SHOKO 1
「ショーコちゃんって? もしかして……」
「アルビノの女子生徒よ。地元で一番の進学校と言われてたんだけどショーコちゃんは成績もよかったわ。でも出会った頃は感情を表に出さない生徒だった。友人もいなかった。まるで透明な殻の中に住んでいるような感じだったわ」
アーロンは自分と同じだと思った。そして梅ちゃんの話しに割って入った。
「世界中どこの国だって異質なアルビノはいじめの対象だよ。いじめならまだいいよ。タンザニアじゃあ今でもアルビノ狩りが後を絶たないんだ。みんなは信じられないだろうけどタンザニアではアルビノの人肉は権力や幸福、健康をもたらすって言われて手足、性器を切り落とされて惨殺されて闇で高額で取引されているんだ。主に呪術医が使うらしいけど」
バネッサとラルフが悲しい顔をした。
「あ、ごめん。食事中にする話しじゃなかったね」
そしてアーロンは「すみませんでした」と日本語で梅ちゃんに謝った。
「いいのよ、アーロン。ショーコちゃんも幼い頃から壮絶ないじめに遭ってきたの。ショーコちゃんの名前は勝子って言うの。ご両親の、アルビノに負けないようにって願いと愛情が込められていると思ったわ」
梅ちゃんが語った教師時代のショーコちゃんとのお話。
「ショーコちゃんの担任になったのは彼女が入学した年、私も教師になって数年しかたっていなかった。新任として地域でいちばんの進学校に赴任できたことで私は舞い上がっていたし気負っていた。私はきっとすばらしい教師になれるって思い上がっていたの」
「その学校は進学校にありがちな学力至上主義ではなかったの。文武両道の生徒が集まっていることでも他を抜きん出ていたわ。私は経験者ということもあって剣道部の顧問をしていたの」
「私は透明な殻に閉じこもっていたショーコちゃんに接近したわ。だって自称熱血教師だったんですもの。彼女は誰とも口をきかないわけではなかったの。とても丁寧に、でも無感情で……」
「僕のように、慇懃無礼ってことですね」
アーロンが口をはさんだ。
「そうね。あなたと会った時、ショーコちゃんと同じ目をしていると思ったわ。私があなたと接するとき、適度な距離を置いていると思っていたかもしれないけれど実は違うの」
「え?」
「怖かったの、アーロンが。ショーコちゃんみたいに傷つけてしまうんじゃないかと思って近づけなかったの」
「あの頃は梅ちゃんの、僕の領域に土足で入り込まない配慮がとてもうれしかった……」
「それは意識してそうしていたんじゃなかったの。もちろん家政婦としての身分をわきまえてってことではあったけど。家政婦はあくまでも家事の補助、代行が仕事だから。でもやっぱり怖かったというのがいちばんの理由よ。それでね」
梅ちゃんは話を続けた。
「ショーコちゃんに近づいた私はまず部活に入ることをすすめたの。見かけでスポーツは苦手だと勝手に判断した私は文化部でもいいから入ったほうがいいわよってすすめたの」
「文化部でもいいって、文化部より運動部の方が優れていると先生は思っていますか?」
ショーコは梅ちゃんの目をまっすぐ見つめて言った。
「そんなことはないわ。この学校はほとんどの部活が県の代表になるくらいの成績を残しているわ」
「だったら私にはなぜ文化部をすすめるのですか?」
「それは……」
「私は運動は嫌いじゃありません。部活に入る必要はないと思っているだけです」
「どうして? 一緒に汗を流した部活の仲間は一生の友人になるわ」
「先生はスポ根コミックや熱血教師が登場するドラマが大好きだったのではないですか?」
梅ちゃんは絶句した。実際、教師になろうと思ったのもテレビドラマの熱血教師に憧れてだった。もっともその時代の教師志望の学生はほとんど同じ動機だったと言っても過言ではなかったのだが。熱血教師と不良生徒、もちろんそこにスポーツが介在すればさらに言うことなしだった。
「先生は剣道部の顧問でしたね。私と手合わせしていただけませんか?」
自信に裏付けされたようなショーコのことばに梅ちゃんはこの女生徒が剣道経験者ではないかと思った。
そしてそれは放課後の武道場で確信に変わった。梅ちゃんは教え子に完膚なきまで叩きのめされた。体も心も。
「先生、私が運動は嫌いではないって言ったのは事実だったでしょう?」
そう言うと梅ちゃんを残してショーコは武道場を立ち去った。
「それで私はショーコちゃんに接近するのをやめたと思う?」
梅ちゃんはいたずらっぽく続けた。
「答えはNOよ。インターハイを狙う剣道部顧問としてどうしてもショーコちゃんの力が欲しかったの。ほんと今思い出してもあきれるくらい傲慢で自己中の教師だったわね」
「でもショーコちゃんを剣道部に入部させることはできなかったわ。彼女の信念は固かった。あとで知ったことだけど、ショーコちゃんは地元では有名な剣道家の孫だったの。母方のご実家が道場で、幼い頃からおじいさまの指南を受けていたのね。部活動だけでちょっと上達した私なんかが太刀打ちできる相手じゃなかったの」
「ショーコちゃんは以前と同じく、いいえ少し違うとしたら私を完全に黙殺するようにはなったけど、粛々と登校して授業を受けていたわ」
「そのショーコちゃんに天変地異とも言える事件が起きたの。高3になって再びショーコちゃんの担任になった私に、彼女が交通事故に遭ったという連絡が届いたの。おじいさまの道場に朝稽古に向かう途中でショーコちゃん、軽トラにひかれたの」