。ただその男性の方はそうではなかったの」


「その男性、マサルさんっていうんだけど。地元の私大を卒業してそのまま家業を継ぐべく修行中だったの。彼は毎日ショーコちゃんのお見舞いを欠かさなかった。彼女、最初は迷惑だったらしいけど」


「私が同じ病院に入院してた知人のお見舞いに行ったとき、病院の敷地内で目を疑うような光景を見たの。車椅子に乗ったショーコちゃんとそれを押す若い男性。二人とも笑顔だった。ショーコちゃんの屈託のない笑顔なんて初めて見たわ。立ち止まった私と目が合ったショーコちゃんは、本当にあどけない17歳の少女の表情で真っ赤になってたわ」


「ショーコちゃんとマサルさんは恋に落ちたの。退院後もふたりの交際は続いたわ。だけどそれは祝福される恋ではなかった。ショーコちゃんのご両親は娘には学問を極めて欲しいと願っていた。将来、結婚しなくても自立できるような職業につながる学問を身につけて欲しいと。アルビノであることで自分たちの娘は恋愛も結婚もできないと思っていたの」


「そしてマサルさんのご両親も、彼女の年齢とアルビノを受け入れることは出来なかった」


「ある暴風雨の深夜、私の家ってここなんだけどノックする人がいたの。母が私を呼びに来て玄関に出てみるとずぶ濡れのショーコちゃんが立っていた」




「井上さん? どうしたのこんな時間に」井上勝子ショーコの持つ大きなバッグからもボタボタと雨水が滴り落ちていた。


「マサルさんが来ないんです」


「マサルさんって事故の相手の、あの病院で会った男性ひと?」


ショーコはこくりとうなずいた。


「あなたたち、まさか」


「マサルさんと待ち合わせていたんです。でもマサルさん来ないの。私、ずっと待っていたのにマサルさん来ないんです!」


ショーコは玄関先にへたりこんだ。

梅ちゃんは内心ひどく焦った。深夜の自宅にずぶ濡れでやってきた教え子。大好きだった熱血教師のドラマでは問題ある生徒との距離を縮める絶好のチャンスなのだが、あの日剣道で完敗してから梅ちゃんは心の中でショーコを避けていた。自分が教師という立場なだけで上からショーコを見ていたことを指摘されたような気持ちだった。

そして病院で見たショーコとマサルの姿に、梅ちゃんは認めたくはないけどはっきりと嫉妬心を覚えたのだった。


「あんた、なにしてるの。早く家に入れてあげなさい」


玄関先で震える教え子の姿を呆然と見下ろす梅ちゃんに母親が強い口調で言った。


われに返った梅ちゃんはショーコを抱きかかえて二階の自分の部屋に連れて行こうとしたが、町家の狭くて急な階段を上るのは今のショーコには無理だった。


現役の芸妓をしている母親が手際よく居間に布団を敷いた。

梅ちゃんは自分のパジャマをショーコに着替えさせた。その時、ショーコの体が火のように熱いことに気づいた。


「お母ちゃん、この子すごい熱」


母親はショーコの額に手を置くとすぐに冷蔵庫から氷を取り出して氷枕を用意した。

次に近所の町医者に電話をかけて往診を頼んだ。


「マサエ、このお嬢さんのおうちに連絡なさい」 


「う、うん」


その時、ショーコは薄く目をあけて絞り出すように声を出した。


「家には連絡しないで。先生、お願いです。マサルさんのところに行かなくちゃ……」


聞こえないふりをして梅ちゃんは自室から生徒名簿をとってくると井上勝子の自宅に電話をかけようとした。


「先生、やめて! お願いだから家には連絡しないで」


ショーコは高熱の体で起き上がろうとした。


「これは教師としての義務なの」


梅ちゃんはショーコの訴えを遮って生徒の自宅に電話をかけた。


往診を終えた町医者と入れ替わるようにショーコの両親がやって来た。梅ちゃんの母親は帰り際に町医者から告げられた衝撃的な事実を両親に伝えた。


「お嬢さんは妊娠しているようです。不正出血が見られるから一刻も早く産婦人科の診察を受けてくださいってさっきのお医者さまが」


両親の驚きといったらそれは相当なものだった。それでも梅ちゃんと母親に丁重にお礼を述べると、娘を抱きかかえるようにして待たせてあったタクシーで連れ帰った。


「これは教師としてとるべき当然の行動なの」


梅ちゃんはもう一度自分に言い聞かせた。後ろめたさを断ち切るように。


「私はね、決して教師としての義務感だけでショーコちゃんのご両親に連絡したわけじゃなかったの。私を突き動かしたのはやっぱり女の嫉妬心だったのかな」


梅ちゃんは日本酒をぐいっと飲み干すと一人がたりを続けた。


「最初にショーコちゃんに近づいたのはもちろん教師としての熱意からよ、これは事実。でも仕事に没頭しなきゃならない理由は他にあったの」


梅ちゃんの目は虚空を見つめていた。


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