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金沢の夜

梅ちゃんと約束した時間までの半日、4人は金沢の中心部を観光した。

兼六園、武家屋敷、歴史が息づく観光スポットの中で21世紀美術館だけは異質だった。ここはアーロンとバネッサがとても気に入った。


ラルフが楽しみにしていたのは梅ちゃんからのおすすめの天徳院という寺院。ここは観光地としてはさほどメジャーではないらしいが加賀藩主の正室として3歳で輿入れし(今で言えば政略結婚)24歳で亡くなるまでに8人の子をもうけた珠姫の菩提寺として建立された寺院だった。


「3歳で政略結婚だなんて酷いな。今なら重罪だよ」


と言うエヴァンにめずらしくラルフが反論した。


「でも出会いはどうあれ殿様と珠姫さまは愛し合ったんだと思うわ。嫌いな人との間に子供を8人も産めるかしら?」


「そりゃあそうだけど……」

 

「それに亡くなった奥様のためにこんなに立派な寺院を建てるなんて、まるでインドのタージマハルを作った皇帝みたいだわ」


「僕だってキミのためならピラミッドだって万里の長城だって建てるさ。でも僕が残されるなんて考えただけでも恐ろしい。とりあえず今立てられるのはこいつくらいだけど」


自分の股間に視線を落として肩をすくめてみせたエヴァンに一同は吹き出した。


ラルフが天徳院を楽しみにしていたのはここで抹茶のサービスを受けられることも理由のひとつだった。アーロンが言うには正式に抹茶をいただくにはかなり厳粛な作法があるらしいが、ここでは観光客に手軽に抹茶をサービスしてくれるらしい。

寺院内の広い和室で4人は抹茶を体験した。もちろんアーロン以外は初体験だった。

苦しむエヴァンとバネッサに対して、柔道の黒帯保持者であるラルフは平然と正座していた。それよりもやっぱり絵になっていたのはアーロンだった。すっと背筋を伸ばして正座したアーロンは運ばれた抹茶を、それが正式な作法に則ったかたちなのか三口で飲みほした。おとぎ話に登場する王子様と見まごう美少年の見事な作法は、そのとき同席した全員の目を釘付けにした。


約束の20時『かふぇ あーろん』に4人は戻った。戸口にはcloseのプレートがかかっていたが引き戸は施錠されてはいなかった。


「ただいま! 梅ちゃん」


「おかえりなさい、アーロン」


カウンター越しに梅ちゃんの声が返ってきた。


「ふふっ。懐かしいわね、この会話」


「そして僕は剣道着と竹刀を放り出して『梅ちゃん、お腹すいた』って言うんだ」


「はいはい、ご飯できているわよ。でもその前にシャワーねって言うの」


「ああ、ホントに懐かしい。梅ちゃん、お腹すいたよ。マジで」


アーロンは子供の頃に戻ったような無邪気な笑顔を見せて言った。梅ちゃんと出会った頃のアーロンは妙に大人びて冷めた子供だった。それがアルビノの自分を守る鎧だということに梅ちゃんはすぐに気づいた。その頃のアーロンはあの少女と同じ目をしていたからだ。梅ちゃんはアーロンのビスクドールのような笑顔の中に昔の教え子ショーコちゃんの面影を見た。


closeした店内でささやかな宴会が始まった。テーブルには和食中心の料理が並んでいた。


「さあどんどん食べて飲んでね」


梅ちゃんが手料理をすすめた。


「いただきまーす!」


アーロンが合掌して言うのを見た一同が「イタダキマース!」と続いた。


「ああ、梅ちゃんの味だ。懐かしいよ」


器用に箸を使って古風な焼き物の鉢に盛られた料理を一口食べたアーロンがはしゃいた。


「あ! おいしい」


バネッサが危なっかしく、それでも以前よりははるかに上達した箸使いで料理を口に運んだ。


「まあ、こんな日本料理は始めてだわ、ぜひレシピを教えてちょうだい。エヴァンやジョージアの家族にも作ってあげたいの」


ラルフも梅ちゃんの料理を賞賛した。だけどエヴァンだけはひとりでむせて泣いていた。


「ど、どうしたの? エヴァン」


ラルフが心配そうにエヴァンの顔をのぞき込んだ。


「いや、料理はおいしいんですけど、このアボカドペーストがなんとも辛すぎて」


梅ちゃんが吹き出した。


「エヴァンさん、これはアボカドペーストじゃないの。WASABIという香辛料よ。この料理のアクセントなの」


ラルフが差し出したティッシュでエヴァンが鼻をかんだ。


「梅ちゃん、このお料理はなんていうの? それにこの蜂の巣みたいな不思議な野菜はなぁに?」


「ラルフさん、この料理はJIBUNI(治部煮)って言うの。蜂の巣みたいな野菜はレンコンって言ってlotusの根よ。アメリカでは食べないわね」


「ヘェ、lotusの根なんて見たことなかった。花はキレイだけどね」


とエヴァンがまだ鼻をすすりながら言った。


「蓮の花は泥の中からあんなにきれいな花を咲かすでしょ、逆境の中で努力した人こそが報われるって例えに使われるわ」


梅ちゃんの言葉に、努力してロックスターとなったバネッサの目が輝いた。


「私、レンコン好き! 他人とは思えないもの。それにこの食感も好き!」

 

「梅ちゃんのレンコンのきんぴらも美味しいんだよ」


おいしい料理におしゃべりもお酒もすすんだ。


「ところでさ、梅ちゃん」


 「はい?」


「なんで梅ちゃんはあんなに扱いにくい子供の僕をこんな言い方失礼だけど、うまく手なずけられたの?僕は透明なバリアを張っていたでしょ?」


「バリアはね、本人が解除しない限り力まかせに壊したらいけないものでしょ? ショーコちゃんという生徒に出会ったことでそれを知ったの」


「生徒って、梅ちゃんはやっぱり先生だったの? 教員免許持っていたから僕の家庭教師をしてくれてたんだけど」


「地元で、ここ金沢で高校の教師をしていたの、教師としては失格だったけどね」


梅ちゃんとアーロンの会話に、残る3人は静かに耳を傾けていた。


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